決着
「なっ!?」
目の前からテュールの姿が消え、ミリアの刃が俺の首元まで伸びている。
俺の剣もミリアの腹部を刺しそうになっていた。
俺達は両方同時に騙されたのだ。
「うぉっ!」
「っ!」
俺達は咄嗟に剣筋を反らすと、そのまま正面から衝突した。
「君達ぃ、仲間同士で殺し合いなんて仲が良いんだねぇ」
「視界を操る対象は一人だけじゃないってことか」
「ご明察。いやー、上の階であんなに沢山操っていたじゃないかー。忘れたのかい?」
テュールは嫌らしい笑顔で上を指さした。
死体を操る術、視界を奪う術、手で触れてもいないのにアイリスを苦しませた術、そして、謎の奇病。
どれもこれもテュールに似合う嫌らしい力だ。
「ミリア、魔神ってのはこうも複数の力があるのか?」
「基本一つ。ロキも魔神の力は武器の複製召喚だけ」
「となると……何か一つの力を応用しているのか」
「ん。多分そう」
ミリアも確信は持っていなさそうだが、信じるしか無い。
なら一秒でも早く仕組みを理解しないといけない。
今見えている所にテュールがいるか分からないのなら、攻撃も防御も上手くいかないことはさっき自分で体験した。
一撃与えるだけで良いはずなのに、一撃がやけに遠い。
「ロキ。背中をお願い」
「どうするつもりだ?」
「殺気だけで対処する」
ミリアは目を瞑ってそう言うと、俺が止める間も無く、テュールのいた場所に向けて走り出した。
無茶苦茶だと思った。だが、驚くことにミリアの攻撃はテュールを捉えており、テュールの間近を刃が通り過ぎていった。
「いいねぇ。さすが僕の愛しのミリア」
「気持ち悪い」
「ゾクゾクするよ。目を瞑ってくれてありがとう」
「あ……れ……」
テュールがミリアの腕に触れた途端、ミリアの動きが止まり、その場にミリアが崩れ落ちた。
「ミリアッ!」
俺が声をかけても、ミリアは立ち上がろうとしない。
そんなミリアの頭にテュールは足をのせた。
「身体が動かない」
「これで君も僕の洗礼を受けた訳だ」
「力が入らない。ううん、身体の感覚が消えた?」
「さすが神位武器を持つA級探検者だよ。僕の洗礼を受けても落ち着いていられるなんて」
俺は今にも飛び出しそうになったが、こちらを見つめるミリアの目が俺を押しとどめた。
屈することの無い強い意志が籠もったミリアの瞳に、俺は彼女が今必死に情報を集めようとしていることに気がついたんだ。
「テュール……。あなた……の力……。身体を……乗っ取る……力」
「あはは。大正解。それじゃ、愛しのミリアの健闘をたたえて、君の身体でロキ君と戦ってあげるよ」
ミリアの声が次第にかすれて消えると、テュールが歪に笑った。
その笑い声でミリアが立ち上がり、俺に剣を向ける。
「そんな力を持つのに、最初に視界しか奪わなかったのは遊びのつもりか?」
「あっはっは。そうだよ。そうじゃないと楽しくないからね。というのは半分本当。もう半分は君達の抗う力が強くてね。一番感覚情報の多い視覚からしか奪えなかったってだけ。目を瞑って貰ったおかげで助かったよ」
またしてもいきなり後ろにテュールが現れた。
馴れ馴れしく俺の肩に手を置き、肩をふるわせながら笑っている。
でも、身体の感覚が奪われている気はしない。
ならば、その手を断ち切らせて貰う。
「おっと、危ない危ない。君の相手はあっちだよ。相手に出来るか、分からないけどね」
すんでの所でテュールは俺が召喚した刃を躱した。
追撃を仕掛けようと振り返った瞬間、背中にひやりとした感覚が襲ってきた。
「ミリアッ!?」
音も無くミリアが襲いかかってきたのだ。
