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バッドエンドの女王はノーマルエンドを目指したはずだった

 女性向けの恋愛ゲーム、通称乙女ゲームが好きだった。

 可愛いヒロインと次第にヒロインに心を開くイケメン達。ビジュアルはもちろんのことドキドキハラハラするストーリー、そして何よりキャラクターの活き活きとした声が聞きたくて、好きな声優さんがでているゲームは片っ端から買っていった。

 月に一本ずつのペースで買っていったためお小遣いはいつもギリギリ。そんな時はお兄ちゃんに頼み込んでお金を貸してもらったり、時にはみかねたお兄ちゃんが何かと理由をつけてプレゼントしてくれる時もあった。

 お兄ちゃんは10歳も歳の離れた私を妹というよりも娘のように可愛がった。

 付き合う彼女には皆、シスコン過ぎて無理と断られるほどに自他ともに認めるほどのシスコンである。

 私はそんなお兄ちゃんをただ二点を除いては完璧な優しいお兄ちゃんだと思ってる。

 みんなに自慢し過ぎて、同じグループの中で唯一私だけが彼氏ができなくなったほどにアピールしまくった。それほどまでにお兄ちゃんが大好きだ。例えブラコンと言われようが変えるつもりは毛頭ない。


 そんな完璧を崩す二点のうちの一つが、授業参観や体育祭などの学校のイベントに必ずと言っていいほどに参加してくるということ。

 小学校の時はよかったんだけど、さすがに中高と参加されるのはお年頃の女の子としては恥ずかしいもの。いくら自慢のお兄ちゃんでも朝から夕方までずっと見られているのは嫌なのだ。

 しかもこの時ばかりは「年に数度しかない、妹の成長を見守る機会なんだ」と言って全然私の言うことなんか聞いてくれない。

 高校2年生にもなるとそれにも慣れ、社会人のお兄ちゃんが日曜日ならまだしも授業参観のある平日によくもまあ休みが取れるものだと感心したほどだ。


 そしてもう一つが食べ物の好き嫌いを絶対に許さないこと。

 私にとっては学期ごとに一度あるかないかの授業参観に参加してくるよりも厄介だった。

 何せ両親は共に好き嫌いが多く、特に人参はどんな風に調理しても食べられないらしく

「人参が嫌いなら他のもので栄養素を補えばいいじゃない」

 とマリーアントワネットさながらのセリフが口癖なのだ。

 そんな両親に育てられた私は好き嫌いが多かった。それを見かねたお兄ちゃんは一人暮らしをやめて実家に帰ってきたのだ。

 それまでは週に3回ほどのお兄ちゃんと会える機会が毎日に変わったとなれば初めこそ喜んだがすぐに野菜地獄へと変わった。

 だがお兄ちゃんは無理やり食べさせるだけではなく、家庭菜園で私の嫌いな野菜を育ててみたり、料理本を読み漁って日夜料理研究に励んだりしてくれた。

 ほとんどの野菜はお兄ちゃんの作るご飯のおかげで食べられるようになったが特に嫌いだった、キュウリを除く夏野菜だけはそうはいかなかった。


 トマトは中のベチャっとしてて酸っぱい汁が嫌いで、ナスはあの独特な味が嫌いだった。ピーマンは口に広がる苦味が嫌いで……。

 それらは夏場になると積極的にお料理好きのお兄ちゃんによって献立に組み込また。

 手を替え品を替え、出されるもののどんなに上手く擬態していてもわかるもので口に入れては顔を歪ませて逃げ出そうとした。

 けれどすぐに捕まる。

 そしてお兄ちゃんはいつもおきまりのセリフを言うのだ。


「好き嫌いをするとお兄ちゃんみたいに大きくなれないからな!」


 腰に手を当てて、もう片方の手には私の口に突っ込むための私専用の、青い取っ手の子ども用スプーンを持って。

 短い袖から見える鍛え抜かれた上腕二頭筋と不釣り合いなほどに可愛い猫のマークが入った、お兄ちゃんお気に入りもとい私が誕生日にプレゼントしたオレンジ色のエプロンをしたお兄ちゃん。

