第89話 いざダンジョン探索!
「──もしかして、アニス・スターさんから何か頼まれてきたりしてます?」
ヘラクレスの本部を出て、王都のカフェテリアの一つにて。
場所を移動してさっそく、俺はその自称『ゴーレム文明の研究者』というアニスと同じ身分を名乗る青年・クミンに対してそう尋ねてみる。
しかしクミンは「はい?」と。何のことやらといった様子で首を傾げて、その天然パーマでアフロのようになっている金髪をボヨンと揺らした。
「えっと……おっしゃる意味が、よく……」
「たとえば、『シナモンが無事かどうか調べてほしい』なんて頼まれたりしたんじゃないでしょうか?」
アニス・スター。
伝説のカリーレシピに載っているスパイス集めをメシウマに依頼したスター子爵の姪であり、そしてゴーレム文明研究者のその女性は、この前リデーで会った時もいたくシナモンを気にしていた様子だった。
彼女なら俺たちの行き先も把握しているし、だから、もしかしたら同じ研究者仲間を使って俺たちの動向を監視しようとしているのでは? なんて俺は考えたのだが、
「いえ、全くそんなことはありませんが……? 申し訳ないのですが、そのアニス・スターさんという方も、寡聞にして存じ上げず……その方もゴーレム文明の研究者なので?」
「ええ。なので、俺はてっきりお知り合いかと」
「いや、ご期待に沿えず申し訳ございません。ですが、ゴーレム文明は近世考古学の分野の中では人気の分野ですので、非常に研究者の数も多いのですよ」
クミンのその言葉に、オウエルは「んん?」と。
アゴに手をやって難しい顔をする。
「アニスさんは若くしてゴーレム文明の暗号も解けるほどのスペシャリストのはずです……さぞその道では高名でいらっしゃるのではと思っていたのですが」
「えっ!? ゴーレム文明の暗号をっ!? いやぁっ、それはすごいなっ! 野良研究者ですかね、ぜひご紹介いただきたく──」
と、クミンは身を乗り出して、興奮したようにそこまで言葉を並べ立てると、ハッと我に返り、
「も、申し訳ございません……僕、あいえ、わたくし、ゴーレム文明のことになるといつもこの調子でして……」
「あ……はい。まあ気にしなくて大丈夫ですよ」
ビックリはしたけれども。
まあでも、実に『その道の人っぽさ』はあるな?
「一人称の別に堅苦しくしなくていいですよ」
「す、すみません……僕、あまりこういう表の場に慣れておらず」
クミンはそう言って、恥じ入るように頭をかいた。
「ですが、どうしても今回のダンジョンに関してはコソコソしているわけにはいかなかったものですから、こうして依頼のご相談を持ち掛けさせていただきましたっ」
クミンは深く息を吸うと、
「改めて、竜骸平野ダンジョンに僕を同行させていただきたいのです」
そう言って、俺が折ってしまっていた話の腰を元に戻す。
「実は、今回ダンジョンの発生した場所なのですが、われわれゴーレム文明の研究員たちが次に遺跡の発掘をおこなおうと目星のつけていた場所だったのです」
「そうでしたか。でも、どうして俺たちに同行しようと?」
「それはその……もうかれこれ一週間近く、色んな冒険者チームに同行させてもらえるように頼んだのですが……足手まといだからと、もうどこにも相手にされなくって」
「な、なるほど」
どうやら俺たちメシウマは、当たって砕けろ作戦の中の当たられた内の一組だったらしい。
「それで、いかがでしょうか? もちろんですね、研究予算から依頼料は出させていただきますので!」
「んー、そうですねぇ……」
俺は腕組みをしつつ、チラリ。
ハーブティーの香りを「これもまたスパイスの一種なのですぅ」と拡大解釈して嗜んでいるシナモンを見やる。
「シナモンはどうしたい?」
「えっ? わたしですかっ?」
「クミンさんを連れて行ったら、ゴーレム文明の遺跡を見つけられるかもしれないけど」
「遺跡……ですか」
シナモンは俺の言葉にウーンと悩むようにして上を向く。
