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篝火桜の奇妙な夢

 あぁ、これはいつもの夢だと。

 そう気が付いた瞬間に、感覚がはっきりとしてきた。

 眼は鮮やかな世界を映し、耳は周りの雑踏を拾い、鼻は風の匂いを感じる。

 自分の前を歩く先生に連れられながら向かう職員室。抱えているノートの山が少しばかり重たい。


 「帰りのホームルーム何話すんだったかな?」

 「明日は特別日課かもって話は今朝してましたけど。詳しいことは帰りに言うって。」

 「あー、そうだそうだ。ったく嫌だよなー、インフル。」


 そうですねぇ、と相槌を打ちながら桜は考える。

 これは夢である。それも既視感のある夢。つまり、自分はこの先の展開を知っているのだ。

 自分が知っている展開は、教室で殺人事件が起こっていて自身が疑われるという展開。

 冗談ではない。やってはいないことで疑われること程不愉快なことはないのだ。

 だったら自分が取る行動は、とにかくその状況を回避してしまうことである。


 「ちょっと俺手洗い行ってくるから、それは俺の机に置いておいてくれや。」

 「わかりました。」


 指示されたとおりにノートの山を置き、職員室を出る。

 帰りのホームルームがそろそろ始まる頃合いもあって、廊下は人気がなく静かだ。自分の足音だけがいやに大きく聞こえた。

 さて、この後はどうするか。そう思った時だった。


 ピタッ…

 ピタッ…

 ピタッ…


 後ろからだ。

 自分の後ろから聞こえる。

 水気のある足音が。


 「嘘だろ…知らないよこんな展開……。」


 自分の行動が変わったからか。

 それとも初めから決められていたのか。

 頭の中に鳴り響く警鐘。緊張で早くなる心臓が痛い。


 ピタッ…


 一際大きく響いた足音と同時に、桜は走り出した。

 まずい。逃げろ。殺される。

 頭の中で同じ単語がグルグルと回る。

 途中誰かとすれ違ったような気がする。先生が何か注意していたような気がする。

 でも、気にしている場合ではない。


 「冗談じゃないんだよっ!!」


 階段を駆け上がり空き教室に飛び込む。教卓の下に隠れ、じっと息を潜めていた。

 五分でも、十分でも、とにかく長い時間そこに隠れていたような気持ちだった。

 やがて聞こえてくる足音。

 息が苦しい。呼吸が早くなる。

 その呼吸でバレないようにと、口を塞ぐ。


 ピタッ…

 ピタッ…

 