 こう表すとなかなかにシュールな気もするが見慣れれば案外普通の光景だ。

 お兄ちゃんは大手の金融系の会社に勤めているが案外保育士さんの方が向いているような気さえする。


 そんなお兄ちゃんは料理が得意で、私の嫌いなものセンサーをすり抜けていく一品を作り出すこともある。

 例えばハンバーグなんかはピーマンとナスが小さく刻み込まれて、言われなければわからないし。煮込みハンバーグにしてるから自然とトマトソースを口にする。


 中に入っている野菜をつらつら並べられようがおかわりする手を止めることはできなかった。

 お兄ちゃんの圧勝である。

 そしてハンバーグは毎日これでいい!と思うほどで私の好きなお兄ちゃんのご飯ランキングでは堂々の一位を記録して書き換えられることはなかったほどだ。


 そしてお兄ちゃんはそれからも私のために美味しいご飯を作り続けた。

「湊の好き嫌いをなくしてやるのは兄としての俺の役目だからな」

 お兄ちゃんはいつもそんなことを言いながら、私がご飯を食べるのを目の前に座ってじっとみていた。

「美味しいか?」

 お兄ちゃんはいつも不安そうにそう聞く。

「うん。今日も美味しいよ、お兄ちゃん」

 だから決まってこう返す。

 美味しくなければ野菜なんて食べれない。私がご飯をおいしく食べれるのは全てお兄ちゃんのおかげなのだ。


 私の返事を聞くとお兄ちゃんは冷蔵庫からガラス製の器を取り出した。

「じゃあお兄ちゃんが作ったサラダも食べてくれるよな?今日はドレッシングに力を入れてみたんだ。湊の好きなゴマベースだぞ」

「ううっ」

 レタスとキュウリ、それにプチトマトが頂点に置かれたサラダ。

 赤い実さえなければなんてことはない、トーンの違う緑で飾られた一皿に過ぎない。


 トマトさえなければ……。

 なぜ今日に限って生なのか。生はいけない、生は。べちゃってなるからいけないよ、お兄ちゃん。

 プチとはいえもう十数年間争いを続けてきた、生の状態のトマトを睨みつける。


 だがいくら睨みつけたところで私の目からはビームとかそんなものは出ないため状態が変化するはずもなく禁断の赤い実はいまなお自己主張激しく、レタスとキュウリの真ん中に紅一点として佇んでいる。

 お兄ちゃんが見張っている以上、食べないという選択肢はない。


 いざ、ゆかん!

 フォークを手に取り、トマトに刺す。私の嫌いな汁がトマトのボディを伝い、緑を侵していく。そして、トマトをお兄ちゃんの今回の力作、ゴマベースのドレッシングでベッタリとコーティングして口に突っ込んだ。