……まあ、気持ちはわかる。
俺たちにとっては遺跡だけど、シナモンにとってはそこが過去暮らしていた場所なのだろうから……そんな場所を直接その目で見るのは、きっと恐ろしいことだろう。
だが、同時に記憶を取り戻す手掛かりになる可能性が高いというのも確かだ。
だから、判断はシナモンに任せる。
シナモンはしばらくしてから、その視線を俺たちへと戻すと、
「悩みますね……せっかくムギさんがダンジョン内で作ってくれるカリーの分け前が減ってしまうというのは……」
「えっ? そこかよっ!?」
「ご安心ください! 自分の分の携帯食は持参いたしますので! なんならみなさんの食費も負担いたします!」
ここぞとばかりに猛烈アピールをするクミンへと、シナモンは「それなら」と頷いた。
「遺跡も見られてカリー料金も負担してくれるのであればこれ以上ないのですぅ! ムギさん、ぜひクミンさんにご同行をお願いしましょうっ!」
「えぇ……? まあ、シナモンがそれでいいならいいけどさ」
そんなわけで、クミンが同行者として新たについてきてくれることに決定した。
あとは出発の段取りについてだったのだが、
「僕はいつでも行けます! なんなら今からでも駆け出していける心構えです!」
「そっか……ならもう、買い出しだけ済ませて行っちゃうか」
とのことで、トントン拍子で話は進んでいく。
メシウマの面々も、できるだけ速やかにダンジョンに向かいたい者ばかりなので異論を挟むものなどいない……いや、一人だけいた。
「ま、マジで泊りもせずに王都から出るのか……!? この王国の中心地を素通りだなんて聞いた事ねぇぞ、悪魔の所業だ……!」
ダボゼだけは一人、肩を落として嘆いていた。
* * *
──ダンジョンは、決して都合よく行き来のしやすい場所に現れてくれるわけではない。
山のてっぺんや砂漠の中、あるいは森の奥深くなど、出現場所はまちまちだ。
そのため、ダンジョンを発見してまず行われるのは、ダンジョン周囲の安全確保、そして大規模なキャンプ地の設置である。
「おお、見えた見えた」
水や食糧などの買い出しを済ませた俺たちが再び幌馬車で王都の南門から出て、そのまままっすぐに南下して半日。
竜骸平野が見えてくる。
そして、通常見渡す限り一面の砂地と竜の化石ばかりのその平野のアチコチにテントが立ち並んでいるのが見えた。
「なんだか集落のようですね」
「そのオウエルの感想は間違ってないぜ」
それに答えたのはダボゼ。
「ダンジョンの周りには、どこもこんな風にダンジョンで稼ごうとする商人たちが集まってくるんだよ」
「商人? 冒険者ではなくてですか?」
「見える内のほとんどのテントが商人のもんだ。ここでダンジョンに挑む冒険者の荷馬車を預かったり、装備品や食糧を売ったりしてるんだ……俺も昔は、ダンジョン発生の情報を手に入れるや、即座に食材を買い漁って売りに行ったもんさ」
行商人時代を思い出すのか、ダボゼは懐かしそうに言う。
「まあでも、今日は預かってもらう側だがな。俺ごとよ」
「俺ごと? なんだ、ダボゼはダンジョンについて来ないのか?」
俺が問うと、ダボゼは顔に深いシワを寄せて表情をしかめると、
「ゼッタイに嫌だね! またこの前の大蛇みたいなヤツに追いかけ回されたらどうする!? 俺はあの時、人生で最速の鼓動を刻んでたんだぜ!?」
「その記録が更新できるかもしれないぞ」
「俺を殺す気かッ!?」
まあ、そこまでついてきたくないなら仕方がない。
ダボゼは幌馬車の留守番ということで置いて行こう。
「オウエルはどうする?」
「私は……もし足手まといにならないようでしたら、同行させていただけたら、と」
「大丈夫だ。俺たちがついてるからな」
「はいっ! ありがとうございます!」
オウエルは満面の笑みを浮かべる。
「私も少しゴーレム文明については興味がありますので、この目で遺跡を見れたらな、と」
「あはは……まだ可能性が高いだけで、確実にあると決まったわけではないんですけどね……」
