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婚約者の愛し方

「ねぇ、フォックス。私のこと好き?」


「んー、好き……かな」


「じゃあ、その本とどっちが好き?」


「もちろん魔道書に決まってるだろう。リラには代わりがいるけど、お祖父様が俺のために遺してくれた俺専用のこの本には代わりなんてない」


「……そう」


「ああ。それで気が済んだ? ならお茶とお菓子でも食べていてくれ。俺はこの本を読むので忙しい」


「……わかったわ」


 





 リラは5つ歳上の婚約者、フォックスが好きだ。いや、正確には好きになろうと日々努力をしてきた結果が1年ほど前に実り、彼に興味が出てくるようになった。


 それは恋愛感情とは違うものであると、まだ幼いリラにもわかっていたが、何も彼女も恋愛要素を含んだ『好き』を持つ必要などないのだ。


 ただ婚約者という、いずれは結婚して、生涯の多くの時間を共に過ごすことになることが約束されている関係なのだから、相手のことを好きになった方が得だと考えたに過ぎない。





 だからリラはフォックスを好きになった。


 いつも魔道書にばかり気を取られ、リラの顔などここ数年まともに見たことのない男を。





 そしてリラは自分が好きになるだけではなく、相手にも自分のことを好きになって欲しくて、こうして婚約者同士水入らずの時間を得ては積極的にフォックスと外出して、少しでも距離を縮めようと努力をしているのだが、先の会話からも分かるようにリラの努力は未だ報われてはいない。


 むしろ最近は恒例化してしまっている、そして結果など分かりきっているその掛け合いをするだけ無駄なのではと、リラは止める機会を窺っている。それでも数少ないコミュニケーションの一環だと思うと中々止められずにいるのだ。


 


 


 リラはフォックスから勧められた通り、フカフカのソファで使用人に用意してもらったお菓子とお茶を楽しんで時間を潰す。


 そもそもリラがフォックスの屋敷を訪れるのは、彼女の父親が彼の父親と趣味のチェスを愉しむ際に『婚約者同士親交を深めるため』と称して連れてくるからに他ならない。


 だからこの時間が終わるためには彼らの父親同士の決着がつかなくてはいけないのだ。


 そもそも婚約者になった理由も彼らの父親達の趣味が要因となっている。


 


 内向的な息子にそろそろ婚約者を見繕いたいのだが……とフォックスの父がリラの父に相談したところ、ならば自分の娘はどうだと提案したのだ。


 初めてその理由を聞いた時には、貴族としてそれはどうなのだろうと思ったリラであったが、リラとフォックスの間に障害となりうるのは5つという、幼な子からしてみれば大きい年の差くらいなものだった。そして彼女がいくら5歳は開きすぎていないかと父に訴えたところで、5歳差くらい珍しくもなんともないと諭されて終わるだけだった。


 


 


「リラ、そろそろ帰ろうか」


「ええ、お父様」


 リラの父が娘に声をかけたのは、彼女が紅茶を2回ほどおかわりした時のことだった。遅い時にはウトウトとまぶたを閉じかけることもあるから、今回は割と早く決着がついたのだろう。それもおそらくはフォックスの父親が勝利する形で。リラは父が何度となくポケットに手をかけていることを見逃さなかった。そこには何も入ってはいないのだが、悔しい時にはポケットに手を伸ばすのは彼の癖だった。何人の人がその癖に気づいているのかは知らないが、ちょうど目の高さがそれくらいの時からフォックスの屋敷に通っていたリラが気づくにはそう時間はかからなかった。


 


 


「今日は楽しかったかい?」


 


 帰りの馬車でリラはいつも父からそう尋ねられる。何かを試すような目で見られるのはあまり好きにはなれなかった。けれどもう慣れていた。


 


「楽しかったわ」


 父の目も、そしてこうして嘘をつくのも。


 


 目を逸らさずにリラがそう答えると、彼はいつだってホッとしたように「それは良かったな」と、「また行こうな」とリラの頭を撫でるのだった。


 


 





 ◇◇ ◇


 フォックスはリラの居なくなった部屋で爪を噛んでいた。


 彼は『婚約者』というものが嫌いだった。結婚の約束をした者同士を指すその言葉が。


 


 フォックスは尊敬する祖父から婚約者を信じるなと幼い頃から何度となく言われ続けてきた。そしてどうしても手に入れたい相手が出来た時には己の力で摑み取れ、とも。


 


 フォックスの祖父には婚約者に逃げられた経験があった。結婚を1ヶ月後に備えていた頃に、相手の女性が使用人と駆け落ちしたのだ。彼は相手をそれなりに愛していたし、政略結婚に不満などなかった。けれど相手はそうでなかったのだと絶望したのだ。


 それは彼の心に大きな傷が残した。





 幼い孫に何度となく婚約者を信じるなと言い聞かせるほどに。





 けれど彼の人生は不幸であったとは言えない。むしろ相手の女性が駆け落ちをしたおかげで、彼は幸せな家庭を築くことが出来たとも言える。


 一度婚約者に逃げられた彼は、女など信じてなるものかと思っていたが、その決心は1年もしないで崩れ去った。彼の心を揺さぶる女性に出会えたのだ。


 彼は彼女を逃してなるものかと、実家の公爵家の権力と、魔道庁官僚の権力を総動員してその女性を伴侶に迎え入れることに成功した。





 この出来事もまた、彼が孫に伝えた言葉を紡ぐ要因となった。


 


 


 幼い頃から祖父から聞かされていたフォックスだが、婚約者のリラのことは嫌いではない。むしろその逆、彼女こそ自分の伴侶に相応しいとさえ思っている。それも初めて会ったその日から。


 だからこそ彼女が婚約者であることが気に入らないのだ。


 いつか祖父の婚約者のように、約束をすっぽかして逃げてしまうのではないかと不安で仕方がない。


 だからこそフォックスは日々、魔道庁の官僚まで上り詰めた祖父が遺した魔道書を読み漁っては、彼女を確実に妻として迎え入れられるよう努力をしている。


 


 


「フォックス、またお前はその本を読んでるのか……」


「お父様。今日は早かったですね」


 音もなく部屋へと入り込んだ父をフォックスは横目で睨む。彼の予測だともっとゲームは難航すると、リラと同じ空間で過ごせる時間はもっと長いはずだったのだ。


 だが今回はアッサリと決着がついてしまったようで、リラはポットを空にするよりも早く屋敷を後にした。


 


 息子から恨みがこもった視線を向けられた彼の父ははぁっと大きなため息を吐く。


「フォックス、いつまでもそんな態度だといつかリラちゃんに婚約を破棄したいなんて言い出されるぞ?」


「現段階において、リラが婚約を結ぶに相応しい相手は俺だけです」


「…………まぁ確かにあいつは親バカだから、相当な優良物件であろうとも簡単にリラちゃんを婚約者になど出さないだろうが……だがそれでもあいつは娘の幸せを一番に願っている」


「それなら心配はいりません。俺は公爵家の跡取りで、2か月後には魔道庁に最年少で入庁するのですから。リラが幸せになれないはずはないでしょう?」


「……そうだな」


 


 フォックスは愛情の示し方を知らない。


 だからこそ己の力を溜めて、彼女を己の腕に収めようと努力を続けるのだ。



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