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初心者ダンジョンで掃除してたら、研修を頼まれました  作者: ギズモ


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第2話 現在地が分かりません

光が消えた。


「……うっ」


思わず目を閉じていたらしい。


恐る恐る開くと、目の前には知らない通路が広がっていた。


暗い。


寒い。


そして、見覚えがない。


「……ここ、どこ?」


返事はない。


足元を見る。


魔法陣もない。


さっきまで立っていたコアルームへ戻る方法は、どうやら用意されていないらしい。


「……ですよねえ」


そんな気はしていた。


でも、少しくらい期待してもいいじゃないか。


「キィ」


隣から声がした。


見れば、ドローンの上に俊太郎が乗っている。


腰のウエストポーチも無事だ。


「お前もちゃんと来られたんだな」


「キィ!」


胸を張っている。


頼もしい。


……いや、今は胸を張っている場合じゃない。


「桐谷さんたちを探さないと」


俺はドローンの通信画面を確認した。


《接続待機中》


管理センターとの接続が切れている。


「……いきなりか」


通路の先は暗闇だ。


どちらに進めばいいのかも分からない。


俺はリュックから小型ライトを取り出しかけて、手を止めた。


明かりをつけたら、こちらの位置が丸分かりになる。


ここにどんなモンスターがいるのか、まだ分からない。


「俊太郎。近くに誰かいるか?」


「キィ」


俊太郎が耳を動かす。


少し待つと、通路の奥へ翼を向けた。


「そっちか?」


「キィ」


ドローンを前に出し、指し示された方向を走査する。


画面に反応が表示された。


二つ。


人間らしい大きさだ。


「……いた!」


思わず声を上げかけ、口を押さえる。


まだ桐谷たちと決まったわけじゃない。


でも、二人という数は合っている。


俺は足音を立てないように歩き出した。


数歩進んだところで、俊太郎が再び鳴いた。


「キィッ」


今度は、さっきとは違う方向を指している。


ドローンを向ける。


大きな生体反応。


しかも、こちらへゆっくり近づいている。


「……うそだろ」


慌てて通路脇の陰に身を寄せた。


遠くから、重い足音が聞こえてくる。


ずしん。


ずしん。


初心者ダンジョンで聞き慣れたものとは、明らかに違う。


俺は息をひそめた。


足音が遠ざかる。


完全に聞こえなくなるまで待ってから、もう一度ドローンの画面を見る。


二つの人型反応は、まだ同じ場所にあった。


「……頼むから、二人であってくれよ」


俺は壁伝いに進んだ。


*


曲がり角の向こうに、人影が見えた。


二人だ。


片方は大きな剣を持っている。


もう片方は杖を抱えていた。


「桐谷さ――」


声をかけようとした瞬間。


「しっ!」


桐谷が、口元に指を立てた。


俺は慌ててしゃがみ込む。


小野寺も、壁の陰からこちらを見ていた。


二人とも無事らしい。


ほっとして膝の力が抜けかけたが、今は喜んでいる場合ではない。


再び、重い足音が聞こえてきた。


曲がり角の向こうを、大きな影が通り過ぎる。


ドローンを低い位置に保ったまま、そっと映像を確認する。


分厚い脚。


大きな胴体。


硬そうな背中。


少なくとも、初心者ダンジョンで相手にしていい大きさではない。


俺たちは誰も動かなかった。


やがて、足音が遠ざかる。


俊太郎が耳を動かし、通路の先を指した。


ドローンで周囲を確かめる。


さっきの大きな反応は離れていた。


桐谷が小声で言う。


「今のうちに移動しましょう」


俺たちは足音を忍ばせ、別の通路へ入った。


何度か曲がり角を抜け、周囲にモンスターの反応がない場所まで来たところで、ようやく立ち止まる。


「……はあああ」


俺は壁にもたれた。


「よかった……。本当に、よかった……」


「佐倉さん!」


桐谷が頭を下げる。


「すみません! 俺、佐倉さんを突き飛ばして、そのまま……!」


「いやいやいや! 謝らないでください!」


慌てて手を振る。


「助けてもらったのは俺の方ですから! ありがとうございました!」


「でも、俺が代わりに巻き込まれたせいで、リクまで……」


「タクマのせいじゃないよ」


小野寺が言う。


「僕が勝手に掴んだんだから」


