ドッペルゲンガー
ショッピングモールにいるなら合流しようと連絡来たのはつい先程だったが、そもそもなぜ自分がショッピングモールに居るという話になるのか。
ただの思いつきで連絡した訳では無いだろう。急にどうしたのか かと伝えれば、奇妙な返事が帰ってきた。
「だって鏡、いま来てるんだろ?」
「……は?」
そんな訳あるか。
自分は今、部屋で課題と格闘をしているというのに。
ただ、それが始まりだとは、想像だにしていなかった。
また別の日のこと。
今度は近所の人から公園で見かけたと言われた。声をかけたのに気付かなかったか?と聞かれたものの。
当然ながら、公園にいた覚えはない。
「一昨日のことなのに、もう忘れちゃったのか?」
「あはは…、ごめんなさい。一昨日はバイトで疲れてて。」
厳密な時間は覚えていなくても、一昨日くらいのことならある程度はいつどこにいたのかくらい覚えている。というか、そもそもその人が自分に会ったという時間はバイトをしていたはずだが。
とにかく全く心当たりがないのだから、つまりそういうことだ。
ただこの2回は、見間違いの類だろうと笑い飛ばせる範囲だったのだが。
いよいよ笑えなくなってきたのは、3回目からだ。
「あら、また出掛けてたの?」
また出かけていたとはなんなんだ。自分は帰ってきたばかりなのに。母親に聞いてみると、出かけていたはずの時間に自分と会話をしたと言い出した。
先程帰ってきたばかりなのに、また出かけていたのか。そう言われてもこちらは困惑するだけで。
他の誰かと見間違えたのでは?と問えば首を横に振られる。
「だって鏡ったら、ハッキリただいまって言ったじゃない。」
そんなはずはない。確かに自分はたった今帰ってきたんだから。しかしそんなことを言ったところで、信じてもらえるはずはない。笑われて終わるのがオチだ。
言いたいことを飲み込んで、そうだったねと。そう、曖昧に言うしかなく。
部屋に戻り、ベッドに横になったところで思わず呟いた。
「一体何が起きてるんだ…?」
そう問いかけたところで、誰かが答えられるはずがない。
理解るはずもない。
識っているはずもない。
〝ドッペルゲンガー〟
そんな言葉が頭を過ぎり、ハッとなる。
所詮ただの都市伝説だ。そう言って笑い飛ばしてしまいたいのに、不意に浮かんだその単語は妙に頭を支配した。
思考が埋め尽くされ、他の事が考えられなくなる。
もしも、それがドッペルゲンガーなら?
いいや、そんなわけない。
ありえない。
いるはずがないんだ。
とにかく、否定したかった。
否定しないと、不安で押しつぶされそうで。
足元に。すぐそこに。
言い知れぬ恐怖が、迫っているような気がした。
それからしばらく似たような事が繰り返され、近頃では正直なところ参っていた。
やった覚えのないことをやったと言われ。
言った覚えのないことを言ったと言われ。
それ自体は、幸か不幸か。誰かとの関係に亀裂をもたらすようなものではなく、相も変わらず笑い話で済ませられる範囲で済んでいるのだが。
しかしそんな事が繰り返されればたまったものではない。
家を出ればまた、誰かに言われるかもしれない。
部屋を出ればまた、誰かに言われるかもしれない。
段々と、人と関わるのが恐怖でしか無かった。
人と会うことへの恐怖が大きくなり、家を出なくなり部屋を出なくなり。
やがて家族たちは、顔を合わせてもすれ違っても、皆そっとしておいてくれるようになった。
◇ ◇ ◇
――カタンッ、
小さな物音で目を開けた。視界に飛び込んできたのは部屋の天井だった。
あぁ、いつの間にか寝ていたんだ。
そうぼんやりした頭で思いながら起き上がった時だった。
「…………えっ?」
何かがおかしい。
目に見えて何かが極端に変わっている訳では無いのだが。
でも明確に、そこにはありえないものが机の上に置いてあった。
そこに置いてあったのは、空になった菓子のゴミ。そして視線を動かせば電源の入っているパソコン。しかも動画を再生した形跡すらある。
慌ててパソコンを確認すれば、SNSで誰かとやり取りしていた様子もなく、ただ動画を見ながら菓子を食べていたらしい。
そんな。一体誰が?
パソコンにはパスワードをかけてある。自分以外開けるはずがないのに。
「あ、起きちゃった。」
飛び上がった。
誰かに声をかけられたからでは無い。
自分の声に声をかけられたから。
「まだ寝ていて良かったのに。なんなら、そのまま眠っていてくれた方が良かったんだけどさ。」
そしたら、俺が代われたのに。
何、を……言って……?
声に出したと思ったのに、言葉が出なかった。
まるで声の出し方を忘れてしまったかのように。
声のした方を向く。そこに居たのは間違いなく自分自身。
いるはずのない、自分自身の姿を正面に見ている。
なのにどこか、違和感を覚えた。
何が?
どこがおかしい?
「お前の存在、もうすっかり薄くなってるよ。可哀想なくらいにね。まるでそう、辛うじて灯されているマッチの火みたい。家族と会話したの、最後がいつだったか覚えてる?」
最後に家族と会話した日。
毎日誰かしらと顔を合わせてるんだから、挨拶くらいしているはずだ。
なのに、思い出せない。
そんなはずは無い。
今朝だって、朝家族の背中を見かけて挨拶くらいはしたはずだ。
……そういえば。
返事は返ってきていたか?
ここ数日。
挨拶をしても。誰かにぶつかっても。
他人に、見てもらえていたか?
「何を勘違いしていたんだか知らないけど。お前はもう何日も前から存在を認識されてなかったんだよ。やがて忘れ去られる影法師。それが今のお前だ。可哀想にねぇ。」
自分の声で。自分の姿で。
憐れむように。嘲笑うように。見下すように。
ケラケラと笑う男の、顔が見えなかった。
いや、見えないんじゃない。見えているんだ。
見えているはずなのに、分からない。
相手の顔が、認識できない。
「諦めなよ。もう2、3日もすれば、俺は完全にお前になる。大丈夫、任せて。お前のことは、もうすっかり覚えたから。」
「なぁ、お前っ。」
反論しようとしたが、男は遮るように笑い続ける。
そして笑ったまま、男は言った。
「気付いてたんだろ?なら、俺がわざわざ言わなくてもいい。さぁ、俺の正体は……?」
「お前は…………、」
――ドッペルゲンガー。
花月鏡
高校一年。
両親と三人で暮らしていて、ゲーム大好きっ子。
バイトは当然趣味に使うため。




