しろいしろいせかいのなかで
ホラーというか、ただの不思議な話が正確かもしれない。
目が覚めたら、真っ白な空間にいた。
何も無い。
ただ何も無い。
影すら落ちない、ただ真っ白な空間。
染みも。曇りも。何も無い。
空に浮かぶ雲よりも。
大地を微睡みに誘う雪よりも。
何よりも白い空間。
――不気味だ。
感じた思いは、そのひとつ。
ただただ白いその空間に。
自分の手が。足が。
まるで異物であるかのようにそこにある。
手を握った。動く。
足を上げた。動く。
足が動くから、歩いてみた。
進んでいるのかいないのかもわからなかった。
足音すらしない空間にふと疑問に思う。
――この世界に、果てはあるのだろうか?
まるで世界から、空間から、時間から、存在から。
ありとあらゆる概念からすらも遮断されてしまったかのようなこの空間に、はたして果てはあるのかと。
歩いた。
ただ歩いた。
一歩一歩。
確実に。
早く帰らないと。そう、思ったから。
――どこへ?
ふと、足が止まった。
どこへ帰ればいいんだ?
わからない。
帰る方法がわからない。
そもそも、自分は誰なのか。
名前。思い出せない。
住んでいた場所。思い出せない。
家族や友人。思い出せない。
「おもい、だ、せ…ない……。」
声が零れた。それに、驚いてしまった。
あぁ、声。声。声だ。
そう、声が出せる。自分は喋ることが出来る。
そんなことすら忘れてしまっていた。
「俺は…?」
俺は…。
……そう、俺は。
「俺、は……■■■■■■■。」
喉は震えていた。
確かに音は出ていたはずだった。
耳が。脳が。それを言葉と認識しなかったのか。あるいは音が聞こえなかったのか。
頭にモヤがかかったかのように。あるいはノイズにかき消されたかのように。
その単語だけは、明瞭としなかった。
小さく身体が震えた。全身が粟立つよう。
それは紛れもない恐怖という感情で。
このままここで、自分がここにあるというその認識を失ってしまえば、白に囚われてしまうような気がした。
それなのに、既に自身がここに居るという認識が既に曖昧で。
「ダメだ。それだけはダメだ。俺はここに……。ここにちゃんと……。」
いるはずなのに。
不安が波のように押し寄せる。
その時だった――。
「…………誰?」
自分のものではない音が聞こえた気がした。
空耳だろうか?
周りを見てみても、変わらない白が続くだけ。
しかし二度目ははっきり聞こえた。
そっちじゃない、と。誰かが呼んでいる。
「どっち…?どっちに行けばいい……?」
右から聞こえてくるようで、左から聞こえてくる気がする。だがその声は上から聞こえてくるようでもあり、後ろから聞こえた気がした。
「わからない…どこに帰れば……。」
あまりにも不安に苛まれ、膝を抱えて蹲る。
その姿は迷子になった子どものようで。
どしかし不思議とこへ帰ればいいのかわからないのに、帰りたいと強く思える場所があることだけはわかる。
帰りたい。帰らなきゃいけない。
あの場所で、みんなが待っている。
そう、強く思い立ち上がった時だった。
ガラスの砕けるような音と共に、強い光が辺りに満ちる。
思わず目を瞑った。
やがて目を開けば、心配そうに顔を覗き込んでくる視線とぶつかった。




