王都から追放された少年は
「S級冒険者、クロット=バルサドールを追放処分に致す。異議のあるものはいるか!」
ギルド中に響くギルドマスター、ハラルド=ガルブォンの声に答えるものはいなかった。ハラルドは左右を見渡してから満足気に口を上げると再び大きく口を開く。
俺はそれを眺めながら、市場に売ってるリンゴ一個くらいなら入るんじゃねぇかなと考える。
後が面倒だからそんなことしないけど。
……ん? いや今ならしてもいいのか。
「ならばこの瞬間、クロット=バルサドールをウォルター地区ギルド協会から除名及び王都からの追放処分とする!」
そういや腰ポシェットにまだ熟してないから後で食べようと思っていた、市場のおばちゃんからもらったリンゴがあったな。
小さいからオマケしてくれたやつだが、まぁ思い出作りに一役買ってもらうとするか。
無事に満場一致で俺の除名と追放が決まった『お祝い』なのだから。
ギルドメンバーほぼ全員が俺に視線を向ける中、自慢の速さでポシェットからリンゴを取り出し、手首のスナップをふんだんに効かせた投撃でハラルドの口にリンゴを投げ込んだ。
「うぉぶっ!!」
あー、ちょっと小さ過ぎたか。
ピッタリと口元にハマる予定だったリンゴはハラルドの喉元に吸い込まれるようにして着地した。
最近体が鈍ってるんじゃないかと心配していたのだが、そうでもなかったらしい。
この様子なら憧れの『外の世界』でもやって行けそうだ。
「げぇほぉ、おぇごっほごほ……」
「マスター大丈夫ですか?」
「お前には、これが……大丈夫に、見える、のか……ごぇっ」
「ミストラルド王国の一角であるウォルター地区のギルドマスターを任せられているようなあなたがそんなリンゴ一つでくたばるような柔な体はしていないでしょう?」
そんなリンゴ一つ放り込まれたところで、こんなに咳き込むなんて大げさすぎる。おおよそ俺がウォルター地区から居なくなることが嬉し過ぎて気を抜いていたのだろう。
ならナイフでも投げてやった方が面白い結果になったかもしれない。
ははっ、笑えねぇ。
リンゴくらいにしといて良かった……。
思い出作りに奇襲からの一戦を交えようなんてしなくて良かった……。
今のこいつなら俺からの攻撃を防げずに死ぬ。絶対。間違いなく。
ハラルドが存命かつ健康状態がすこぶるいいこの状態でも俺をギルドマスターにするべきだという声が上がっているのだ。
こいつが死んだら俺の除名と追放は確実になかったことにされるし、俺がギルドマスターに祭り上げられるに決まってる。
そんなのたまったもんじゃねえ!!
