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愛してる

 『愛してる』――それは呪いの言葉。


 もう終わりにしようって思うたびに彼は私の耳元で囁く。

 私のこと、初めからちっとも愛してなんかいないくせに。


 彼が愛しているのは私ではなく姉さんだった。

 一卵性の双子で顔だけは瓜二つな姉さん。けれど私と姉さん、性格は真逆だった。

 社交的で人好きな姉さんと違って私、内向的だもの。狭くて深い付き合いが落ち着く。知らない人とはなるべく関わりたくない。


 傷つくのが怖いから。

 姉さんと比べられるのが怖いから。


 もう何年も前のことで覚えてないが、私はいつからか自分の顔が気に入らず、長い前髪と真っ白なマスクで顔の半分以上を覆い隠して唯一姉さんと似ている場所を隠した。


 姉さんは風邪でもないのにマスクなんて……と言って辞めさせようとしたけれど、私は私の世界を簡単に変えてくれるマスクに依存していてその時にはもう手放せなくなっていた。

 家族にすら顔を見られるのが嫌で、家にいるときすらマスクは手放せなかった。

 幼いころから必ず家族そろって摂っていた食事にすら顔を出さず、お風呂だって家族が寝静まった後にヒソヒソと、自分の生まれ育った家なのにまるで泥棒のように入るようになった。



 ある日、姉さんの友人として紹介された彼は初めから姉さんと私を比べたりなんかしなかった。

 その代わりに同じものだと認識しようとした。

 私たちはこんなに違うのに無理があるって気づかない彼は愚か者だ。


 そしてそんな彼を一瞬でも愛してしまった私はもっと愚かだ。

 知らないことが怖いと、そう思っていたのにどんどんと私の中に入り込もうとする彼を愛してしまったのだ。

 そして彼が初めから私を私と認識していなかったのだとわかった今でも愛しているのだ。


 彼を愛する理由などとても自分本位で、母さんと父さんですら私に言ってくれたことはない、『愛している』の言葉をかけてくれたのは彼だけだったからだった。

 もしも他の誰かがそう囁いてくれればきっと私はその誰かの腕の中で眠るのだろう。

 けれど今現在彼に対する私から彼へ対する感情は確かに『愛』なのだ。


 初めてもらった愛を終わらせたくなくて、けれど終わらせなければいけないと叫んでいる自分もいるのには気づいていた。

 それでも私はすでに彼の言葉にがんじがらめに縛り付けられていて、自分から終わらせることなんてできなかった。



「ねぇ知ってる? 姉さんは今フリーなのよ」

 彼の腕の中で、耳元に口を寄せてそっと、ナイショバナシのように囁く。

 だから今が絶好のチャンスなのよって。なのに彼は顔をしかめて私に言った。


『愛してる』って。

 私はその呪いの言葉に締め付けられる。

 もうずっと、ずっと。

 やがて硬化していく言葉で身をきつく縛りあげる。


 いつからか彼に呪われることを嬉しく思う自分がいた。

 私を縛る間は彼、ずっとそばにいてくれてるって。



 ……でも違った。



 彼は唐突に私を縛るのを辞め、そしてどこかへと去っていった。

 黒い服の男を二人ほど引き連れて、彼はさよならも言わずに居なくなった。


 遅れてやってきた、彼と共に去った男たちと同じような服を着た小太りの、近所のおばさんによく似た女性は私に言った。

「大丈夫?」

 彼女の仲間が彼を連れ去ったくせになぜそんな気遣うような声で、対応に困ったような顔で尋ねるのか私にはよくわからなかった。


 女性はしばらくして私をどこかへ連れて行こうとしたが私はそれを拒んだ。

 なんとなくこの優しそうな彼女が彼と私をこれ以上引き離そうとしているのがわかってしまったのだ。

 身を固くして強情に手近にある靴箱に抱きつくと女性は諦めたように「まぁそう急がなくたっていいわ。落ち着いたら行きましょうか」とだけ言ってその場に佇んだ。


 今の時期は吹き付ける風は身体の熱を簡単に奪っていくのにずっとその女性は彼の家の中には入ってこなかった。

 玄関のドアが閉まらないように手で押さえたまま、彼女は境界線のあっち側にいた。


 そしてそれからどのくらいの時間が経過しただろう?

 普段はあまり使われない、老朽化が進んだ階段がカンカンカンと音を立ててリズムを刻み始めた。

 規則性なんてありはしないそれは近づいたと思うとおもむろに途切れた。そして代わりに人の息遣いがこちらへと向かってやってくる。

 あの女性の横から顔を出す、はぁはぁと白い息を吐き出すものの正体に私は挨拶をする。


「久しぶりね、姉さん」

 そこにいたのは私と瓜二つだった姉さんで。数年ぶりに会った彼女はひどくやつれていた。

 ぷっくりとした頬はすっかりこけてしまっていて、指通りのいい絹のような黒髪は枝毛と切れ毛がよく目立つ。


「良かった……」

 変わってしまった姉さんはずっとその場にいる女性とは違って、そこに境界線なんてものは存在しないかのように越えて、そして私の身体を抱きしめた。

 壊れモノを扱うような彼の抱擁とは違う、たとえ何があっても離さないという、確固たる意思のある力強い抱擁だ。


「〇〇、〇〇」

 数年ぶりの再会に感動して泣き出した姉さんは何度も何度も誰かの名前を呼び続けた。


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