「そうっすけど……」


「それに」


小野寺が俺を見る。


「佐倉さんまで追いかけてきてくれるとは思いませんでした」


「……俺も、来るとは思ってませんでした」


「えっ」


「いや、怖かったんですよ。本当に」


今だって怖い。


帰り道も分からない。


強そうなモンスターは歩いている。


できることなら、今すぐ地上へ帰りたい。


「でも、桐谷さんに助けてもらいましたからね。二人とも置いて帰るわけにはいかないでしょう」


桐谷が目を丸くする。


それから、照れくさそうに笑った。


「……ありがとうございます!」


「お礼は帰ってからにしましょう。まだ何も解決してませんし」


「はい!」


「キィ!」


突然、俊太郎が大きく鳴いた。


ドローンの上で胸を張っている。


まるで、自分も来たぞと言わんばかりだ。


「あっ! 俊太郎も来てくれたんだ!」


小野寺の顔がぱっと明るくなる。


「キィ!」


「ありがとう! 君がいれば心強いよ!」


ニィッ。


「……うん。笑顔はやっぱり怖いね」


それでも、小野寺は嬉しそうだった。


*


「さて」


俺はドローンの画面を開いた。


「まず、現在地を確認しましょうか」


返事がない。


顔を上げると、二人が気まずそうな表情をしていた。


「……もしかして」


「分かんないっす」


桐谷が即答した。


「俺たちも、飛ばされたばっかりで。さっきのやつを見つけて、ずっと隠れてました」


「そりゃそうですよね」


知らない場所に飛ばされたら、まずは隠れる。


さっきまで研修していたことを、ちゃんと実践してくれたらしい。


「ドローンの位置情報は?」


「それが……」


小野寺が自分のドローンを操作する。


画面には通信エラーが表示されていた。


「管理センターに接続できないんです」


「俺のもっす」


桐谷もドローンを見せる。


同じ表示だ。


「二人とも、同じ機種なんですね」


「中古で買ったんすよ」


「新型も考えたんですけど、装備を揃えたら予算がなくなってしまって」


小野寺が杖を見下ろす。


「杖も、かなり奮発したので……」


「俺も剣と鎧でほとんど使っちまいました」


「……なるほど」


装備を優先したわけか。


その判断が悪かったとは言えない。


実際、さっきまでの戦闘では二人の装備が役立っていた。


ただ、今回は通信性能の差が出てしまったらしい。


「俺の方を試してみます」


ドローンの通信を再接続する。


《接続待機中》


《接続待機中》


《接続待機中》


「…………」


つながらない。


もう一度試す。


《接続中》


「おっ!」


《通信切断》


「……あっ」


ぬか喜びだった。


小野寺が画面をのぞき込む。


「一瞬、つながりましたね」


「はい。もう少し試してみます」


何度目かの再接続。


ようやく、聞き慣れた声が流れた。


『……くらさん! 佐倉さん、聞こえますか!』


「聞こえます! 佐倉です!」


『ご無事ですか!?』


「はい! 桐谷さんも小野寺さんも、無事に見つかりました!」


向こうで誰かが大きく息を吐く音がした。


『……よかった。本当によかったです』


その声を聞いて、ようやく少し安心できた。


『お二人に怪我は?』


「ありません。今は安全そうな場所にいます」


『分かりました。位置を確認します』


通信画面に、しばらく処理中の表示が続いた。


『……やはり、正確な位置情報が取得できません』


「やはり?」


『通信の接続先から、中級ダンジョン内にいる可能性が高いことまでは分かっています。ただ、接続が不安定で、現在地を特定できないんです』


「中級……」


俺は二人を見た。


桐谷も小野寺も、黙っている。


少なくとも、初心者ダンジョンより危険な場所ということだ。


「……あの、帰りの魔法陣も見当たらないんですけど」


『どうやら、一方通行だったようですね。自力で戻るしかありません』


「ですよねえ……」


期待していなかった。


していなかったけど。


がっかりするくらいは許してほしい。


『こちらで救援の準備を進めます。まず、既知領域の地図を送ります』


ドローンの画面に、ダンジョンの地図が表示された。


地下十二階まであるらしい。


思った以上に深い。


「ええと……今いるのは何階ですか?」


『そこが分かりません』


「…………」


『地図に載っていない区画にいる可能性があります』


「地図に載ってない……」