 「■■■■■■。」


 声、だろうか。

 ノイズがかかったかのように、それはハッキリと聞こえなかった。

 足音が遠ざかっていく。幸いにも、気付かれなかったようだ。


 「…なんなんだよ、一体。」


 教卓から出ようとした時だった。

 頬に何か触れたような気がした。

 指で触ると、僅かな滑り。手には赤いものが。

 初めこそ気付けなかったが、部屋には鉄錆のような臭いが漂っている。

 恐る恐る、上を向いた。

 そこに吊り下げられていたものはーーーー。


 ◇


 はっ、と我に返る。

 暑くもないのに汗ばみ、そして全力で走ったあとのように鼓動が速い。

 霞がかかったようで朧気ではあるが、とても嫌な夢を見たと頭の中でぼんやりと思った。


 「それじゃあちょいと早いが、キリがいいからここで終わるぞ。号令。」


 そうだ、いまはまだ授業中だったと慌てて時計を見る。どうやら眠ってしまってからさほど時間は経っていないらしい。

 ノートの最後の方の文字はあまりにも酷かったが、ギリギリ読める文字だったので後で書き直せばいいだろう。

 号令に合わせて礼をし、何食わぬ顔で机の上を片付けようとした時だった。


 「そうだ、一昨日出した宿題回収するんだった。ノート出してくれ。」


 あぁ、今日の文字を見たら笑われるか怒られるかもしれないなと思いながら。それでも、もしかしたらあくまでも宿題のチェックだけだから見られないかもと。

 そんなことを考えながら、ノートをもう一度開く。大丈夫、課題はやってある。

 寝てしまっていたページを開かれないように付箋つけておこうと、そんなことをやっている間に提出が最後になってしまった桜を、先生が呼び止めた。


 「篝火、ノート運んでくれ。」

 「……あ、はい。」


 断っても良かったのかもしれない。だが、そんなことをした所で何かメリットがある訳でもない。デメリットも多分無いけど。

 桜は40冊近いノートの束を抱え、先生に連れられ教室を出た。

 適当に雑談をしながら職員室までの道のりを歩く。

 奇妙な既視感。

 その正体は、すぐに分かった。


 「帰りのホームルーム何話すんだったかな?」


 先程見ていた夢と、同じだ。

 そしておそらく、これも夢だと。そう、感じた。


 「明日は特別日課かもって話は今朝してましたけど。詳しいことは帰りに言うって。」

 「あー、そうだそうだ。ったく嫌だよなー、インフル。」


 一言一句同じ会話を繰り返すなど滑稽もいい所だ。それも今見ている夢と、夢の中で見ていた夢で同じという滑稽さ。

 ならば自分はこの先の展開は知っている。同じように起こるかは分からないけども。

 職員室にたどり着いて、荷物を机に置いた先生がトイレに行くと告げるところまでは同じ。ならば、この先に出てくるのは。


 「……カッパの親戚かな?」


 なんてボケては見たものの、あの恐怖は拭えない。

 いっその事、このまま先生を待って一緒に教室へ戻ればいいんじゃないか。

 様々な事を考えていた時だった。


 「なんだ、篝火まだ居たのか。」

 「あはは、まだ居たのかは酷くないですか?」


 背後には先生がいた。あれやこれやと悩んでいる間に戻ってきていたらしい。

 ホームルーム始めるぞ、と先生は机の上に置いてあったプリントを手にした。おそらくホームルームで配布されるのだろう。

 今回は先生といたからか、〝何か〟に追いかけられることなく無事に教室に辿り着いた。

 ほっと、胸を撫で下ろす。


 「ほら座れーっ、とっととホームルーム始めるぞ。プリント配るから必ず持ち帰れよ。」


 生徒が各自席につき、先生がプリントを配り始めた時だった。


 ピーン ポーン パーン ポーン…


 聞きなれたはずのそれは確かに校内放送のチャイムなのに、異様に歪に歪んで聞こえた。

 ザリザリと、ノイズが混ざる。

 そんなこと、ありえない筈なのに。


 「ただいま…校内で…■■が発見されました……。」


 水を打ったように静かになる教室。

 全ての時間が止まってしまったかのようだ。

 皆が放送に集中していると、再び声が聞こえてきた。


 「繰り返します…ただいま…校内で…■■が発見されました……。」


 ようやく、幾人かの悲鳴が上がった。いや、悲鳴と形容してみただけで、本当に悲鳴だったのかは分からなかった。

 尚も、放送は流れる。


 「校舎には…不審者が………の……で…………、」


 肝心なところがノイズで聞こえない。だが、他の人には至って普通に聞こえているようだ。恐怖、困惑、喫驚。突然、何処かの教室で大きな音が聞こえた。誰かがパニックを起こしたらしい。

 それはまるで小さな漣が大きな波に変わって行くように、じわじわと生徒達の間に広がっていった。様々な叫び声が校舎内を飛び交っていく。

 尚も放送は続いている。


 「今から名前を読み上げる生徒は■■まで……、」


 学年と名前が次々と読み上げられる。学年もクラスも違い、なんの共通点もなく呼ばれているようだ。

 幾人か呼ばれた時だった。


 「■年■組……篝火桜…。以上。」


 それを最後に、放送は途絶えたようだ。

 やはり呼ばれたかと。

 そんなことを考えていた時、クラスメイトの1人が駆け寄ってきた。


 「桜!お前も呼ばれて!!」


 様子からして、そのクラスメイトも名前を呼ばれていたようだ。かなり取り乱している。


 「呼ばれたな…。ったく、なんだってんだ…。」


 本当に、勘弁して欲しい。夢の中ですらこんな目に合うだなんて。だったらいっそ笑い飛ばせる愉快な夢でも見せてくれれば良かったのにと。

 願ったところで仕方がない。とりあえずはこの状況をいかに打破するか。


 「なぁ、行った方がいいのかな?」


 別のクラスメイトが顔を青くしながら聞いてくる。彼も名前を呼ばれたもののうちの一人だったらしい。

 桜は首を横に振った。


 「いや、怪しいにも程がある。やめておいた方がいい。あんな声の先生、ウチにはいないだろ。」

 「そうだけどさ…。」


 あの放送の主は夢の中で追いかけてきた〝アレ〟だったのではないかというのが桜の推察である。

 であれば、遭遇してしまえばどんな危険が待っているかわからない。

 天井から吊り下げられた『何か』が頭の中でフラッシュバックし、背筋が震えた。

 スピーカーから、マイクのスイッチを入れる音が聞こえた。


 「おかし……なん………なんで来ない……?ほら…早く…校庭に……………。」


 更にノイズが酷くなった。

 窓が、ドアが、ガタガタと揺れる。不協和音。

 あたまが、いたい。


 「一体どうなってんだ!?」

 「わからないけど、でも絶対教室から出ちゃダメだ。」


 突然のことに気が動転し、今にも教室を飛び出していきそうな友人を宥めながら考える。

 考えている間にも、開けられたままのドアから逃げ出す生徒も出てきた。

 こんな大騒ぎなのに、スピーカーから聞こえる声ははっきりと耳に届いていた。


 「さぁ…あとは■年■組の人だけだ…。」


 ガシャン!と大きな音が響く。窓ガラスが一斉に割れた。

 教室内に悲鳴が飛び交う。

 廊下では逃げ惑った人達で埋め尽くされている。


 「もう無理だ!!」

 「あっ!待てって!!」

 「行くな二人とも!!」


 とうとう呼び出された一人が教室を飛び出していき、もう一人も追いかけて行ってしまった。

 教室に残された桜は考える。追いかけるべきか、留まるべきか。

 ふと、視界が電気が消えたかのように薄暗くなる。

 耳元で、声がした。


 「アトハオ前ダ。」


 ◇ 


 「うわっ!痛っ!!」

 「なにっ!?」


 飛び起きた。それと同時に位置が悪かったらしい、ソファーから落ちてしまった。

 いつの間に眠っていたのだろうか?

 時計を見ると、30分ほど経っていただろうか。

 それにしても酷い夢を見たようだ。


 「はぁぁぁぁ…勘弁してくれ…。」

 「……兄貴どうしたの?」


 夢の中でくらい、いい思いさせてくれと。

 キッチンでお茶を入れていたらしい妹が声をかけてくるが、なんでもないと返すのが精一杯で。とにかく夢見の悪さを呪わずには居られなかった。

篝火桜カガリビサクラ

高校3年生

両親は殆ど仕事で家にいない。

1つ下の妹と、同い年の問題児な従兄弟と三人で暮らしてる。

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