第41話 ニュルニュルはイヤ
「ク、クラーケンッ? なあムギはんっ! あんなドデカいモンスターを相手にする気なんかっ!?」
アサツキが目をひん剥いたままこちらを見てくる。
あり得ない、とでも言いたげなまなざしだ。
「それに数も多い! 太いミミズみたいにウニョウニョと群れとったでっ!?」
「いや、アレで一体なんだよ。船を絡め取ったのはミミズじゃなくて、触手だ」
「しょ、触手?」
「クラーケンは八本の触手を持つ巨大なタコ型モンスターなんだ……って言っても、アサツキはタコを見たことがないだろうし、イメージが湧かないよな?」
「ん……んんー?」
アサツキは腕を組み首をひねってしまう。
そのとき、パチンという小さな破裂音。
ドルフ伯爵が指を鳴らしていた。
「そんなこともあろうかと、用意させておいたぞ?」
執務室の扉が開いたかと思うと、執事と思われる黒服の初老の男が滑車付きの台に載せて深い器に入ったタコを運んで入ってきた。
大変に活きがいい。ウネウネと触手を動かして今にも器から脱走を図ろうとしている。
「これがタコだ、エルフの幼女よ。今朝、磯釣りされたものだそうだ」
「ひぃっ! なんやコレ、めっちゃ気持ち悪いやんか……!」
「何を言う。丸い頭がキュートではないか。それにとてもウマいぞ?」
「えぇっ!? コレ食べるんっ!? ありえへんっ!」
ゾゾゾッと悪寒でも上ってきたのか、アサツキは腕を抱えながら俺の後ろまでやってきた。
「ウ、ウソやんな、ムギはん? あんなニュルニュルでヌメヌメな生物の巨大版の生物なんて、食べられるはずがないやんな?」
「いや喰うぞ」
「堪忍やでムギはんっ! 後生やっ!!!」
涙目になりながらアサツキは俺の腰辺りの服を掴んで揺すってくる。
「ウチは確かに美味しいものを食べさせてもらってる立場や、なんの文句も言うつもりはあれへん……でもあのニュメニュメのニョルニョルだけはっ……無理やぁっ……!」
「う、うーん……ずいぶんと嫌われちまったなぁ……」
台の上のタコを見やる。
触手を器の縁からウネウネとコンニチハさせて登りかけていた。
……本当に、食べたら美味しいんだけどなぁ。
「まあともかく、依頼は依頼だから討伐はするとして……アサツキは何か他の魚介を食べようか」
「うっ、うぅ……ゴメンなぁ、ムギはん、ワガママ言うてしもうて……」
「いいんだよ。苦手なものを無理して食べたって余計に嫌いになるだけだからな」
そんなひと悶着はあったが、俺たちはさっそくクラーケン討伐のための準備に乗り出すことにした。
* * *
「──ところでムギ殿、討伐方法にアテはあるのか?」
俺の隣を歩くマチメが聞いてくる。
メシウマの面々は一度ニアシー城から出て、城下町の市場通りにいた。
「相手は海に潜む大型モンスターだ。地上のように自由に戦えるわけではなかろう」
「だな。だから、討伐をするにしても準備が必要だ」
「これはそのための買い出し……というわけか?」
「まあ買うかどうかはわからないけどな。漁業で使う道具には俺も疎いから、まずは実際にこの目で見てみようと思ってさ」
俺たちが向かったのは市場の中でもかなり港寄り、漁業組合に所属している漁具店だ。
二階建てで、縦横の幅も鉄工場のように広い。
ドルフ伯爵によればそこがこの町で一番多種多様な漁具を取り扱う店なのだとか。
中に入ると、様々な釣り道具から銛、さらには素潜りで使うのだろう足ヒレまでもが壁沿いの棚にところ狭しと並べてある。
「ラッシャイ……ん? 見ねぇ顔だなぁ?」
そんな無数の商品に囲われた店の奥、店主であろう角刈りの初老の男と、その店主と話し込んでいたらしいスキンヘッドの中年の男がこちらにいぶかし気な視線を向けた。