何とか初撃を防ぐが、ミリアは素早さを活かした連続攻撃を仕掛けてくる。
名前を呼びかけても反応は無い。代わりに聞こえるのはテュールの笑い声だけだ。
「あはは。どうしたのかな? 手も足も出せていないじゃないか。ま、手も足も出したら死んじゃうんだけどね。彼女を殺したくないから手を出せないその気持ち、まさに愛だよ」
「テュール! お前だけは!」
テュールに向けて俺は剣を射出したが、剣が突き刺さった瞬間、テュールの身体は霞のように姿が消えた。
そして、全く別の場所にテュールは姿を現した。攻撃が効いた様子は全く無い。
「外れ。さて、僕だけは何だろうね?」
「くそっ!」
「口が汚いね。お仕置きだ」
低いテュールの声とともに、背中に衝撃がはしった。
背後に現れたテュールが俺の背中に掌底を打ち込んできたらしい。
「ぐっ! ミリアまでっ」
俺が体勢を崩しかけたところに、ミリアが追撃をしかけてくる。
攻撃を避ける時間は無いし、防ぐために剣を召喚するとミリアを傷つけかねない距離だ。
ごめん。ミリア。
俺は心の中で精一杯の謝罪の言葉を叫び、拳に力を込めた。
「歯を食いしばれ!」
ミリアが放つ突きよりも速く、俺の拳が彼女の肩を捉えた。
見た目通り軽いミリアの身体が軽く宙に浮かび、跳ね飛ばされる。
「ぐっ!」
だが、うめき声を発したのはテュールだった。
「え?」
「あはは。やるねぇ。まさか仲間を殴るとは。でも、次もこうやって止められるかな? 魔神の拳は当たり所が悪ければ人を殺せるよ?」
テュールの言っていることは多分本当だろう。でも、わざわざ仲間殺しを躊躇させるような忠告を何度も繰り返すか? それに、さっきミリアを殴った時、テュールが声を出した。
痛みが繋がっている可能性が考えられるけど、テュールの死体人形を倒した時に死んでいてもおかしくない。
いや、だから死体なのか。死んでいれば痛みはない。
他人を病気のように思わせる方は感覚を奪うだけでやれそうだし、自分が他人の身体を操る必要はない。
テュールの魔法は人の感覚を奪うことが基本で、自分の意識を入れ込む力はその応用だろう。感覚を狂わせるだけなら自身に逆流は無いけど、感覚を奪うと逆流が起きるのか?
試してみるか。
「テュール。その身体は本当にお前のか?」
「気付いたんだね。僕の力に。でも、君にミリアは殺せないし、傷つけることを躊躇う」
「もう一度聞く。そこにいるお前は本物か?」
「さぁ、いくつ目の身体か忘れたし。でも、君を殺したら、新しい願いで完全にミリアの身体に意識を移すつもりだよ」
「何故そんなことをする? わざわざ奴隷を集めて、ミリアにも手を出して」
俺の問いにテュールはお腹を押さえて、笑い始めた、
「これが僕の願いだからだ」
「願い?」
「不老不死を願ったら、神様がくれた力だよ。僕が倒した魔神の力だ。そして、
この力を誰にも奪われないようにするには、優れた身体がいる。そのために奴隷を集めて選別してきた。でも、足りなかったんだよ。どいつもこいつもクズばかり。そんな時に見つけたのがミリアだった」
「この子はタダの女の子だ。特別な武器は持ってるけど、特別な力は無い」
「あるんだよ。たった一人で生き続けられた最大の理由、この子は直感がある。敵意を察知し、身を隠し、返り討ちにする。僕が次に欲しい能力そのものだ!」
テュールは笑顔を消すと、腰を低く構えて臨戦態勢に入った。
「ルガール商会をどれだけ大きくしても、クズどもが僕の力を狙ってくる。不老不死である僕には触れることも近づくことも愚かだということを、知らしめないといけない!」
狼が本性を現した。
