二羽の鶴
「秋子は不器用だな」と兄は笑った。
だから私は「そんなことないわ」と頬を膨らましながら返した。
それは二羽の折り鶴を真ん中に据えた、子どもの頃の話。
兄の折った鶴の首はピンと行儀よく伸びていた。
左右に広がる羽根は何処へでも飛んでいけそうな気がした。
もう一方の、私の折った鶴はといえば不器用な指先に虐められたせいか、どこもかしこも皺くちゃで到底見せられるものではなかった。
兄が私の手元から奪い取ってさえいなければきっと誰かの元に晒されることなくどこかへと逃げてしまっていただろう。
けれど兄は妹が不器用ながらにも必死で作り出したその鶴を自分が作った美しい鶴と並べておいたのだった。
それは妹を揶揄うためだったのか。
はたまたこの鶴のようにずっと共にいてやるとの意思表示だったのか。
昔も今もその意味を私が知ることはない。
けれど今なお私はちゃぶ台の上に並んだ二羽の鶴がこちらを見ている光景をいつでも鮮明に浮かべることができるのだ。
「秋子、もういいのか?」
「ええ」
あれから数年が経った今、隣にいるのは兄ではなく、私の夫となった人物だ。
彼は私の隣で土の下で眠っている兄の所持品を通して、兄の安らかな祈りを願っている。
兄はあれから一年後に起こった戦争で空へと旅立ってしまったのだ。兄は綺麗に左右に伸びた、鶴によく似た鉄塊にその身を乗せて、私を残して先に行ってしまった。
兄はいくらせがんでもそれに乗せてはくれなくて、出かけに私の頭にぽんと手を乗せて笑って見せた。
「これは兄ちゃんがやらなきゃいけないことだから。秋子は兄ちゃんが帰ってくるまで綺麗に鶴、折れるようにしとけよ。それが秋子のやらなきゃいけないことだ」
幼い私はその意味がよくわからず、やがて離れていった手を掴むことさえ出来なかった。
最後に触れた、兄の体温は今でも頭の上に漂い続けている。
兄の身体は、骨は見つからなかったらしい。
兄が旅立って数年の月日が経った後にやって来た男たちは歯を食いしばりながら私と母にそう告げた。
探し出すことは出来なかったのだと。
兄の代わりに帰って来たのは焼け焦げた帽子一つで、それがご先祖様と共にこの目印となる石の下で眠っている。
夫が祈りを捧げる隣で私はそんなこと大した意味は持たないのではないかと考える。
兄はこんなところの下にいるのではないのだから。
兄のことだからきっと鶴にでも乗って空を飛び回っているに違いない。
あの日、兄が折った鶴はきっと兄一人ぐらい乗せられるだろうから。
私が折った鶴はすぐに落ちてしまうけれど、兄のはピンと羽根を広げていたのだから落ちることはないだろう。
きっと空を飛び回って、そして飽きたら天へと昇るのだ。
「それはどういう意味があるんだい?」
夫は私が供えた一羽の折り鶴をじぃっと見つめて尋ねる。
毎年毎年、私が答えたことなど一度もないことを知っていても恒例となったその問いを投げかけずにはいられないのだろう。
だが私は今年もやはりその意味を夫に教えてやることはない。
これは願掛けなのだ。
兄にもう一度会うその日がやってくるまでに、不器用な私が立派な鶴を折れるようになるための。
兄と交わした約束を守るための鶴なのだ。
願いは誰かに言ってしまったら叶わぬものだから夫にだって教えてやることは出来ないのだ。




