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特S級のシロウサギは甘味がお好き

 雲ひとつない青い空を見上げながら、なぜ今朝洗濯物を干さなかったのかと過去の自分の行動に首をかしげる。


 


 今朝は比較的、時間には余裕があった。


 


「兄さん、早く行って早く帰って来て」


 財布を無理矢理握らせてから背中を押す妹のシロの行動もいつも通りであった。


 数年前からお気に入りとなった真っ白なドレスに身を包んだシロは今日も相変わらずに兄遣いが荒い。それもいつも通りである。


 


 今朝方の出来事を思い出し、そして一つだけ違う部分があったことに気づいた。


 今日はシロのドレスが真っ白ではなかった。見事に返り血がベットリと付いていた。


 それはいつも通りではないが、しばしば目にする光景ではあった。


 


 だから問題はその返り血がどうして付いたのかである。


 モンスターの血ならすぐさま着替えさせて、その服を洗って干してから家を出ればいい話である。


 


 だがなぜ俺はそうしなかったのか。


 そこまでしてやっと……行列に並んでいる間に忘れかけていた、忘れたかった記憶が呼び起こされる。


 


 出来ることなら回れ右をして数十分前に通り過ぎた高原の真ん中で爽やかな風を感じながら一服したい。


 ちょうど俺の手の中の袋には美味しい美味しいオヤツとそれによく合うお茶がある。それらを手に入れるためにわざわざ王都の異世界人の開く店まで足を運んだのだ。


 


 片道約2時間かけて。もちろん猛ダッシュで。


 


 都合の悪いことを忘れるにはひたすらに走るに限る。


 そしてその甲斐あって俺はキレイさっぱり忘れていたのだ。


 


 


 ――シロの足元に人が倒れていたことを。


 


 


 あの人、今頃意識を取り戻しているんだろうなとか思うと頭がいたい。


 


 何せあれは依頼人なのだから。


 


 これ以上目を逸らしていても仕方ないと足を早めて家へと向かう。


 俺が出来ることといえば、今も朝も最底辺まで落ち込んだシロのご機嫌をとる他ないのだ。


 


 


「ただいま、シロ」


 一呼吸置いてから開いたドアの先にいたのは、さすがに着替えて来たらしい、今度こそ正真正銘の真っ白い服に身を包んだシロと、未だに横たわっている男。


 


「おかえりなさい、兄さん!」


 俺がご機嫌取り用のオヤツを買いに行ったことなど分かりきっているシロは一応依頼人の止血は済ませていたらしく、男の腕や足には血の染み込んだ包帯が巻かれている。


 綺麗なものに変えておけよとは突っ込まない。


 


 止血しただけでも御の字だ。


 


 未だに意識を取り戻さない男を一瞥して、シロのご機嫌をとるにはピッタリな『これ』を彼女に献上する。


 


 


「ほらシロ。今日はあんみつだ」


「ありがとう!!」


 


 


 依頼人の容体と妹の機嫌、どちらが大事なのかと聞かれれば俺は真っ先に妹の機嫌と答えるだろう。


 


 そんな選択をするのは俺だけではない。


 


『イーストエンドのシロウサギの機嫌だけは損ねるな』


 


 そんなのこの国の誰もが知っていることである。知らなければモグリではないかと疑われるまでには有名な話だ。


 


 だが『シロウサギ』がどんな人物なのかまでは知らない者が多いようだ。


 実際、俺達兄妹のみが所属するイーストエンド特別支部ギルドに依頼にやってくる者の大半が俺を『シロウサギ』だと思っていることの方が多い。


 


 銀髪の髪に血に染まった真っ赤な瞳――なんて俺にもシロにも当てはまる特徴だし、まさか普段はホワホワとしているシロが容赦なく鉛玉を打ち込むなんて思わないのだろう。


 


 だが何もしなければシロは大人しい方だ。兄遣いは若干荒いが……。まぁそれは俺や町の人達がなるべく一人でギルドから離れるなと幼少期に言い聞かせたせいもあるのだろうから目を瞑ることにする。


 


 


「んんまぁ!」


 あんみつが入った容器とは別に付けてもらった瓶から真っ黒な蜜を寒天やあんこにかけてから頬張る。


 シロの顔から察するにあんみつを選んだのは最良の結果だったことはほぼ間違いない。最後まで葛餅とどちらにしようか悩んだ甲斐があったというわけだ。


 


「兄さん。兄さんにもちょっと分けてあげる」


「マジか! ありがとう。シロはいい子だな」


「えへへ」


 


 本当に……あのシロが自分の分のオヤツを分けてくれるなど相当機嫌がいい時以外ありえないのだから。


 


 


 