目の前に飛び込んできたテュールの手には、巨大な爪のように見える刃のついた籠手がはめられている。
本物か偽物か。分からないけど、防ぐしか無い。
「当たれ!」
テュールに向けて刃の雨を降らすが、すでに姿は消えていた。
「上っ!?」
空中にいるのなら、鳥でもない限り横には逃げられない。
地面に突き刺さった刃を抜いて、俺は上に射出した。
直撃。胸に漆黒の刃が突き刺さっている。
「終わりだテュール!」
「誰が終わったって?」
今度は俺の足下からテュールが現れた。
また幻覚かと思い、今度は防御に転じると、爪で剣が弾き飛ばされた。
「ここかあああ!」
「残念。外れだ」
渾身の力で刃を突き立てるが、テュールの身体はまた目の前で霧散した。
幻覚でさえ無ければ、俺が圧倒している。
それでも常に神経を研ぎ澄ませてないといけないのは、かなりの気力を持って行かれている気がした。
持久戦による消耗。
テュールの狙いは弱った俺を楽に仕留めることだろう。
「ロキ君。状況は!?」
有効な策が浮かばず苦戦していると、ルカの声が耳に届いた。
幻聴か何かは分からない。それでも頼るしかなかった。
「ミリアがテュールに操られた。呪いを解いてくれ!」
「そういうことね。ロキ君、真っ直ぐ私の声がする方に走って」
「分かった!」
テュールの攻撃を避け、俺は一気にルカの方へと跳躍した。
「逃がすわけないだろ」
「ロキ君! 反撃する必要はない! ありったけの武器で反撃する準備だけして!」
俺を追いかけてくるテュールに向かって反撃しようとすると、ルカが制止してきた。
ルカの声を信じて剣と槍を目の前に召喚し、滞空させる。
すると、ぴしっという乾いた音と共に、俺の頬に激しい痛みが走った。
「いってぇ! って、テュールが消えた?」
「ルカァアアアアア! 余計なことをしてくれたなあああ!」
部屋の奥、柱の後ろからテュールが声を荒げながら飛び出してきた。
「ずっと本物はあそこにいたのよ。ロキ君が何も無い所でミリっちと剣を振り回すから、何かと思ったけど、あいつの居場所を見つけて理解したわ」
ルカの言葉で俺はため息が出そうになった。目に見えていたテュールは全て偽物で、攻撃されたと思っていたのも幻覚だったんだ。
「ロキ君。ミリっちの呪いは既に私が止められる汚染じゃない。だから、テュールを倒して呪いをときなさい!」
「まかせろ!」
真っ直ぐ向かってくるテュールに向けて、槍と剣を射出し続けた。
二十本、いや、三十本くらいは発射しただろう。
数を数える余裕がないくらい、俺は武器を乱射したんだ。
武器が大量に刺さった洞窟の地面で、テュールが腹部に突き刺さった剣を握りながら座り込んでいた。
「くくく……。これが僕の最後か……」
「終わりだ。テュール」
「あぁー。死ぬんだなぁ。魔神を倒して叶えて貰う願い事は決まったかい? でも、それは叶えてあげないよ」
テュールは黒い魔剣を地面から引き抜くと、自分の胸に突き立てた。
神すら殺す毒が効いたのか、テュールの身体は一度痙攣すると、ピクリとも動かなくなった
「これでミリア達の呪いは解けたんだよな?」
「えぇ、ほら、アイちゃん達も目を覚ましたし」
ルカの声に従って後ろを振り向くと、アイリスが咳き込みながら立ち上がり、母親もまた目を覚まして周りを見渡している。
「ミリア。無事に終わったよ。だから、起きろよ」
俺はミリアを起こそうと、彼女の隣にしゃがみ込み、身体を抱き起こしてあげた。
ちゃんとみんなを守れた事を、ミリアは一緒に喜んでくれるだろうか。
それとも意地を張って、さも当然のように振る舞うのだろうか。