それも『その地区で最も力を持つ者をギルドマスターに据えろ』なんて何代目かは忘れたが、脳筋の国王様が命令を下してしまったせいだ。
出来ることなら拳で話し合って、その命令を変えさせたい。
国どころかこの世界を見渡しても、そして原因不明の病魔でさえもその国王に勝てなかったらしく、病気1つせずに100を超えてからの老衰だったらしいけどな。
『さすがに老いには勝てなかったか……』『あの人も人間の子だったのか……』――といった声が資料に残っているらしいので、勝てる気はしない。
だがこれでもある程度は強いのだ。
これは自慢でもなんでもなく、事実だ。
なにせ俺は『ミストラルド王国の国宝』に育てられたのだから。
産まれてすぐに親に捨てられたらしい俺は国一番の変人である師匠に拾われた。
なんでも弟子というものが欲しかったらしい師匠は、ひたすらに自分の持てる技術を俺に叩き込んだ。そして俺が一通り習得すると師匠は満足して俺をウォルター地区のギルドにぶち込んだ。
あっという間に冒険者登録をさせられた俺はなんだかよくわからないうちにモンスターを狩ったり、モンスターを狩ったり、モンスターを狩ったりした。
冒険者になったばかりの者が初めにこなしやすい仕事として『薬草の採取』という仕事があるが、そんなものがあったことはここに来てから三年くらい経った後に知った。
だって誰も教えてくれなかったし、初めに連れてかれたボードにそんな依頼は貼ってなかった。
別に薬草採りたかったわけじゃないからいいんだけどさ。
討伐系の依頼を受ければ、師匠に連れていかれた山で出会ったモンスターよりもずうっと弱いモンスターを狩って1ヶ月分くらいの食費を稼げるのだ。移動時間を入れても大体半日とかからずに終わる。
一方、薬草採取は1束集めるのに早くとも一刻もかかるのだ。薬草取りのジョーンならもっと早くに終わるが、あいつは宮廷薬剤師に専属にならないかと声をかけられるほどの腕前だ。そんなやつは基準にならん。……ということで大体のやつならモンスター狩りの方が割にいいというわけだ。
それは報酬だけでなく、ランク上げにも言えることで、いつのまにかギルドカードの左上に書かれたランクがSへと変わっていた。
それに伴って俺の行動可能範囲は狭まっていき、気付いた時には王都からの外出を禁じられるまでになっていった。
カードを見せて、久しぶりに門を通過しようとしたところを門番に止められてその事実に気付いた。
なんでも王都内の高ランク冒険者は有事の際には国を防衛する義務を背負っており、平時の際は門の内部の高ランクモンスターの討伐を担うからという理由らしいが、俺からすればたまったものではない。だが、ランク下げを訴えたところで初めに説明しましたよね?と怖い笑顔で受付嬢にかわされるだけだった。
遅くないか? せめてS級に上がるまでに気づけよ! と後になってから自分を責めたこともあるが、王都のご飯は美味しすぎて金を稼いではまだ見ぬ絶品グルメを開拓するのに忙しかったんだ……あの日々に後悔はない。
だがこんな生活、嫌なものは嫌なんだ!!
師匠と居た時はずっと人里離れた山奥で暮らし、ギルドに所属してから王都から少しだけ離れた高原や山で魔物を狩る生活。
師匠が話してくれた陽に当てられてキラキラと輝く海に憧れこそ抱いてはいても一回も見たことがない。
海を見に行きたいから外出許可でいいからくれとハラルドや前ギルドマスターに訴えたのは数え切れないほどある。受付嬢には勝てそうもないからな。
けれど一度だって許可が下りたことはなかった。
許可が下りなければ王都を囲むようにして作られた塀を越えることすら叶わない。
低いランクでいさえすれば簡単に越えられるのに、だ。
そんなのあんまりだ!
『外の世界』なんて一度も見ることなくこの世を後にする……なんて絶対にしたくない!
だがこのままでいればそれは当たり前のようにやってくる出来事である。
だから俺は『国王暗殺未遂事件』を起こした。
――と言っても初めから彼を殺すつもりなんて毛ほどもなかったし、実際に未遂どころかほとんど何もしていない。
俺にとって国王は優しいおじさんだ。
師匠の弟子ってだけで会うたびに可愛がってくれるし、美味しいお菓子までくれる。
そんなおじさんに王都の外に出たいと言ったら、この計画を立ててくれたのだ。『国王が呼んだら絶対に帰ってくること』という交換条件付きではあるが、ただ剣をふるって戯れていただけのことを国王暗殺を企てていると大げさにし、師匠の弟子だからと適当に理由づけして処刑されるはずの刑を軽くしてくれた。
こんなワガママを通してくれるなんて本当に感謝しかないな。
そういや俺、王都追放されんのにどうやって帰るんだろ?
今更ながらに浮かんだ疑問に首を傾げていると、目の前からはハラルド愛用の剣が投げつけられる。
リンゴのお返しといったところだろうか?
