第六章 鼠案件 3.鼠肉燻製顛末(その2)
落ち着いた風を装ってはいるが、その実スリーダス従士長も必死である。何しろ事の如何によっては、自分たちの食事に「鼠の肉」というレパートリーが追加される可能性があるのだ。ここで踏ん張らずにどこで踏ん張ると言うのか。
「別に鼠に拘ってるわけじゃないよ? 命を奪ったからには、その命に感謝して戴くのが礼儀ってもんでしょ」
「まぁ……そりゃ解るけどよ……」
「それにさぁ、仮にも清貧粗食を謳う教会が、折角の肉を無駄にするってのは……色々と外聞が悪いんじゃない?」
外聞と言うなら、〝鼠の肉を貪り食っている教会〟という風評が立つのも、同じくらいに大概だろう。娘を教会や修道会に預けている貴族たちが、顔を真っ赤にして怒鳴り込んで来る未来が幻視できそうだ。
しかし、〝窮すれば通ず〟とは能く云ったもので……万事休すかと思われたその時に、従士長の脳裏に天啓が閃いた。
「いや――野山の鼠はどうだか知らんが、町の鼠には危険な疫病を持っているものがいるからな。公衆の安全のために、鼠の屍体は全て焼き捨てる事になってるんだ」
「あ~……それがあったかぁ……」
「疫病」というパワーワードはクリスにも効果があったと見えて、クリスは温和しく従士長に鼠を差し出したのであった。
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「……それは……大変にお手数をかけた。……そして、感謝する」
力無い声と表情でニクラウス枢機卿に謝意を述べているのは、修道会長官のハラルド枢機卿。スリーダス従士長から上がってきた報告を携えてやって来たニクラウス枢機卿――聖騎士団のトップ――から、事の顛末を聞かされたのである。
「しかし……辺境の子供とは逞しいものだな」
どこか感心したような口調で呟くニクラウス枢機卿を、感謝と怨みの混じった目で見つめるハラルド枢機卿。クリスをとっちめてやりたいのは山々なのだが、クリスの主張には一応筋が通っている上に、田舎育ちで王都の状況を知らないという事を考慮すれば、無闇に叱り付けるのはそれこそ筋が通らない。それでなくともこの聖女候補者は、教会に対する不信感を抱いているという話だった。頭ごなしに力尽くで押さえ込もうというのは悪手だろう。
「それで……この件は落着したと思っていいのかね?」
――何となく、そうではないという気がする。犇々と。
「いや……話を訊くに、今度は鼠の代わりに弓で野鳥を射落とすくらいするかもしれんと思ってな。監視を怠らぬよう部下たちに命じておいた」
「それは……ありがたい。…………それで……?」
「弓は入手していないようだったが、木の枝を撓らせた罠を仕掛けて、雀を捕ろうとしていたそうだ。外聞が悪いので、少なくとも王都では止めてくれと言って弁えさせたそうだが」
――その報告を聞いたハラルド枢機卿は、今度こそ頭を抱え込んだ。
「……燻製の試作には別途費用を支給するよう、財務の方に話を持って行った方が良くはないか? 事情を説明してやれば、レイモンドのやつも文句は言わんだろう。何なら儂も付き合うぞ?」
「……そうしてもらえるなら……本当にありがたい……」
「そういう状況を踏まえた上で、騎士団から提案があるのだが」
内心で〝こいつ、老けたなー〟と同情しつつ、ニクラウス枢機卿はここへ来た本題を持ち出した。