どんな反応を見せてくれるか楽しみにしていると、腹部に激痛が走った。
身体が全身火傷を負ったように熱い。意識も飛びそうになっている。
「あぁ、起きてるよ。これが僕の願いだ」
「てめぇ……テュールか……」
「さっきの魔剣の毒は実に苦しかったよ。今君が受けている苦しみが僕の受けた苦しみだ」
俺の腕の中でミリアが凄惨な笑みを浮かべて、血を舐めた。
テュールは自害する前に既に乗り移っていたのか、それとも魔神を倒した願いの力を死の間際に使ったのか、定かでは無いけど、今実際にミリアの身体はテュールの意志が入っている。
「僕が神となった僕を殺したからね。願いはミリアの身体に転生だった。願いを叶えたくば神を倒せ。実に良い仕組みだよ。不老不死は失ったけど、今ここで君を殺して、もう一度魔神の身体を手に入れたいと願えば良い」
「テュール……貴様ッ!」
「苦しめ。ロキ。僕が受けた苦しみ以上に!」
動くことが出来ない俺に、テュールがさらに魔剣を深く突き刺してくる。
刺された痛みは無いけれど、熱さで意識が消えかけている。
「ロキ君!」
「ふはは。魔女と言えど、もう遅い。僕は新しい生で他者を支配してみせる」
毒が回って俺の身体はもう手遅れなのだろう。
魔神としての俺が死ぬ。そうすれば、テュールは新たな願いでミリアの身体を使って、どれだけ沢山の人を苦しめるのだろうか。
そんなことさせる訳にはいかない。
ミリアにそんな罪を背負わせる訳にはいかない。
「ミリア……力を借りるぞ……。出ろ。魔剣……ペール……」
俺は右腕に全ての意識を集中させて、震える手で黒い魔剣を握りしめた。
「何をしようと言うんだ? 自分殺しで願いは叶えさせないよ」
ミリアの手が俺の右腕を掴み、固定する。
力が入らないせいで、ミリアの手をふりほどけない。これでは確かに俺は魔神である俺を殺せない。
「そう来ると思ってたぜ……テュール」
俺は僅かに手首を回し、剣を落とした。
魔剣は地面に落ちると、砕けて透明な結晶となって散らばってしまう。
「ハハハ。最後の悪あがきもそこまでだったみたい……なッ!?」
ミリアが俺の胸の中で、口から鮮血を吐き出した。
「まさか……僕をまた殺すつもりか!? ミリアの身体ごと!?」
「あぁ……ミリアに罪を背負わせる訳にはいかないんでな……。俺のご主人様は寂しがり屋な癖に意地っ張りで、でも実は優しい女の子なんでね……」
「く……くそっ……転生能力が……貴様ロキ!」
「さよならだ。テュール……」
俺は腹に突き刺さっていた魔剣ペールを抜き取り、ミリアの手を浅く切った。
やはり身体が人間であるせいか、魔神である俺よりも早くミリアの身体は息絶えた。
まだ暖かいミリアの亡骸を抱きかかえるように、俺はその場に倒れた。
「ロキ君! あなたっ!」
「ロキ! ミリアッ!?」
ルカとアイリスが動けなくなった俺とミリアのもとに駆け寄ってくる。
俺がミリアを殺した。
ミリアを救うために殺さないといけなかった。
あぁ……でも言い訳する声すら出そうにないな……。
ミリアには伝えられないから、二人には伝えて貰わないと……。
「君が俺を必要としてくれて……嬉しかった。だから、俺もミリアが必要なんだ。一緒にいなくても良い。ミリアが誰かと笑って生きられたのなら、俺がここに来た意味がある」
参ったな。まだ言いたいことがたくさんあるのに目の前が真っ暗だ。
ミリアのために、最後の仕事をしないと……。
「神を殺した俺の……願いは……ミリアを生き返らせること……だ」
最後まで言い切った後、遠くなる意識の中でアイリスとルカが俺の名前を叫んだ気がした。




