第40話 海の幸と不幸
進路は南。
俺たちを乗せた幌馬車がゆっくりと街道に沿って進む。
「しかし、絶品なピザだったなぁ……」
ジュルリ。
舌なめずりをしながらダボゼが幌馬車の御者台で手綱を握っている。
「まだ一昨日の話をしてるのか?」
「だってよぉ、あんな高カロリーなもん喰ったのは久々だったからよぉ……!」
ダボゼはそう言って、懐かしそうに胃袋の辺りをなでた。
……コイツ、またリバウンドしようとしてないか?
「せっかく痩せたのだろう? 健康には気を配ることだ、ダボゼ」
「ウッ……ハイ」
同乗するドルフ伯爵には弱いらしい、ダボゼはシュンと肩をすぼめた。
ピザパーティーを終えた俺たちが目指すのは、ドルフ伯爵の居城のある城下町オウシアン。ようやく当初受けた依頼を果たす時がやってきた。
「とはいえ、海といえば新鮮な海鮮物! 依頼達成のあかつきには、最高品質の新鮮食材でもてなさせてもらう。体形など気にしているヒマはないかもしれぬがな!」
ドルフ伯爵のうれしい言葉にメシウマの面々の目も輝いている。
そんな中でクイクイと、俺の服の袖が引っ張られた。
「なあなあムギはん、海で獲れる魚ってそんなに美味しいものなん?」
「もちろん魚は美味いぞ。他にも例えばエビなんかの甲殻類も最高だ。生のプリップリの白身はクリーミーで、しょうゆにつけるとなおのことそれが際立って口の中が溶けてるんじゃないかってほど。炙れば炙ったで磯の香りがフワリと立って、引き締まった身を噛むごとにジュワリと染み出る塩味の利いたエキスがな、もう絶品なんだよ」
「おっ、おおっ……! 魚だけやないんかっ!」
「もちろんだ。貝もいいなぁ。アワビ、ホタテ、アサリ……みんな違ってみんないい味を出してくれる。特におすすめしたいのはサザエかな。形も食べ方も独特で、楊枝とか細長いもので蓋をクルンと開けて食べるんだが、これがけっこう楽しくてな。ぜひアサツキには試してほしいが……いや、まだ少し大人な味かもな?」
「おっ、大人の味……! たっ、食べたいっ! ウチそれ食べたいでっ!」
「ひと通り味わってみたらいいさ。オウシアンは海の町。獲れない海鮮食材はほとんどないって話だから。ですよね、ドルフ伯爵?」
俺が聞くと、ドルフ伯爵はコクリコクリとうなずいて、
「そうとも。まあ、依頼達成後ならいくらでも獲れるだろう。依頼達成後ならな」
「……ああ、まあそりゃそうですよね」
どこか含みのある返事に、俺は依頼内容を思い出した。
……そういえば今は漁業をストップせざるを得ないんだったな。
海鮮の話をしていたら口の中にフワリと磯のニオイが香って充満し、ヨダレが湧き出てきた。これはもうサッサと依頼を達成して海の幸に舌鼓を打たなければ!
「あっ……!!!」
幌から顔を出して外を見ていたウサチが、唐突に声を上げた。
「なあムギ、なあなあムギムギッ!」
ちょうど馬車がなだらかな傾斜を上り終えて頂上に達した地点だった。
ウサチは俺の肩をポンポン、ポンポンと何度もたたいて幌を開いて進路の先を指さした。
……ああ、なるほど。磯の香りは風に乗ってすぐそこからやってきていたってわけか。
俺たちの視界に広がっていたのは、青く、そして陽光を反射してキラキラと輝く広大な海だった。
* * *
城下町オウシアン。
それはこのニアシー領で一番の規模を誇る交易の町だ。主要街道には大荷物を積んだ馬車が行き交い、また様々な料理を提供する屋台が立ち並んで活気にあふれている。
そして、その町の中心にあるのがドルフ伯爵の住まう " ニアシー城 " である。
「「う──うおぉぉぉ! 高いぃぃぃっ!!!」」
ウサチとアサツキは二人してそう叫んだ。
俺たちメシウマの面々が招かれたのはドルフ伯爵の執務室。そこはニアシー城の最上階にあり、南向きの壁のほとんど一面が大窓となっている。眼下には城下町の市とその先の港、そして広い海が水平線まで一望できるようになっていた。
「──さて、それでは改めて、依頼についての話をさせてもらおうか。メシウマの諸君」
ドルフ伯爵は執務デスクへと着くと、俺たちを見渡した。
「依頼内容についてはマグリニカの新ギルド長……ワイズ殿へと出した依頼書に書いてある通りだ。例のモンスターの討伐をお願いしたい」
神妙な面持ちでドルフ伯爵は俺の顔をのぞき込んで来る。
「わかっているとは思うが……ヤツは海の不幸を詰め合わせたようなモンスターだ。勝てるか?」
「ええ、やってみせましょう」
「ほう、頼もしいな。討伐経験があるのか?」
「いえ、ウチの中には誰も。なにせ相手は伝説のモンスターに分類されていますからね。会おうと思って会える相手じゃないんです」
俺の答えに、ドルフ伯爵はニッと微笑む。
「それでもムギは討伐できると踏んでいるわけだな?」
「まあ、ヤツの親戚は何十何百回と調理してきていますから」
「……フ、よろしい。ムギたちの実力はピザ窯ゴーレムの件でよく知れた。改めてよろしく頼む。討伐クッキング、楽しみにしているぞ?」
「お任せを……ところでドルフ伯爵、目撃情報などをうかがっても? できれば遭遇しやすい時間帯や、位置なんかを教えてもらいたいです」
俺は今もなおウサチたちが張り付いて外を眺めてる大窓の方を向きつつ問う。
「さすがに、何の指針もないまま海に出るわけにはいかないので」
「それについては……実際に見てもらった方が早かろうと思ってな。準備をしてあるのだ」
ドルフ伯爵は立ち上がると大窓の外を指さした。
その先にいたのは一隻の中型の木組みの船。帆をいっぱいに張って沖へと全速で進んでいるように見える。
「ドルフ伯爵、あの船はいったい……?」
「うむ。この日のために作らせておいた、すっからかんの船だよ。乗組員も途中で全員降りていて無人だ」
それじゃただの乗り捨てだ。
いったい何のために……と、問う必要はなかった。
その船がある地点でピタリとその動きを止めたのだ。
そして、次の瞬間、
──ヌルゥッ! と。
幾本もの赤茶色をした巨大な触手が柱のように海面へと突き出して、上からその船体を絡めとる。船体は粉々に握り潰され " くの字 " にへし折られると、ものの数秒で海中へと引きずり込まれてしまった。
「「……っ!!!」」
大窓にへばりつくようにその光景を目の当たりにしていたウサチとアサツキが、あぜんとしたように大きく口を開けていた。
ドルフ伯爵は俺へと向き直ると、肩をすくめる。
「このようにな、海上を行く船を見境なく襲う始末だ」
「なるほど……つまり、船で出れば確実に会えるってわけですね」
俺は思わず、ニヤリとしてしまう。
これまでの人生で会いたくとも接点のなかったヤツに、俺はとうとう会えるのだ。
「ようやく確かめることができそうで俺はうれしいですよ。伝説のモンスター……クラーケンのその味をっ!」




