3 マシュー・パトーキ伯爵令息
どうぞよろしくお願いします。
パトーキ伯爵家を訪ねたサーザは、母親である伯爵夫人と話し掛けられているアンナを撒いて、マシューが居そうな図書室のドアをそっと開けて忍びこんだ。
「サーザ?」
テーブルで勉強していたらしいマシューが顔を上げて怪訝そうにサーザを見た。
サーザは唇の前に指を一本立て、書棚の間に隠れる。
ドアが開き、アンナの声。
「お兄様! サーザ来なかった?」
「いや、来てないし。今日はまだ会ってないよ。
なんだ? 逃げられたのか?」
「もう、お兄様の意地悪!」
「サーザにくっついて回ってるだけじゃなく、もっと自分を磨いた方がいいぞ」
「磨く?」
「……勉強する、刺繍に励む、料理を習う……、いろいろあるだろう」
「ふんだ! 侯爵夫人になるんだから! そんなの必要ない!」
「いやー、刺繍はやっといた方がいいんじゃないか?
カーライル侯爵家は夫人もエルダも刺繍が上手だ」
「いいのよ!
私には作ってくれる人がいるから!」
「金で?」
「そうよ!
ちゃんとお金払うもの!
何が悪いの!」
「いや……、断られるようになったら、どうするんだ?」
「そんなわけないわ!
平民はお金を出せば何でもするんだから。
あっ! ドアに鍵かけといて、サーザが入れないように!!」
ドアの閉まる音。鍵をかけているのはマシューか?
足音がしてマシューが目の前に立っていた。
「大丈夫だよ。何か用?」
「……10年前のこと。
マシューは知ってたの?」
「カーライル侯爵家でジュディスの、屋根裏の件?」
サーザはじっとマシューを見つめる。
「知らなかったけれど、止めることもできなかった。
モーリスとアンナがジュディスに絡み始めた時、エルダに止めてもらおうとサーザの後を追ったんだ。
でも、うちの親につかまっちゃって。
少しして屋根裏前に行ったらモーリスとアンナしかいなくて、ジュディスは怖がって帰ったって言われた。
サーザ、君が来て4人で屋根裏探検したんだよな。
物音がして慌てて部屋の外へ出たろ。
ドアをモーリスが力いっぱい閉めて、その後、階段を下りた。
その時、モーリスが持っているのに気づいたんだ」
「持っている? 何を?」
マシューはサーザーをまっすぐに見た。
「ジュディスの上着。
確かに絡んだ時に上着を脱がせてた。
でもさ、ジュディスは帰ったんだよな。
おかしいだろう?
モーリスはジュディスの上着を自分の寝巻きの胸あたりに巻き、その上から上着を着て隠してたんだ」
「……気づかなかった」
「サーザにはここぞとばかり、アンナがへばりついてたもんな。
で、気になってモーリスを見てたんだ。
解散した後、モーリスはこっそり、また屋根裏に戻ったんだ。
ドアをガチャガチャさせて、鍵がかかってるのに慌ててた。でも、諦めて、戻ってきたから、私も慌てて逃げた。
どういうことか、その時にはわからなかった」
マシューが窓から外を眺めて、窓の桟に寄り掛かる。
「ジュディスがいないって騒ぎになって……。
屋根裏から凍えて見つかったって聞いて。
モーリスとアンナが何かしたんだって、思った。
でも、あの2人だけでしたことじゃない。
たぶん、サーザとジュディスを離す工作をしたエルダも知ってたことだと思う。
そして、結局、ジュディスだけの責任で事故ってことになった。
私は……、それから君達と距離を取ることにした。
ジュディスを助けられなかったという負い目のような気持ちもあったし、エルダのことが……、わからなくなったから。
エルダもモーリスもアンナも何も言わず。
大事にならないようにって事実は葬り去られた」
『葬り去られた』という言葉が不気味な余韻で図書室に響いた。
「マシュー、今度はジュディスが社会的に殺されそうになってる……。
つまり、死んでないのに、名が葬り去られる……」
マシューが窓枠に寄り掛かるのをやめて、立った。
「どういうことだ?」
サーザは自分が知ったことを話し始めた……。
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