刀身の真ん中を目掛けて思い切り拳を振り下ろす。
「なっ!」
ペコリとお辞儀するような形になった剣を拾ってから、餞別をくれたハラルドに笑いかけてやる。
「ありがたく馬車代にでもさせてもらいますね!」
「っ……さっさと出て行け!」
「はい、そうさせてもらいます」
入り口を背にして眺めるギルド内にはさまざまな者たちがいる。
最後まで俺らしいと呆れたように笑う者。
王都を追放される意味を分かっていないのではないかと嘲笑う者。
引き止めるなんて出来るはずがないと分かっているからか、寂しそうに目を下げる者。
「クロット! 俺らからも餞別をくれてやる!!」
そして最後くらいは俺に一発でも喰らわせてやろうとする者。
剣で切りかかってくるこいつは動作が大きすぎていつも脇が甘いんだよな〜と思いながらそこに一発食らわせる。
槍使いの少女はこれ、お下がりか? 長さが妙に長いんだよな〜とボキリとへし折ってやる。
新しいの、ハラルドに買ってもらえ。
ナックルを嵌めたおっさんは動きはいいが、その型は見慣れると動作が丸わかりなんだよな〜と流れる動きに沿って何発か腕に突きを入れる。
主に前衛を担当する彼らがほんの少しの時間稼ぎをしているうちに、後衛の魔術師達が各々の媒体にマナを溜めているのだが……いかんせん発動までが遅い。
ど真ん中の奴とか一応あれでもA級なんだが、使える魔術のランクは高くても中々発動できなければ狙ってください! と相手に身体を差し出しているようなものである。
発動が早そうな者から順にマナを溜めるための魔石を割っていくと、魔術を使うための手段が封じられた魔術師は顔を歪める。
こんな簡単に戦闘不能にさせられるんだから、媒体不要で魔術使えるようになればいいのにな〜と割れた魔石を拾い集める。
魔石は人工生成物、天然物ともに大きければ大きいほどに高値で買い取ってくれる。特に天然物であれば高ランク魔術を発動させる時の術者の負担が少なくて済むのでどんなに小さかろうが買い取り先に困ることはない。
ちなみにA級〜B級の彼らが使っているのはもちろん天然物。こりゃあハラルドの剣より高く売れそうだ。これ以上の餞別はない。
胸いっぱいに手に入った魔石をリンゴがなくなったことで萎んだポシェットに、そして折れた剣は折りたたんでベルトに引っ掛ける。
「さようなら、皆さん。お元気で」
ペコリと頭を下げて今度こそこのギルドを、そして王都を後にした。
門を通り抜ける際に身分証として門番に提示したギルドカードからはランクが消えていた。代わりに所属ギルド名を刻んだ文字の上に大きく除名という文字が表示されていた。
そして備考欄にはご丁寧にも『王都追放』と書かれている。
まぁなんとも仕事が早いこと。
「クロット=バルサドール。念のために伝えておきますが、君のカードから『王都追放』の文字が消えるまで二度とこの地に踏み込むことは出来なくなります」
「ええ、分かっています」
「ならいいです」
本当に確認だけだったのだろう。俺が頷くと門番は興味を失くしたように門を開いた。
大きめの木戸が開かれ、一歩踏み出した先にあったのは俺にとっての『外の世界』……といっても何年か前に何度か見たことはある森だ。
それでも俺にはそれが新鮮な光景のように思えてくる。
ずっと王都に篭りっきりだった俺にとっては大きな一歩を踏み出せたといっても過言ではない。
とりあえず当面の目標は海を見ること!
海自体も綺麗だそうだが、海面に浮上する透明なモンスターから取れる核が角度によって違う色に見える上に味は絶品だというからそっちにも期待していたりする。
「待ってろよ、う~み〜!」
目の前の森に向かってそう叫ぶと、木々がまるで俺の旅立ちを祝福するかのように騒めいていた。