 味わってはいけない。味わったら負けだ。そうは思いつつもさすがお兄ちゃんの力作。ドレッシングの絶妙な甘さがクセになる。これを味わわずにはいられない。

 まんまとお兄ちゃんの作戦にハマった私は口の中で味わい始めた。すると案外それがトマトの汁とマッチするものでなかなかイケるのでは?と思いはじめた。

 これはお兄ちゃんのご飯のファンとしてはもう一度味わいたいと思うのはいたって普通のことで

「お兄ちゃん、トマトおかわり」

 と口にレタスを含みながら言ったのは気が狂っていたからとかそんな理由ではない。

 ただ美味しいものはもっと食べたくなる。人間の本能だ。本能には逆らえない。


「み、湊、今なんて?」

「トマト、もうないの?おかわり欲しいんだけど……」

「あ、ああ。まだまだあるからな。いっぱい食べるんだぞ!」


 だから嬉しさのあまりはしゃいだお兄ちゃんが皿に乗せるトマトをドレッシングを大量に絡めて食べたのは天変地異の訪れを予告している、とかではないのだ。


 夕食を終え、お皿を洗っているお兄ちゃんにお風呂を入るように促され、出てきた時には我が家のカレンダー全てには赤字で『トマト記念日』と書かれた。


 赤ペンを手にニコニコと微笑むお兄ちゃんは上機嫌で鼻歌を歌いながら振り返った。

「湊、明日はお兄ちゃんと一緒にショッピングモールに行こうか」

「うん、いいよ。何買うの?」

「新しいフライパン。それとトマトを食べれたご褒美に湊の好きなゲームを買ってやろうと思って」

「本当?」

「ああ」

「お兄ちゃん大好き」

 嬉しさのあまりお兄ちゃんの胸にタックルをかまし、抱きしめた。


 お兄ちゃんはやはり優しい。

 妹をここぞとばかりに甘やかす、兄の鑑だ。



 翌日、宣言通りお兄ちゃんは私を車の助手席に乗せてショッピングモールへとやってきた。

 10年以上にも渡る長きの戦いにドレッシングと言う名の道具を駆使し、勝利をおさめたお兄ちゃんは運転中もかけたCDに合わせて鼻歌を歌っていた。私も買ってもらえるゲームに思いを馳せて外れた音を奏で続けた。


 ショッピングモールへ着くとすぐに電化製品店のゲームコーナーまでお兄ちゃんに手を引かれながら向かった。

 いつも行ってる隣駅の小さな店とは全然違い、何十タイトル、いや何百ものタイトルのゲームが棚の中で並んでいる。


 どれにしようかと目につくものは端から手にとってパッケージを見ていく。

 以前から目をつけていて、ホームページに記載されているストーリー、キャラ設定、システムを熟読し、スチルを見ては妄想を膨らませていたゲームが何本かあるがそのどれもが有名タイトル。近所の店でも確実に入荷しているだろう。ならば今回はいつもの店で入荷してなさそうなゲームに手を伸ばして見たい。

