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婚約破棄はお気軽にどうぞ

 婚約相手なんてもの産まれた時から決まっていた。


 正確には私個人ではなく、スフィントス家の長女に対する婚約である。


 なら双子の妹のリフィリアでもいいんじゃないかと思う。あの子の方がずうっと可愛いし。あ、別に姉の曇りに曇った身内びいきの目で見た結果とかじゃない。あの子とは本当に同じ親から継いだ血が流れているのかと何度も考えたほどだ。何なら私は養子なんじゃないかとお母様に尋ねたこともあるほどである。





 ――そう、この家で例外は私の容姿である。








 私、ミランド=スフィントスが妹のリフィリア=スフィントスと並べば誰もが噂する。


「ミランドはリフィリアに両親の美貌を全て掻っ攫われたのだ」――と。





 本当に私もそう思う。


 そのくらいあの子は、そして両親の容姿は整っている。





 だが色んな場所で噂されているように、実はリフィリアを恨んでいる……なんてことは一切ない。


 恨むわけがない。





 あの子は私の自慢であり、あの子と同じ日に同じ親から生まれ落ちたことを誇りにさえ思う。





 ――だから私の婚約者は本当に可哀想な人だと思う。


 私とリフィリアがお母様のお腹から出てきた時間の差なんてほんの少しなのに、彼はリフィリアの婚約者にはなれなかったのだから。








「ミランド、君は本当に地味だ。社交界は数多くのご令嬢が参加する場所だということを君は知らないのか?」


「知ってますよ、キース様。あ、こっちの色とかいいかもしれないわ……」





 会うたびに地味だの、目立たないだの暴言を吐きまくるのは私の婚約者様である。


 初めに彼がそう言い出した時こそ気にしては布団を涙で濡らしていたが、今では聞き流すまでに成長している。……というかこの人の場合、日ごろのストレスを私で発散したいだけだと思う。


 だってさっきからずっとキース様が勧めてくるドレスの色は赤とかオレンジとか派手な色ばっかりで、ハッキリ言って私には100パーセント似合わない色だ。


 私が似合うのはどちらかと言えば、今手に取ったばかりのうっすらとしたヒスイのような色だとか、青空を薄くした色だとか、そんな淡い色。


 そこにアクセントとして小ぶりなアクセサリーなんてつければ完璧である。


 ……というよりも商人が持ってきた私に似合う生地から選んで、お抱えの針子に作らせれば何の問題もないのに、わざわざ王都の、王族御用達の店まで来て私の顔面を散々に罵るのはきっと私への嫌がらせの一環なのだろう。


 昔はこんな嫌がらせをするような男ではなかったのだが、時間は人を変えるものだ。過去なんて振り返ったところで今は何も変わらない。





「だからなぜ君は私が話している最中にそんな色を選ぶんだ!! もしかして君は私に恥をかかせるためにわざとやっているのか!?」


「そういうわけじゃないですけど……。わかりました、ではこちらの色にします」


「……初めからそうしろと言っているじゃないか……」





 恥って……。どうせ今度の夜会だって別々に参加するから私がどんなドレスを着てようが関係ないだろうに……。


 いや、むしろこれは私に恥をかかせるための一環なのだろうか。





 あんな女とは婚約していられない!――みたいなことを今の彼が言い出せば当家は婚約を破棄せざるを得ないわけだし……。








 昔は、リフィリアとそんなに顔面偏差値に大差がなかった時は良かった。


 あの頃私達三人は幼馴染として仲良くできていたし、キース様のことをキースと呼び捨てにしていられた。





 変わったのはキースが次期宰相候補として文官として起用された時辺りだろう。


 その頃にはリフィリアが天使のように美しく可愛らしく成長を遂げ、私は最盛期を過ぎて可愛さなんてものは完全にリフィリアに献上していた。





 私だけが置いてけぼりだった。


 何も変化することはなかった。





 でもそれでもよかった――私は。





 キースは違った。


 私にキース様と呼ぶようにと言いつけ、身のふるまいや服装までも口出しをするようになった。





『私に恥をかかせるつもりか!』――そう言い出したのはこのころだった。





 悲しくて、悔しくて……今や彼は私と婚約破棄がしたいだけなのだろうと悟るまでになった。





 いや、私が彼の立場だったらリフィリアをお嫁さんに迎えたいよ?


 私なんかよりも絶対花嫁衣裳着させがいあるし、写真だっていっぱい撮っちゃうし、何なら結婚してからも宝石をバンバン買い与えちゃう!





 でもリフィリアには10歳の時から年は少し上でも紳士的な婚約者がいるし、キースの席はもう空いてないのだ……。





 せめて6年は前にどうにかすればリフィリアへのチェンジが効いて万事解決だったかもしれないけど、キースは文官の勉強にかまけていてチャンスを逃してしまったのだ。だからきっと余計私に当たっているに違いない。





 八つ当たりは良くないと思うとキースに視線をやれば不機嫌そうな顔の彼と視線が合う。





「何だ。言いたいことでもあるのか?」


「別に。私は何もありません」





 私は、ね。





 ここまで嫌がらせするなら早く婚約破棄を言い出せばいいのに……。


 私はいつだってうぇるかむだし、何なら修道女になる決心もついている。……初老のおじさんに嫁ぐ心の準備は出来てないけど。





「はぁ……ハッキリ言ったらどうなんだ。全く君という女はいつもいつも手間ばかりかけさせて、ハッキリ言って私の気を引きたいとしか思えないのだが?」


「そんなわけないじゃないですか。暑さで脳みそが蒸発してるんですか? この際だからハッキリと言いますけど、婚約破棄をしたいのなら私に嫌味を言い続けるよりも両家の当主に話を通した方が建設的です」