桐谷が画面をのぞき込む。


「じゃあ、どこに向かえばいいんすか?」


『地下六階と地下十階にセーフティーゾーンがあります。救援隊は地下六階へ向かわせます。皆さんは上へ進む経路を探してください』


「地下六階ですね」


『はい。ただし、無理に進まないこと。危険な状況なら、安全な場所で待機してください』


「分かりました」


『通信が途切れても、可能な範囲で再接続してください。こちらでも呼びかけを続けます』


「お願いします」


その直後。


《通信切断》


「あっ」


また切れた。


俺は画面を見つめる。


地図の受信は完了していた。


それだけでも、ずいぶんありがたい。


「……地下六階、ですか」


小野寺が言う。


「でも、今いる階が分からないと……」


「そうなんですよねえ」


地図を開く。


通路。


広間。


階段。


いろいろ載っている。


ただし、俺たちの現在地を示す印は、どこにもない。


「これ、知らない街の地図だけ渡されたようなもんですよね」


「しかも、どの街にいるかも分からないっすね」


「……そうですね」


三人で画面を見つめた。


地図があっても、現在地が分からなければ使いようがない。


「キィ」


俊太郎が鳴いた。


顔を上げると、通路の奥を指している。


「……ああ、そうか」


俺はドローンをそちらへ向けた。


「地図に載ってないなら、まず周りの形を調べましょう」


「形、ですか?」


「通路がどこにつながってるか、広い場所がどこにあるか。少しずつ記録していけば、地図と一致する場所が見つかるかもしれません」


俺一人なら、こんなところを歩き回る気にはならない。


でも、救援隊が地下六階へ来てくれる。


なら、そこまでの道を探すしかない。


「俊太郎。周りの様子、分かるか?」


「キィ!」


俊太郎が耳を動かし、いくつかの方向を示した。


ドローンで一つずつ確認していく。


奥に空間が続いている場所。


行き止まりになっている場所。


何かが動いている場所。


俊太郎だけでは、その先が安全かどうかまでは分からない。


だから、ドローンで詳しく調べる。


分かった範囲を記録する。


それを繰り返して、少しずつ進む。


「……地道ですね」


小野寺が言った。


「地道ですよ」


「でも、佐倉さんらしいです」


「そうですか?」


「はい。掃除のときも、いつも一つずつ確認してましたから」


見られていたらしい。


しかも、結構細かいところまで。


「俺、そうしないと怖いだけなんですけどね」


「それが大事なんだと思います」


小野寺は真面目な顔で言った。


そこまで言われると、少しくすぐったい。


「じゃあ、慎重に行きましょうか」


「了解っす!」


桐谷が元気よく返事をした。


「……声、ちょっと小さめでお願いします」


「了解っす」


今度は小声だった。


*


しばらく進むと、通路が二つに分かれていた。


右と左。


ドローンの走査では、どちらも奥へ続いている。


ただし、右の通路には大きな生体反応があった。


「……いますね」


俺は画面を二人に見せる。


通路の先に、巨大なモンスターが一体。


ずんぐりした身体を揺らしながら、ゆっくり歩いている。


「さっきのやつですかね?」


桐谷が言う。


「似てますね。でも、同じかどうかまでは……」


小野寺が考え込む。


「動きは遅そうです。タクマが前で引きつければ、僕の魔法で――」


「待ってください」


俺は二人を止めた。


「戦う必要、あります?」


二人が顔を見合わせる。


「……あ」


桐谷が先に気づいた。


「別の道、ありますもんね」


「はい」


俺は左の通路を指した。


「とりあえず、あっちを確認しましょう。通れるかもしれませんし」


小野寺が、もう一度右の通路を見る。


「……確かに、あの大きさだと、倒せるかどうかも分かりませんね」


「ですね」


俺には、二人がどれくらい戦えるのか正確には分からない。


ただ、さっきのモンスターより明らかに大きい。


しかも、硬そうだ。


倒せなかったら困る。


倒せたとしても、疲れ切ってしまったら困る。


「帰るのが目的ですから」


そう言うと、桐谷が頷いた。


「よし。左っすね!」


俺たちは大型モンスターに見つからないよう、そっと通路を引き返した。


そして、左側へ進む。


「なんか、さっきから逃げてばっかりっすね」


桐谷が苦笑した。


「嫌ですか?」


「いや……正直、ちょっと物足りないっすけど」


