人形
コズミックホラー的なのを書いてみたくてチャレンジした作品です。今回はあとがきプロフィールありません。
先程まで視界になかったはずのその人形が目に入った時、それは異常なまでの存在感を放っていた。あるいはずっとそこにあって、自分が気づかなかっただけなのかもしれない。それにしてもその存在感は凄まじく、気づくなという方が無理だと言えるまである。
その人形を視界から追いやろうとするも、その人形に見つめられているようで。その視線を言葉にするのならば執着か。兎にも角にもこちらの居心地を悪くするような視線だった。
しかし考えてもみれば、所詮は物。視線なんてものがあるはずもない。そう、無いはずだ。
不気味なその人形を再び視界に入れた時、まるで威圧感のようなものすら感じられた。自分を連れていけとでも言うのだろうか。ただの人形であるはずのそれから感じる威圧感は、こちらに拒否権を与える気もないようだった。
ざわざわと心がざわめきだす。再び視界からその人形を消して手元の本に視線を向けるも、意識は人形のほうに向いてしまって一向に進む気配を見せない。
本能が警鐘を鳴らしているのだ。あの人形と関わるなと。しかしその一方で、本能とはまた違う部分――警鐘を鳴らすのが動物としての本能ならば、これは生物としての本能と言えばいいのだろうか。――が、逆らうなと訴えかけるのだ。
あれは自分とは別の存在であり、逆らったところで全てが無意味なのである。こちらに初めから逃げるという選択肢など存在していないのだと、自分の声ではないかのような声が聞こえる。冷たいかと言われればそうではなく。闇の向こうから聞こえると言えばどうにも違和感を覚え。
温度がない。いや、それも違う。聞こえる場所は虚無の彼方からのようでもあり、すぐ側からのようでもあり。あぁ、この声を何と形容し何と表現すれば説明出来るのか。
人に。いや、地球上に存在する生物ではその声を表すことが出来ないのだと思った。自分の言葉で表現出来るということは、それは同一の次元。同一のレベルだということだ。けれどもそれは、次元が違うということだけがぼんやりと理解できるのだ。
次元が変われば、それを説明するための言葉は持たない。なぜならそれを説明するための言葉をそもそも用意していないのだから。だからこの頭の中に響く声を、説明できないのだ。
まるで狂気にまみれた恐怖で首を締め付けるかのように、だんだんと息が出来なくなる。とても息苦しい。首もとに手をあてても、何かがまとわりついている訳でもないのに。このまま息が止まってしまうのだろうかと思った時だった。
また、あの声がする。お前には何も出来ないと。選択肢はひとつしかないと。繰り返し呪のように聞こえてくる。その呪に操られるかのように人形に手を伸ばした時に、何故か意識も抵抗も何も無かった。
何かやましい事をしている訳でもないのに、この人形は誰にも見られてはならないと妙なまでに落ち着かなかった。見られてしまったら最後、なにか災いでも降ってくるのではないかと。現実的にそんなことが有り得るはずもないのに。
人目を避けるかのように自宅に帰りついた時、カバンの中から例の人形を取り出した。見たくないのに、今度は目を離すことを許されないかのような錯覚を覚えて目が離せなくなった。
その人形の造形も、やはり説明をするに言葉が不足しているように思えた。
まず気にかかるのは材質か。表面はまるで石のようであるが、しかし石ではなさそうである。一見するとそれなりの重さがありそうなのに、手にしてみると非常に軽い。その人形の色もまるで説明が出来ない。緑青、緋色、紫紺、黄丹。どんな色を混ぜればこんな色になるのか想像もつかない。色んな色に見える事を玉虫色や虹色だなんて表現することもあるが、そんな言葉で片付けられるような色をしていなかった。
地球上にはない物質で作ったオーパーツであると表現するのがもはや手っ取り早いだろう。
とはいえ、そんなオカルトチックなものを受け入れるだけの心の余裕がない。何とかしてその人形に対して言葉で説明できる何かがないかと粗探しをする。
造形すらも言葉で表現することに労を要した。全体に細長く伸びるそれは、触手のようでもありツタのようでもあり。それが位置としては頭になるのだろうか。1番上にある丸い部分の中央からあらゆる方向に、長さも不揃いに伸びている。その丸い部分の下は曲線を画きながら、シルエット的には膝を抱えて座り込んでいるかのような格好をしている。その曲線部分からは虫の羽のようにも葉のようにも手のようにも見える何かが六対伸びている。
丸い部分の下からは腕のようなものが伸びているが、それは腕と言っても良いのだろうか。いくつもの節があるようにあらゆる方向に曲がっているのだから。台座と接する部分には、本来の全身像のようなものであれば足に当たる部分があるはずだが、それもハッキリとしない形をしていた。
子供の工作の方がまだ何かしらを表現出来ているだろう。しかしこれが表現したいのは地球上にはいない何某かなのだろうか、理解ができないのも無理はない。と、思いたい。
顔はどうなっているのか。覗き込もうとした時だった。
メ ア ザンバゥルダ
ヴ ネ カルバレェナ
例の声が頭の中に響いたのだ。なんと言っているのかは全く以て分からなかったが、強いて表現するならばそんなことを言っていた。意味は当然分からない。
しかし繰り返されるその呪文は、だんだんと思考を犯してくる。その言葉を理解しようとすればするほど、自分の思考がおかしな方向へと傾き、そしてそれを引き戻そうとする自分と会話をすることになる。あぁ、気のせいだろうか。妙な臭いが鼻につく。その臭いでどんどん意識がおかしくなる気がしてくる。
そうだ、捧げるものが必要だ。あの方はそれを望んでいるから。待て、捧げるって何を捧げるつもりだ?あの方とは誰だ?何故それを望む?考えるだけ無駄だ。供物を探さなきゃ。探す必要があるのか?探さなければあの方は満たされない。満たすとはなんだ?あの方は降りてくる。どこに降りてくるなんて聞くのはあまりにも馬鹿げている。質問に答える必要なんてない。違う、まずは理解しようとするなんてあまりにも烏滸がましい。
考えていることがズレている?そんなわけは無い。あの方は確かに命じてくださったんだ。供物を捧げよと。あぁ、そこら辺にある肉でいいのだろうか。それでは足らない気もするが、しかし今から数を揃えるには少しばかり時間がかかる。
そうだ、そろそろ質は悪いけど肉が手に入る。ひとまずはそれでなんとかしよう。
あぁ、少しだけ待っていて欲しい。まだ戻ってきてないから、準備するまでにもう少し時間が必要だ。
それにしてもうるさいくらいに外で動物が騒いでいる。よく聞こえるのは犬の絶叫するかのような声。あとはカラスの声も聞こえる気がする。猫の声も微かにするが、それは威嚇をすると言うよりも助けを求める声だろうか。
何をそんなに、怯えているのやら。