「ふふふん〜」


 細工の施されたガラスの用意を洗いながらシロは鼻歌を歌う。


 もちろん途中に横たわっていた男のことなどガン無視である。


 シロがキッチンへと入ってから、少し離れた位置で男を観察してみたのだが、どうやらこの男はどこかの貴族の遣いでやって来たらしい。


 着ている服は装飾が少ないながらもいい生地を使っているのが分かる。……その生地も所々破れているのだが、まぁそれは自業自得だ。


 


 シロのオヤツタイムを邪魔したこの男が悪い。兄である俺が声をかけたとしても猛禽類のような鋭い目線で睨まれるのに、よりによってスプーンをはたき落とすなんて絶対にやってはいけないことなのだ。


 なんならシロが消費した弾丸の料金と機嫌をとるために買ってきたあんみつ代を払ってもらいたいくらいだ。


 


 ……よし、報酬に上乗せするか。


 依頼などまだされてはないが、わざわざ俺達に回すくらいの仕事だから金の出し惜しみはないと考えていいだろう。惜しむなら迷惑料だけぶんどってサヨナラだ。


 


 お茶を飲みながら色々と画策していると、ピタリとシロの鼻歌が止まった。


 


「……兄さん。そろそろその人起きるよ」


「ん、了解」


 


 シロの言葉からちょうど10秒後に男はううんと声をあげる。


 止血してあるとはいえ、長時間床に放置されて身体の節々が痛むのだろう。


 


 だが彼が苦情を口にすることはない。……というかこれだけされた後に文句を言うほどの勇気を持つ者など今までに2人しか居なかった。


 この国の王子と従者である。


 それがキッカケでシロの幼い頃からのあだ名『シロウサギ』は国中に広まることとなったのだが、依頼人がパクパクと口を動かし始めたので、その辺は置いとくことにしよう。


 


「それで……ご依頼は何でしょう?」


「き、貴殿らには、その……サウスブリッジ周辺の、魔物を一層していただきたい……。こ、これはサウスフィールドのミラルド公爵様からの、直々の依頼だ……」


「安心してください。依頼人が誰だろうと我々は断りませんよ。……お金さえ払えっていただければ、ね?」


 


 これだけ聞くとどんな悪徳ギルドだと言われるかもしれないが、俺達2人だけのギルドには町の人々からの物を除けば、1年に数度くらいしか依頼は来ないのだ。


 ちなみに彼らの報酬は完全現物支給である。腹は膨れるが、消費した弾丸やシロのオヤツ代は稼げない……ということで外から来た依頼からふんだくるようにしている。


 


 ――特にシロの機嫌を損ねた相手からは容赦なく。


 


「も、もちろんだ。言い値で払うと我が主人もおっしゃっておられる」


「人払いは済んでいますよね?」


「ああ、もちろんだ」


「では依頼が完了し次第、サウスフィールドのミラルド公爵宛に請求書を送らせていただきますので」


「あ、ああ……」


 


 逃げるようにして出て行った男の背中を見送った後で、キッチンへと目をやる。


 


 そこにはすでにシロの姿はない。やる気があるようで嬉しい。


 俺もシロを見習って用意することにしよう。


 


 武器庫である地下に潜って、一番先に目に付いた比較的軽めの銃を二丁手にとって左右脚のホルスターへと納める。どうせシロがストレス発散に暴れまくるのだろうから必要ないかとも思うが一応である。


 後は、いつも通り採集セット一式入ったカバンを背負って準備は完了だ。


 


 


 


「兄さん、まだ?」


 上から聞こえてくるのはシロの張り切ったような明るい声。


 


「シロ、着替え持ったか?」


「兄さんが持って来てよ」


「……はいはい」





 本当に狩る気しかないようで。


 魔物からの採集とシロの武器以外の荷物を持つのは相変わらず俺の役目である。


 ……まぁいいんだけどさ。どうせ採集セット一式と同じくシロの替えの服一式、カバンに入ってるし。


 


 


「遅いよ、兄さん。待ちくたびれた」


「…………普通、こういう準備って女の子の方が時間かかるらしいぞ?」


「遅いより早い方がいいでしょう?」


「そうだけどさ……。まぁいいや。シロ、手出して」


 


 どうせシロには勝てるわけがないのだ。


 言葉でも、食欲でも、体力でも――そして武力でも。


 


 普段は高くて使えない転移の羽根を今日は奮発して惜しげも無く使うことにしよう。


 シロの手がちゃんと俺の手を握っていることを確認してからポケットからそれを取り出す。そしてサウスブリッジと念じながら、ガラスのように透明な羽根を真ん中からポッキリと折る。


 


 


 転移酔いをしないようにと目を瞑った俺が目を開けた時、目の前はほぼすべてが青く染まっていた。


 