「漁具商人ってワケでもなさそうだ。どういった用件だ?」
「クラーケンを捕まえる漁具についていろいろと聞きたいんですけど、いいですかね?」
「ああ、クラーケンね……クラーケンッ!?」
角刈りとスキンヘッドは二人同時に、こちらを二度見してくる。
「何の冗談だテメェ、冷やかしかっ!?」
「いやいや、違いますよ。俺たちは冒険者で、ドルフ──じゃなくて、ニアシー伯爵から討伐クッキングの依頼を受けてこの町に来てるんです」
「伯爵様から……! じゃあ、おまえらが例のメシウマっていう料理ギルドか!」
二人ともメシウマのことは知っているようだ。
きっとドルフ伯爵が広めてくれていたのだろう。
自己紹介やらなにやらを省けるのは大変にありがたい。
「クラーケンは俺たちが討伐します。ただ、海上じゃ攻撃手段は限られ、海中や海底ならなおのことこちらが不利になってしまう……なので、俺たちがいま欲しいのはあの巨大なクラーケンを " 海面に揚げ続けられる " 漁具なんです」
「クラーケンを海面に……!?」
さすがにいきなりハードルを上げすぎただろうか?
なにせ相手は海中に生息する中では伝説級ともいわれ、普段は討伐依頼にすら上がらない。その希少性からも討伐難易度は以前に俺たちが討伐したアーマード・ドラゴン以上。SSS級とも言われているモンスターだ。
……それを捕獲できるような漁具がないか、なんて一般の漁具店の人に聞くのはお門違いなのかもしれない。
「すみません、いきなり変な質問しちゃって。あの、よかったら大物狙いの時に使う銛とかそういった漁具だけでも見せてもらうことって──」
「待てよ、おまえさん」
スキンヘッドの男が手を突き出してさえぎった。
「クラーケンの自由を奪うだけでもいいのなら、漁具……いや、漁船に心当たりがあるぜ」
「えっ?」
「ウチの漁業組合に一台だけある " ラジーク捕獲船 " ……そいつが使えるだろう」
「ラジーク捕獲船……ラジークって、あのっ!?」
「おう。どうやらラジークは知ってるようだな」
もちろん、知らないはずもない。
ラジークは海中に生息する大型哺乳類の一種であり、その肉は独特なクセがあるものの、好きな人にとっては大変味わい深い一品だ。
「ラジークを捕まえる専用の船があるんですかっ?」
「ああ。ラジークは普通の船じゃあ到底捕まえられん。船の方が転覆しちまうからな。だが、ラジーク捕獲船はちゃんと大型の相手ができる " 兵装 " がある。もしもそいつが使えそうってんなら俺が出してやる」
兵装……それは大変に興味深い。
いち料理人として、食材が獲れる過程に対する好奇心がうずく。
だが、
「おっ、おいっ、組合長! ラジーク捕獲船はたったの一隻しかないんだぞっ!?」
店主がスキンヘッドの腕の袖を掴んで引っ張った。
「クラーケン討伐なんて危険な任務に貸し出して大破でもしたら、今後の漁業組合にとってどれだけの痛手になるか……!」
「んなこたぁ、わかってる」
どうやら漁業組合の組合長だったらしいそのスキンヘッドの男はひとつフンと、豪気に鼻を鳴らした。
「だがよぉ、俺たち漁業組合の連中どもが何もせずに伯爵様やメシウマに頼り切りになるのはいかがなもんだって話だぜ」
「そ、それは……確かにそうだが」
「『だが』も『でも』もねぇ。俺たちの仕事場を俺たちで守らなくってどうすんだ」
組合長は言い切ってそのまま、店の外へと足を向ける。
「ついて来な。ラジーク捕獲船を見せてやる」
「……えっと、いいんですか。さすがに船の安全は保障できないんですけど」
「おまえらは気にしなくていい。責任は俺が取る。それによ、こいつは伯爵様から俺たちが賜り続けている御恩を返すことにもつながるからな」