 ここに着くまで車で片道50分、電車ならもっとかかる。それに電車賃のことも考えるとなかなか来られるような場所ではない。

 選ぶのにも力が入るというものだ。


 手に取ってひっくり返して読んではまた戻しを繰り返していると、思いの外悩み続ける私の肩を後ろからトントンと突いた。

「俺は先にフライパン見て来るからその間に選んでおけよ?」

「んー」

 パッケージに集中しながら適当な返事を返す。それでも了承の意が伝わったのか次第に足音が遠ざかって行った。


 やっと残り3つに絞るとお兄ちゃんが袋を提げて私の元へと帰って来た。

「決まった?」

「あと3つまでは候補が絞れたんだけど、、」

 うーんと唸りながらお兄ちゃんの顔を見ずに答えると後ろからお兄ちゃんの声で天使が囁く。

「3つくらいなら買ってやるぞ?」

「うっ……」

 大人の財力を持っているからこそ繰り出すことが許されるワードに少しだけ意思がぐらつく。

 だがここで負けては今後、私は自制が効かなくなること間違いなしだ。

「湊、遠慮しなくていいんだぞ?」

 天使か悪魔かわからない囁きに打ち勝ち「これにする!」とちょうど真ん中にあったソフトを選び、お兄ちゃんに「持ってて」と渡した後で他の2つは元の位置に戻した。

「本当に1つでいいのか? もっと買ってやるぞ?」

「ううん。他のはナスが食べれた時でいい」

 我ながらナイスアイディアと次の約束を取り付ける。

 まぁ、野菜1つにつきゲーム一本だったら終わりは見えるし、そんなにバカスカ食べられるわけでもないし……。


「湊、お前もしかして……」

「お兄ちゃん、今日は焼きナスが食べたいな」


 でも、やっぱり他の2つも捨てがたいのだ。


「あ、ああ。もちろんだ。今日は腕によりを込めて作るからな」

 感動して涙を流すお兄ちゃんの手を掴んで車へと向かった。



「あ、そうだ。疲れたからお茶して帰ろうよ」

 帰りの車でそういったのが悪かった。

 駅近くのパーキングのある喫茶店に入り、注文し終えてふと窓外を見ると視界にはトラックがあった。

 店に突っ込んできたトラックに轢かれたのだろう。気付いた時には私はあるはずもない鏡の前に立っていた。




 鏡に映る見たことのない子が私の意思で動き回る。

 髪を触ろうと思えば鏡に映る黒髪の少女は長い髪をいじりだした。ドタバタと足踏みをしようと思うとこれまた私の意思に従って動く。


 夢かと思い、眠りにつくも知らない大人に起こされた私が鏡を見れば映るのはやはりその子であった。


 何かあるわけでもないから楽しむかと思って過ごし続けた結果今、ヒロインとして恋愛ゲームの中にあったはずの学園に入学してしまった。


 何故そう言えるかって?

 私が死ぬ間際に買ったゲームのパッケージのど真ん中に位置していたイケメンが今、隣にいるから。

 学園中を駆け回ったら、見たことある顔がまた数人。

 残念ながら作品のホームページは一度も見たことなかったし、プレイする前に死んじゃったからヒロインの顔はわからなかったため今まで気づかなかった。

 わかっていても学園入学は避けられなかったけど、作戦の建てようはあったのになと後悔してももう遅い。


 さてどうするか。私は必死で考えなくてはならない。

 恋愛ゲームというのはゲームだから楽しめるのであって、それを自分が体験するとなると話は別だ。

 夢だからと気を抜くわけにもいかない。相当気合いいれて寝ているのか、この世界で10年目を迎えたいまもなおこの夢は覚めない。

 そんな夢の中でヒロインになった私、春日部湊は友達に付けられた数多くのあだ名の中にこんなあだ名をもつ。

『バッドエンドの女王』

 これは数々の恋愛ゲームをプレイしているのにも関わらず、攻略サイトを見なければグッドエンドやハッピーエンドはおろかノーマルエンドにも辿り着けない私に付けられたあだ名だ。

 ひたすらにバッドエンドを回収する。

 もちろん私にその気はない。他のプレイヤーたちと同様にハッピーエンド目指して進めているのだ。なのに入るのはバッドエンド。それは比較的エンド回収が簡単だと言われるシナリオゲームと呼ばれるものでも同じだった。


 つまりそんな私がゲーム世界に入り込むということはバッドエンドにつながっている道をのうのうと歩き続けることを意味する。


 それがヒロインが好きになった相手と別れなければいけなくなった~なんて生易しいものだったのならこんなに悩まない。

 ただ高校在学中に恋愛をすることを諦めればいいだけだ。

 しかしこのゲームは違う。出したレーベルはカノンゲームズ。このゲームレーベルが売れている理由は主にキャラデザとキャラクターボイス。そして何より意外といるコアなファンの存在である。

 そんなファンの中では『バドエンゲームズ』だとか『純情殺しレーベル』と呼ばれるこのレーベルはバッドエンドがエグいこととバッドエンドが一人の攻略者に対して用意された数が非常に多いことが特徴だ。


 以前プレイしたものでは日常学園ものにも関わらず、恋仲になった相手とデートをしていたら通り魔にあって相手だけ死に、ヒロインが病んでいくエンドがあった。

 その他にも魔法ものならオープニング開けすぐに魔導回路の暴走により命を落としたりする。

 もっとアレなのは、『角砂糖100個分の甘さ』が煽り文句だったのにも関わらず、実の父親が兄だと思っていた人で、母親は父と慕っていた相手に殺されていた、なんてことがわかるエンドもあったりする。なお兄 (実の父親)は攻略対象であった。

 しかもこれはバッドエンドではないというのだから眉間にシワを寄せたプレイヤーも少なくはなかっただろう。少なくとも私は眉間にシワをよせる程度では済まずにすぐに電源を落とし、しばらくは手をつけられなかった。全ルート攻略は今尚できていない。


 なんでこんなレーベルのゲーム選んだんだよ!って?