 依頼人は『魔物』と簡単に言っていたが、まさかそれがブルートータスの群れだとは想像もしていなかった。


 ブルートータスといえば成体ならB級、幼体ならC級くらいなもので、サウスフィールド内のギルド所属の冒険者でも討伐は可能だ。


 


 あくまで『個体』なら。


 今ここにいるブルートータスは100はゆうに越えているだろう。


 


 ブルートータスは鋼のように硬い甲羅を持っているせいで、強くない割には討伐に時間がかかるのだ。他の依頼を受けた方がよほど効率がいいため、冒険者ランクが上がれば上がるほどブルートータス討伐の依頼はあまり受けたがらない。


 


 それでもここまで大量発生することはあまりないのだが、まぁそこらへんは俺の考えることではない。


 


 ――今の俺が考えなければならないのはどの場所が一番安全か、である。


 


「あははははははははは」


 亀のように大きな甲羅を背負っているやつらのスピードはシロよりもずっと遅い。


 ドレスの下に忍ばせて置いた銃を両手で上手く扱いながら、ポケットから出した爆弾の栓を口で外して遠くへと投げる。


 その姿はいつもながら手慣れたもので、そして周りに一切の配慮がない。いや、いきなり身体を反転させないだけまだ昔よりはマシになった方だろう。


 あの時はさすがに自分でもよく生きてたなぁ〜って思ったし、3日は動けなかった。多分俺じゃなかったら1ヶ月は動けてないのだろうが、そこはまぁ……慣れである。今同じだけの被害を受けたら1日で動けるようになる自身はある。


 


 


「楽しいね、兄さん!」


「……そうだな」


 


 あはははとシロの高笑いが響くたびに、シロのお気に入りの服は次第に赤く染まっていく。


 ブルートータスってそんなに血が飛ばないはずなのだが、なんというか今回も洗濯が大変そうである。


 


 よし、洗濯洗剤代も加算しておこう。


 


 シロの放つ弾丸から身を避けつつ、手早くブルートータスの尻尾を切っては素材保管用の袋に入れていく。ブルートータスの尻尾は生薬として高く売れる、鮮度命の素材なのだ。


 


「ははは、これだけでしばらくの生活費には困らないぞ!!」


 


  「あはははは」「ははははは」


  シロは暴れられることに、そして俺はたんまりと生活費が稼げたことに頬を緩ませながらサウスブリッジ周辺へと笑い声を木霊させた。


 


 





 全てのブルートータスの尻尾を狩り終わった後、顔を上げるとそこには不満そうに頬を膨らませるシロの姿があった。


 


「どうした、シロ。疲れたのか?」


「疲れてない……。まだ暴れ足りない」


 


 これだけ好きに暴れといて、とは思わない。


 イーストフィールドのギルドにA級冒険者として所属していた頃はこれが日常だったのだから。


 


 だが王子を全治1年まで追いやって、特S級に認定されてしまってからは好きに仕事を受けられなくなった。


 ……特別ギルドとは名前だけは立派だが、国に管理されてしまっているせいでよほど大きな仕事以外は回してもらえないのだ。


 だからこそ町の人々は中央ギルドに報告しなくてもいいようなちょっとした依頼をしては、ご飯やポーションなどの現物で報酬を渡す。


 


 なるべく働きたくない俺としては、ドカンと一発働けば後はちょっとしたことで報酬をもらえる生活に満足しているのだが、シロは違う。


 


 野生の動物のように、自由気ままに狩りをして生活したいのだ。


 


「帰るぞ、シロ」


「やだ」


「やだじゃない」


「やだやだやだ。まだ遊ぶの!」


 


 ……訂正しよう。シロは討伐を遊びだと思っている。





 いつのまにこんな残念な妹になってしまったのか……。


 女の子として終わっているような気がするが、嫁に出すつもりも、出せる気もしないので、とりあえずその点からは目を逸らしておくことにしよう。


 


 今はどうやってシロを家へと連れて帰るかであるが、それには絶好のものがある。


 


「シロ」


「何、兄さん。他にも魔物いた?」


「魔物はいない。だが家に帰れば、俺用に買った豆大福がある」


「え?」


「シロが今から大人しく家に帰るなら半分分けてあげようと思ってる」


「………………こしあん?」


「ああ」


「帰る!!」


 


 血まみれの服で俺の腕にしがみつくシロ。


 先ほどまでのシロはまさに戦闘狂といった様子だが、こうしてみるとただの可愛い妹にしか見えない。


 


「早く早く」


「はいはい」


 





 ――この後、ミラルド公爵家に多額の報酬を請求した結果、懲りずにまた同じ男が我が家に足を運び、シロの機嫌を損ねることとなるのだがそれはまた別の話である。



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