「タクマ」


小野寺がたしなめる。


「分かってるって。今は帰るのが先、だろ?」


「うん」


そのやり取りを聞いて、俺は少しだけ笑った。


今日の研修、ちゃんと役に立っているらしい。


……こんな形で役立ってほしくはなかったけど。


*


左の通路は、しばらく緩やかに曲がりながら続いていた。


途中で何度か立ち止まり、俊太郎とドローンで周囲を確認する。


モンスターの反応はない。


奥には、まだ空間が続いているらしい。


「こっち、当たりかもしれませんね」


小野寺が言った。


「だといいんですけど」


俺も地図を見ながら答える。


似たような曲がり角は、地図にいくつもある。


まだ現在地は分からない。


でも、進めているだけましだ。


「……あれ?」


先頭を歩いていた桐谷が足を止めた。


「どうしました?」


「いや、なんか……」


その向こうを見て、俺も立ち止まった。


通路が、塞がっていた。


床から天井近くまで積み上がった、大量の瓦礫。


どうやら、途中で崩落が起きたらしい。


「…………」


三人で顔を見合わせる。


桐谷が、先ほど引き返してきた方を見た。


「あっちは、でかいモンスター」


「はい」


小野寺が、目の前の瓦礫を見る。


「こっちは、通行止め……」


「……はい」


しばらく沈黙が続いた。


「じゃあ、俺がどかしましょうか?」


桐谷が腕まくりする。


「いや、待ってください」


俺は慌てて止めた。


瓦礫は複雑に積み重なっている。


下手に一つ引き抜いたら、上から全部落ちてくるかもしれない。


「じゃあ、僕が魔法で砕けば――」


「それも待ってください!」


小野寺まで杖を構えかけた。


「崩れた場所に攻撃したら、もっと崩れるかもしれないでしょう!」


「……あ」


「……確かに」


二人が手を止める。


危ない。


今回の研修は、まだ終わっていなかったらしい。


「でも、どうするんすか?」


桐谷が瓦礫を見る。


「さっきの道に戻ります?」


「それも嫌なんですよねえ……」


大型モンスターのいる通路へ、できれば戻りたくない。


かといって、目の前の瓦礫を適当に崩すわけにもいかない。


俺は、深く息を吐いた。


「……まず、調べましょうか」


「調べる?」


「どこが崩れてて、どこなら動かしていいか。分からないうちは触らない方がいいです」


俊太郎が、積み上がった瓦礫へ顔を向けた。


小さな耳が動く。


「キィ」


そして、瓦礫の奥を指した。


「……向こうに空間があるのか?」


「キィ!」


俺はドローンを近づけた。


積み重なった岩の隙間を、少しずつ走査していく。


画面に複雑な形が浮かび上がった。


大きな岩。


小さな破片。


奥へ続く、わずかな隙間。


「……完全に埋まってるわけじゃなさそうですね」


小野寺が、画面をのぞき込む。


「通れるようにできるでしょうか?」


「まだ分かりません」


俺は瓦礫と天井を見比べた。


「でも、全部片付ける必要はないですからね」


「えっ?」


「俺たち三人が通れれば、それでいいんです」


桐谷が、なるほど、と頷く。


「じゃあ、通れる分だけ片付ける、と」


「安全に動かせるところがあれば、ですけど」


俺はもう一度、瓦礫の山を見上げた。


初心者ダンジョンで、掃除の研修をしていたはずなのに。


気づけば、中級ダンジョンの知らない場所で、崩れた通路を前にしている。


しかも、後ろには大きなモンスター。


帰り道は不明。


救援隊が待っている地下六階まで、あとどれくらいあるのかも分からない。


「……これ、研修の範囲を超えてません?」


思わずつぶやいた。


「超えてると思います」


小野寺が即答する。


「でも、勉強になってます!」


桐谷が元気よく言った。


「……それは何よりです」


俺はドローンの画面に目を戻した。


今は文句を言っている場合じゃない。


まずは、目の前の通路を何とかしないと。


「俊太郎。もう少し詳しく調べよう」


「キィ!」


俊太郎が得意げに胸を張る。


その腰で、小さなウエストポーチが揺れた。


傷テープ十枚。


塩飴五個。


残念ながら、瓦礫の撤去には役立ちそうにない。


……いや。


塩飴は、あとで一個もらおうかな。


そんなことを考えながら、俺はドローンの走査範囲を広げた。

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