 好きな声優さんのオンパレードだったからだよ!

 他の2作は普通の魔法物と普通の学園ものだったのにな……。


 一人で虚しくツッコミをするのにも飽きてきた今日この頃。

 美味しくはないご飯を口に無理やり詰め込んで1日が始まる。


 学園の敷地に一歩でも入れば、学芸会が毎日始まる。

「おはようございます。ミナティス様」

 敷地内で飛び交うのは第一王子の婚約者だという、ミナティス様に媚びへつらう者の声ばかり。

 私は特に権力とか気にしないから普通に過ごしたいんだけど中々に彼女の存在は厄介だった。

 何かにつけて小言をグチグチグチグチ。

 ヒロインの母親もやれ身だしなみを整えろだの、いつになったらマナーを覚えるのかだのうるさいが彼女以上だ。

 ヒロインの母親の場合は為になることを教えてくれていると考えれば夢から覚めたら明らかに使わないものばかりとはいえ治す気にもなるが、ミナティス様は違う。カースト最上位であることを利用していちゃもんつけてくるだけ。

 反抗しようにも取り巻きはたくさんいるし、何がバッドエンドに入るキーになるかもわからない以上身を潜めて生活するしかない。


「あら、トマム様。こんなところで何をしていらっしゃるのかしら?」

 とはいえ、どこにいてもミナティス様は私につきまとう。

 今だってミナティス様とその取り巻きのそばに居たくないからと教室や食堂を避けて、わざわざシェフに頼んで作ってもらったお弁当を花壇の花を眺めながら食べていたのに……。


「昼食をとっていたのです」

 はぁ……本当についてない。

 今日に限ってお弁当の中身は野菜ばっかりだし、ここ一週間ほど安らぎの時間となっていたお昼の時間は壊された。


 全く減っていない弁当に蓋をして、ランチバックに戻す。

 お腹は減っているけど、嫌いな野菜を無理矢理食べるだけのヒットポイントはもうない。後4時間ほど我慢して家に帰ってから早めの夕食を食べることにしよう。


 スカートのシワを軽く伸ばしてその場を後にする。

 背後でミナティス様がなんだか騒いでいるがそれは無視。関わると厄介だ。そんなことをして残りわずかなヒットポイントを減らすつもりはない。


 そしてその翌日から再び場所を変えることとなった。

 見つかりにくく、なおかつ人が来ない場所。つまりジメジメとした校舎裏だ。

 たまに貴族のご令息とは思えないほどのTHE不良がやってくることもあるけれど、それは隠れるなり、買収(餌付け)するなりどうとでもなった。

 買収(餌付け)に成功した不良の一人が味を占めて毎日のように通ってくるようになったことも功を奏した。

 彼が校舎裏にいると噂になったことでミレティス様は愚か他の生徒ですらも寄ってこなくなったのだ。


「メシ」

「はいはい」

 そんな彼の口に毎日毎日私の嫌いなもの、つまり野菜全般を放り込む事がこの安息な時間の代償である。が、私には嬉しいことしかない。

 さすがに毎回野菜ばかりなのも良心が痛むので3日に一回くらいはお肉やフルーツを入れてあげることにしている。

 すると彼は期限をよくして私の後をついてくるようになった。


 不良令息付きの令嬢になんか誰も近寄らない。

 つまり私には安息の時間が保証されたといってもいいだろう!


 フハハハハハハ、どうだ!バッドエンドの女王の二つ名があろうともやれば出来るんだ!