「な!?」


「大体こんなの親同士が仲がいいからなんて理由で結ばれた婚約ですよ?」


「それはそうだが……」


「……わかりました。あなたが言いにくいのなら私が説得して見せます」


「そんなこと、できるわけが「できますよ。できます。……なんとしても、してみせますから」





 こうなれば自棄だ。


 もう初老のおじさんでもなんでもござれである。


 なんならワイン樽をお腹に詰めたような体系のおじさんの愛人でもして見せよう。





 ……第一希望は修道女だけど。





「そうと決まれば今度の夜会は出席しなくてもいいから、このドレスはいらない? いや、男漁りをするならむしろこれくらい派手なドレスの方がいいのかしら? 私、顔も地味だしこれといった特技もないし、売りは若さだけ……ちょっとユアン。これにするわ」


「かしこまりました」


「ちょっと待て!」


「……なんですか?」





 ボソボソと怪しい独り言を繰り出していた私がやっと結論を出して、先ほどキースの勧めていたドレスの購入を決定したというのに、なぜキースはこんなに眉間をヒクつかせているのだろう。





 ああ、もしかして……。


「今度は私にちゃんと合う色を選んでくれる気になったんですか? どの色なら男性の気を引けるのかよくわかりませんし、手伝ってくださるのは助かります」


「……なぜ君は夜会で男をひっかけようとしているんだ? 君は私の婚約者だろう……」


「私では両家の当主を説得できないと思ってらっしゃるんですね。確かに私やリフィリアほど頭は良くないですが、この婚約における利点がどちらにもさほどないということくらいは理解しています。つまりその点を深く掘り下げていけば自ずと婚約破棄の糸口は見えてくるはず!」





 笑顔と拳を作って、構想というには雑すぎる考えを語る。





 婚約破棄が正式に決まれば、私は修道院またはお屋敷の離れに、キースは綺麗な奥さんを迎えるのだ。





 なんと素晴らしい未来だろうか!





「君は……君は、そんなに私が嫌いか……」


「は?」





 何を言うか。


 嫌いなのはキースの方だろう。





「君が私との婚約破棄を望むのならその役目は私が担おう。……どうせ私にはこれくらいしか愛した人を喜ばせることなどできないのだから……」


「キース様……私達の婚約を破棄したところでリフィリアが喜ぶかはわかりませんが、あなたの勇姿、しっかりとあの子に伝えますね」


「……なぜそこでリフィリアが出てくる?」


「? キース様はリフィリアを喜ばせたいのでしょう?」





 私、何か変なことを言っただろうか?


 キースは眉間をヒクつかせることに疲れたのか、完全なる『無表情』を披露して見せる。





「ミランド。なぜ好きな女と婚約を破棄しなければいけないかもしれないという時に、無関係の彼女を喜ばせる必要がある? その理由を端的に答えろ」


「は?」


「君がそう言ったのだから、何かしらの理由があるのだろう? 教えてくれ、なぁ」





 その態度は教えを乞うものとは思えないもので、次第にキースは私との距離を詰めてくる。まるでキースの納得いく答えを導きださなければ逃げることすらできないとばかりに。





 だが今の私の頭はキースの問いに答えられるだけのキャパシティーなど残っていない。


 全て『好きな女』というキーワードを解析するために出払っているのだ。





 だってずっとキースはリフィリアのことが好きなんだと、私のことが嫌いなのだとばかり……。





 ん? いや、ちょっと待てよ?


 キースは次期宰相候補で、今や地位も財力も確約されたも同然。家柄も公爵家だし、顔は幼いころから見慣れた私でもカッコいいな~なんて思うほどに整っている。


 そんな彼は私という婚約者がいようがすごくモテる。この前の夜会で口説かれているのを目の前で目撃した。


 そして婚約者がいるからという理由で断っていたところもバッチリ視界にとらえた。





 つまりキースは私のことは嫌いだが、婚約者を辞められるのは困るため、一芝居打ったのではなかろうか。





 キースが私のことが好きだなんて考えられないし、そう考えるとものすごくシックリくる。





 そうに違いない! というかそれ以外はもう考えられない。








 キースはまぁこんな関係でも一応幼馴染である。


 そして私の事を嫌いで嫌いで、会う度に嫌味を言い続けるような男でもある。





 そんな男が私のことを好きだなんて、口が裂けても言いたくないような言葉を言って一芝居打って見せたのだ。


 ならもう少しの間、彼の婚約者であり続けてもいいのではないか……と私のほんの少しだけある良心が訴えていた。








「はぁ……わかりました。とりあえず今のところは婚約破棄もしないし、男漁りもしない。これでいいですか?」


「今のところは……か。ならそれまでに君を喜ばせる方法を模索することにしよう」


「楽しみにしてます、キース様」





 私のことが嫌いな男はどんな方法で私の機嫌を取りに来ると言うのだろうか?――なんて期待するだけ無駄だろう。





 だから期待するなと自分に言い聞かせてドレスを翻す。





 近い日に着ることになるだろう派手なドレスの注文を終えたユアンを引き連れて。


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