父娘
「まず言わなければならないのは……」
「娘を助けてくれてありがとう。勇者アーベル」
アナクシマンダーはそう言って頭を下げる。
むろん、それは能力を奪われた直後に洞窟の中で魔物に襲われていたクロエを助けたことに対する者だということはわかる。
だが、今アナクシマンダーは何と言った?
娘?
つまり、クロエはアナクシマンダーの娘ということなのか?
アーベルはテーブルの反対側に座る男と少女を交互に見やる。
父娘と言われればそうかもしれない。
だが、一見してそう思わなかったということはそれほど似ているということではないのだろう。
待て。
アーベルは心の中で呟く。
これは魔術師独特の言い回しかもしれない。
なにしろ、魔術師は伝統的な徒弟制度が成立している組織。
弟子は師匠にとっては子供と同じ。
実の娘とは限らない。
「ひとつ尋ねる。彼女は会長の娘なのか?」
「私はそう言ったつもりだが、あの言葉からどうやったら別の意味を見出させるのかな。勇者アーベル」
少しだけ嘲りの意味合いのある笑みとともにアナクシマンダーはそう返す。
「魔術師独特の言い回しで弟子も子供というのかと思っただけだ」
「それで……」
「呼び出したのは礼を言うためだけか。俺としては……」
「もちろん金も払う」
「だが、今日来てもらった主たる目的はそこにはない」
「というと?」
「先日、君は娘にこう言ったそうだな」
「洞窟探索をおこなうのなら腕の立つ剣士を同行させろ」
「私はその助言を実行したいと思う」
「つまり、君と君のチームに娘の護衛をお願いしたい」
「断る」
「理由を聞こうか」
「我々は自身の身を守るだけで手一杯。他者を守る余裕はない」
やってきた言葉にそう言い切ったアーベルはアナクシマンダーを見やる。
「……なるほど」
アナクシマンダーはそう言って頷く。
「条件を聞こうか」
さすが魔術師たちを束ねる魔術師協会の会長。
あれだけの言葉でそこまで察したのか。
アーベルは薄い笑みを浮かべる。
「まず、娘さん以外のもうひとり魔術師を提供してもらいたい」
「それから彼女専属の護衛をひとり提供してもらいたい。その護衛には斥候とマッピング能力があればさらにいい」
「後者については条件にほぼ合っている者がいる。その者については後で呼ぶので会ってもらおう。だが……」
「魔術師の追加については不要だと言っておこうか」
「なぜ?」
「娘の魔術師としての実力は冒険者たちの同行しているどの魔術師より遥かに上にあるからだ」
これを親バカというのだろう。
アーベルの笑みは種類を変え、さらに深みを増す。
そうであれば、前回のような醜態を晒すことなどあるわけがないだろう。
命の危険を伴う経験をしたにもかかわらず、まだそんなことを思っているのか。
本当に死ぬぞ。
「会長。言っておけば……」
「勇者アーベル。君は娘が実力不足だと言いたいのだろう。だが、それは間違っている」
「娘には才がある。足りないのは経験。それが手に入れば、君たちのチームは最高の魔術師を手に入れることになることは私が保証しよう」
これだけ言っても引かないのだ。
おそらくこれは事実。
つまり、クロエを取り込めればチームの強化は確実なものとなる。
だが……。
アーベルは笑みを浮かべ直す。
「実力不足。経験の不足」
「魔術師を教育していく会長にとっては全く違うものでしょう。ですが、それはあくまで後方にいる者の発想」
「前線で命を張って戦う者にとっては両者は同じもの。少なくてもその差などほんの僅か」
「戦えるか?それとも、戦えないのか?俺たちにとってそれが重要なのだ」
「もし、俺の言葉が悪いというのなら、言い直そう」
「俺たちとともに今すぐ最前線で戦えるだけの力のある魔術師」
「俺が望んでいるのはそのような者だ」




