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チェンジ

「嫌よ! 絶対にい、や!」

 公爵家令嬢アシュレイは今世最大の駄々をこねていた。

 それはオモチャをロックオンした子どもがその前から買ってくれるまでは動かないとワガママを言ってのけるのと同じように。

 明確に違うのは彼女が妙齢の、18の貴族の令嬢であることだ。

 もしも彼女の母親がこの場所に居たのならばみっともないと彼女を諌め、そして帰宅後すぐに夜通しのお説教が開始されるだろう。だがこの場に彼女の母はいなかった。


 この場所、第三王子の自室にいるのは王子本人とアシュレイを除いて誰もいない。使用人でさえも彼女がこの部屋にやってきた時点で王子によって席を外すように命令を下されている。

 だからこそアシュレイは普段では許されない行動を取ることができたのだった。

 いつだってアシュレイは婚約者である第三王子、アルフォードの前では自身を全く偽ることなく、素の自分でいられる。


「仕方ないだろ? もう十年も前に決まったことなんだから。破棄するにしても今さら何て説明するんだ?」

「ゔっ……それは……」

「第一、俺との婚約をなかったことにしたとして、王子の俺なら次の相手がすぐに見つかるだろうが、お前の方は早々見つからないぞ? お前が思っている以上に婚約破棄というのは社会的に見て印象の悪いもので、だな……」

「それくらいわかってるけど、でも何でよりによって生まれ変わってお兄ちゃんと結婚しなきゃいけないのよ!」

「政略結婚に俺たちの意思は反映されないからな……」


 アシュレイがアルフォードの前では素の自分をさらけ出せるのは、彼がアシュレイの前世の兄だからである。

 彼らの前世は家族旅行の帰りに高速道路での追突事故によって終わりを告げている。事故に遭ったもののほとんどが即死であり、巻き込まれた二人の兄妹もまたそうであった。

 だがまさか転生先までも同じであるとは思いもしなかったのだ。それだけならまだいい。アシュレイにとって前世で16年間兄として接してきた人物が今度は婚約者となって現れたのだ。

 お互いに知らないまま結婚までこぎつけられれば良かったものの、二人揃って前世の記憶持ちであるが故にお互いが転生者であることを察するのに時間はかからなかった。だがお互いに兄と妹であると判明するまでは長い時間を要した。ただやけに話しが合うなと、いい夫婦関係が築けそうだなとしか思わなかったのである。


 そしてそれを知ったのは彼らが婚約者になってから5年後のことだった。

 アルフォードが中々この名前に慣れないと愚痴をこぼしたのである。アシュレイもやはり馴染みの和名の方が好みだったため、ある提案をした。それは二人きりの時だけでも互いに前世の名前で呼び合わないかといったものだった。そしてアルフォードとアシュレイは互いに前世の名前を打ち明けた。

 するとアルフォードがその名前は前世の妹と同じものだと笑った。そしてアシュレイもまた兄と同じものだと返した。二人ともよくある名前ではないものの、被ることはあるだろうと今度は苗字までも言い合った。その結果は二人とも同じだった。ここまできてようやくアルフォードとアシュレイの中に一つの予感がよぎった。どちらからともなく、住所は?と尋ねた。

 そして二人は確証を得たのだ。

 彼らは前世の兄と妹であったことに。

 その時の二人の反応は真逆だった。

 アルフォードは歓喜し、アシュレイは絶望したのだ。


「チェンジ!って言ったら今からでも第二王子の方に変えてくれないかしら?」

「お前、ラッシュが怖いんじゃなかったのか?」

「そうだけど……でも前世の兄と結婚するよりはずうっとマシよ!」

 アシュレイはアルフォードの双子の兄でありながら全く似ても似つかない第二王子、ラッシュを恐れていた。

 母親似のアルフォードは顔つきが全体的に柔らかいのに対して、ラッシュは雷帝とまで恐れられる国王の遺伝子を強く受け継いでいるのだ。

 その結果、全く悪意はないもののその顔ゆえにラッシュは多くの令嬢から怖がられている。アシュレイもその多くの令嬢の一人に過ぎないのだ。


 だがアルフォードが前世の兄だとわかった今では今までの非礼を詫びてでも彼と婚約したいとさえ思える。

 何せアシュレイにとって12も年上だった兄とは彼女の恥ずかしい過去も何もかもを知り尽くしている、いわば前世の両親よりも厄介な人なのである。


「俺はお前とでもいいけどな」

「何で?」

「変に取り繕わなくていいから楽だし。お前もだろ?」

「まぁ、ねぇ」

 確かに前世の16年分の記憶がまるっと残っているアシュレイにとって全てを知り尽くしている兄と過ごすのは楽だった。何も言わずとも大体お互いが何を欲しているのか通じるのだから。


「それに」

「それに?」

「他の令嬢と結婚するともれなく跡継ぎ問題が発生する。その点お前のところは兄弟も多いから跡継ぎは不要だし、女として愛さなくても問題ないしいいことづくめだ」

「お兄ちゃんはね! 私はせっかく異世界に転生したんだからイケメンと恋したかった……」

 アシュレイの本音はこれに尽きるのだ。

 彼女の前世の顔つきは一度会ったことがある人にでも誰だったっけと聞かれるような、よくいる地味顔であった。彼女にとってアシュレイは念願の美少女である。例えそれがこの世界ではいたって平均的な顔つきであっても、だ。一つ願いが叶えばもう一つと願いはいくらでも湧き出てくるもので、イケメンで有名なアルフォードとの婚約が決まった時には彼を愛すると心に誓ったものだった。


「俺もイケメンだぞ?」

「中身がお兄ちゃんだって知らなければね!」

 だがそれも兄では意味がない。

 好きか嫌いかと聞かれれば当然好きだと答えられるのは家族としての愛情であって、異性に抱く愛情とは全くの別物である。


「いいじゃないか、俺でも。お前がワガママ言ったところで文句は言わんし、足を踏んでも我慢してやる。何なら前みたいにピーマン、代わりに食ってやるぞ」

「それは……」

「あのなぁ、式はもう明日に迫ってるの。もうどうしようもできないの。だからいい加減腹くくれ」

「やっぱりチェンジを要求するわ!」

「無理です」

 アシュレイ自身ももうこれはどうしようもない事実であるとわかってはいるのだ。

 だからこれは前世の自分のことをよく知っているアルフォードへの甘えである。それを彼もわかっているからこそこうして優しく対応してくれるのだ。

 もしアシュレイが本当にアルフォードへの結婚を嫌がれば逃げ出すことだって可能だろう。だが彼女はそれをしようとはしないのだ。いくら前世の記憶を持とうとも彼女はもうこの世界で18年もの時を過ごして来た。貴族の令嬢として教育され、この世界のルールを守って暮らさざるを得ないのだ。


「とりあえずはまぁこれからもよろしくな、楓」

「……前世よりも長い付き合いになりそうね、悟お兄ちゃん」

 いよいよアシュレイは腹をくくると、婚約者で前世の兄でもあるアルフォードと固く手を結んだ。


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