歪身
今日は初めての見回り。
咲さんに連れられ、深夜に染った街の屋根を歩き進める。
咲「今日も霞んでる。」
咲さんは晴れた夜空を見てそう言った。
凌太「そうですか?」
咲「夜月が歪んでるの。」
俺は咲さんが見ている月を見るけれど、綺麗な三日月で歪んでは見えなかった。
不思議に思いながらも、しばらく担当地域の見回りをしていると咲さんが急に足を止めて俺の後ろを見る。
俺もつられて後ろを見るけれど何もない。
咲「叫び声、聞こえない?」
凌太「…俺には聞こえなかったです。」
咲さんは来た方向を風の音が遅れるほどの速さで走って向かって行く。
俺はそれに必死について行くとあるボロい家の前に着く。
その中からは若い女の悲鳴と男の荒げた怒号が聞こえる。
こんな深夜に周りの家が反応してないと言うことは何度も繰り返されている事が想像できる。
咲「入るわよ。」
凌太「え?…鍵は?」
咲さんは指をそっと鍵穴に触れ、少しひねると微かに鍵の開く音が聞こえる。
横開きの引き戸で開けるとガラガラと音を立てる玄関の音に気づいたのか男の怒号が止み、女が助けを求める言葉を発する。
「だぇえだぁー!こんねぁじけんにぃ…!!」
出てきた肌着の男はだいぶ酔ってるのか呂律と足元が浮ついている。
咲「お嬢さんは?」
「だえだぁっつってぇんだぁ!!!!」
男が咲さんに殴りかかろうとするのを俺が間に入り、男をはたき倒す。
凌太「殴るだけで気持ちよくなってんじゃんねぇよ。」
「ああぁああ!?けいさづぅぅよぶぞぉぁぁぁああ!」
男は倒れたまま俺たち2人に向かって叫ぶ。
咲「呼べば?お前が殴った女がDVを訴えるだけ。」
「…アマが調子ノんじゃねぇえええ!!!」
男は飛び起きて咲さんに殴りかかろうとすると、咲さんはふわりと避けて靴箱の角に頭をぶつけた男を無視して入って行き、男はそのまま倒れ込んで失神する。
俺は咲さんについていき、部屋に入ると全裸の女がアザと傷だらけで倒れ込み泣き叫んでいた。
俺は咄嗟に自分の団服を女にかけて着させる。
咲「脚の噛み跡はあの男がつけたの?」
「ちが…、違いま…ずぅ…。」
女はまだ止まらない涙を流しながら咲さんの質問に答える。
咲「いつからあるの?」
「むかぢの…、家が津波で…ぐちゃぐちゃになって…。」
咲「津波に襲われた時に出来たの?」
「…あい。」
咲「そう。じゃあ一緒に帰りましょう。」
咲さんは女の手を引きあげて立ち上がらせる。
「え…?わ、私の家…」
女は驚いたのか泣きやみ咲さんを見つめる。
咲「あの獣が住んでる家があなたの家なの?」
「え…。で、でも…どこに…?」
咲「あなた、何歳?」
「え…っと、18です…。」
咲「じゃあ大丈夫ね。凌太、背負って。」
凌太「…はい。」
咲さんは玄関に向かい歩いて行く。
俺は女が乗りやすいように体をかがめる。
「ど、どこ行くんですか…?」
凌太「三食寝床付き、家賃なし、働けば一度の仕事で10万はもらえる。」
「…わ、私、売りはやりたくないです。」
凌太「そんな事させねぇよ。とりあえず晩ご飯だけ食べにくればいい。」
俺は催促して女を背負い、玄関の外で待ってる咲さんの元に走る。
「お父さん…。」
凌太「こんなんにされても助けたいか?」
「…。」
咲「行くわよ。」
咲さんは俺と手を繋ごうと差し伸べる。
凌太「はい。」
俺は女の答えを聞く前に咲さんのまじないで世永の屋敷に飛び、女の手当てをすることになった。