 ――と思っていた時期も私にはあった。

 ほんの一年ほど。

 けれどやはりバッドエンドの女王の名が伊達ではなかったのだと思い知らされた。


 それは不良令息ことツヴァイが家に召集され、一人寂しく野菜と格闘しているときのことだった。


 この一年、全く気にならなかったはずのお弁当内の緑がやけに目立っていて、フォークとスプーンを駆使してゲジゲジと避けながらお肉を探していると声が降ってきた。


「湊、野菜もちゃんと食べないとダメだぞ!」


 湊――それはもう長らく耳にすることのなかった、けれど確かに私の名前だった。


「なん、で……」

 私が顔を上げるとそこには大好きな人の姿があった。


「好き嫌いしてたらお兄ちゃんみたいに大きくなれないぞ!」


 これは夢じゃないんじゃないかって、もう会えないんじゃないかって諦めてた、私の大好きな自慢のお兄ちゃんだ。


「お兄ちゃん!」

「湊!」

 互いに向かって走り、そして両方の手を開いた。その途端

「ほら、湊!ちゃんと食べなさい!」

 お兄ちゃんは置かれたスプーンを手に取る。そしてスープの中から残された野菜をすくい取り、慣れた手つきで私の口の中へと突っ込む。

 10年以上のブランクを感じさせない速さに反応が遅れ、気付いた時には口の中のそれらを咀嚼していた。


「うう、マズイ……」


 久しぶりにお兄ちゃんに会えた感動と野菜の苦味の両方がせめぎ合って、結果私の涙は授業開始のチャイムが鳴っても止まることはなかった。




 簡潔にその後の出来事を述べるとそんな感動の再開?がきっかけとなり私はバッドエンドを迎えることとなったのだった。

 それはカノンゲームズのバッドエンドは全くもって異なるものだけど……。


 お兄ちゃんはツヴァイのお兄さんになっていたのだ。

 ゲームの中でもやはり完璧なお兄ちゃんは周りから期待され、そしてそれを裏切ることなく生きてきたらしい。

 そんな兄を持ったツヴァイはいつも兄と比べられてグレてしまったらしい。


 ツヴァイが家から用を終え帰ってきた瞬間にお兄ちゃんの胸ぐらに掴みかかった時は驚いた。


「兄貴、なんでこんなとこにいるんだよ!」

「お前の兄貴になった覚えはない! 俺は一生湊だけのお兄ちゃんだ!」

「俺が産まれた時点であんたは俺の兄貴だろうが!」


 嫌いな兄が自分の居場所にいることに怒るツヴァイ。

 そしてそもそもツヴァイの存在を認知していなかったお兄ちゃんが『兄貴』と呼ばれたことによって怒り出すお兄ちゃん。


 まさにカオス状態だ。


 その後、お兄ちゃんは

「せっかく再会した湊と離れるなんてありえない」

 と私を嫁として引き取り、絶対に離れるものかと屋敷に軟禁した。


 私はそれを拒まなかったし、家族も格上の家の、それも将来安泰なお兄ちゃんに望まれるならと大手を振って送り出した。……のだがいつまで経ってもお兄ちゃんは家の外は愚か部屋から一歩も外に出してくれることはなかった。


「いつまた離れ離れになるかわからないだろ?」

 そう言って私の手足に鎖を装着しようとも、頭を撫でられればそれ以上何も言うことは出来なかった。


 唯一この軟禁生活がおかしいと異議を唱えたツヴァイは何度か部屋に侵入を果たしてはその度にお兄ちゃんが部屋から放り出してしまう。


「当主様が少女軟禁なんてしていいわけないだろ!」

「湊は俺の妹兼嫁になったから問題ない。それより住居侵入は犯罪だ」


 そう言い合いしながらも、お兄ちゃんもツヴァイも楽しそうだった。

 それを見ている私も楽しくなる。


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