恐縮するように言うクミン。
「でも、可能性は高いはずなんです。その付近を囲むようにして別の遺物も見つかっていますから」
「別の遺物……って?」
「バラバラになったゴーレムの欠片です。腕の一部とか、胴体が見つかったりしているんですよね」
俺は思わず、ヒュッと息を吞んでしまう。
そして、恐る恐るシナモンの方をうかがってみた。
「バラバラになった……ゴーレム」
シナモンはボソリと呟いて、
「ゴーレムはそんなに壊れやすくはないはずなのです。何故、そんなにバラバラに?」
「やぱり大きな衝撃が原因じゃないかと思いますね。なにせ、当時は空高くから万を超す竜たちが墜ちてきたと伝えられているわけですから」
「……墜ちてきた竜、ですか」
そのまま静かに、竜骸平野に広がる竜の化石をただ見渡した。
辺りはすっかりと夜になっていたからハッキリとシナモンの表情が見えたわけではないが、その横顔はどことなく悲しげな気がした。
「……あの、ムギさん? 僕、シナモンさんに何か悪いことを……?」
「いや、何でもないよ。気にしないでやってくれ」
別にクミンが悪いわけではない。
ここに来ると決めた時点で、この光景と向き合うことになるということくらい、シナモンが一番よくわかっていたはずなのだ。
今はきっと、そっとしておくほかはないだろう。
──そして、俺たちはキャンプの隅でテントを張ってその一夜をやり過ごし、翌日の早朝。
朝ご飯を済ますと、幌馬車をダボゼに任せ、その他の全員でさっそくダンジョンへと向かう。
そこは竜骸平野の続く中に、ポッカリとそのダンジョンは存在していた。
「……これが、ダンジョンですか……!」
生で見るのは初めてだったのだろう、オウエルやシナモンが目を見張っている。
俺たちの目の前にあるのは、地面に巨大な槍を突き刺してそのまま引き抜いてできたかのように、垂直で深く丸い大穴。
そこは、昨日訪れたヘラクレス本部の敷地をすっぽりと埋めてなお余りあるくらいの広さがあった。
「こ、こんな大穴にどうやって入るのですかぁっ? これはもはや『ダンジョンに入る』というよりも、『ダンジョンに落ちる』と表現した方がしっくりくるのですよぉっ!」
「……おや? ムギ様、どうやら他の冒険者のみなさんがあちらに向かって行くようですよ」
「よし。じゃあそっちに入り口があるってことだな」
「入り口?」
首を傾げるオウエルたちを連れて、俺は前を歩く冒険者たちについていく。
すると、その大穴の横に人が二人すれ違えるくらいの階段が下へと続いていた。
その手前には武装した屈強な大男が二人、門番のように立ちふさがっている。
俺たちの前の冒険者たちかその階段の下に姿を消すと、ジロリ。
大男たちは厳しい視線を俺へと向けてきた。
「攻略許可証を提示せよ」
「はい」
俺はあらかじめ手元に準備していた許可証を見せる。
大男たちは少し怪訝そうな顔で俺の後ろにいたクミンやオウエルたちを見たが、
「よろしい。通行を許可する」
そう言って脇へと退いた。
「よし、じゃあみんな、行こうか」
俺が先頭を切って階段へと向かい始めると、
「え、あの、ムギ様っ? ここはいったい……」
「ダンジョンの入り口だ」
「えっ……ダンジョンはあっちの大穴なんじゃ?」
「いや、違う。アレは目印みたいなものだ」
これはダンジョンあるあるだ。
実際にダンジョンに入ったことのない人は勘違いしやすいのだが、その大穴はダンジョンではない。
「ダンジョンはな、実はあの丸い大穴の外周に沿って、迷路みたいに続いているものなんだよ」
「えぇっ!?」
ちなみにあの大穴の底には何もない。
ダンジョンの研究をしている者たちによれば、あの大穴は周辺へとダンジョンの迷宮構造を作るために土や鉱石、魔力が消費されて陥没した跡なのでは? とのことらしい。
「さあ、一つ驚いたところでさっそく行くぞ。メシウマとしては初のダンジョン挑戦だ」
そうして、俺は階段の一段目を踏みしめた。




