第七章 聖騎士団の困惑 1.ニクラウス枢機卿の提案
本章は少し長めになります。
「へぇ~……ここが騎士さんたちの訓練場かぁ」
「あぁ。今日は顔見せと見学って事で、まぁゆっくり見てってくれ」
この日クリスが訪れているのは、聖騎士団の訓練場であった。
なぜ一介の聖女候補者に過ぎないクリスがこんな場所を訪れているのかというと……過日にニクラウス枢機卿とハラルド枢機卿の間で交わされた会話に原因があった。
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「騎士団の訓練にあの娘を参加させる? ……理由を訊いても構わんかね?」
「無論だ。儂とて何の理由も無しに、こんな話を持ち出したりはせん」
一拍置いてニクラウス枢機卿は話を続ける。
「あの小むs……シスター・クリスタルは、放って置くと碌な事はせん。それはそっちも解っているだろう」
解っているどころの話ではない。クリスが捻り出す案件に一番引っ掻き回されているのが、目の前のハラルド枢機卿率いる修道会なのだ。
「しかし……彼女の要求は一応筋が通っているのだ。頭ごなしに却下する事もできん」
力無く答えるハラルド枢機卿の様子を見れば、問題の所在が那辺にあるかなど自明である。要するに、今までこういう事態を想定せず、対策を怠ってきたツケが廻って来ているのだ。
しかしニクラウス枢機卿は、そんな事などどうでもいいとばかりに、力強く言葉を続ける。
「要求の理非を問題にしているのではない。ウロチョロする子供を温和しくさせるには、何かで気を引いてやるのが一番だろう――そう言っているのだ」
「……何か策があるとでも言うのか?」
効果的な策を教えてくれるのなら、仮令それが悪魔であっても取引するに吝かでない――と口走りそうなハラルド枢機卿。かなり追い詰められているようだ……いや、この曲者の事だから、敢えてそう見せかけているだけかもしれないが。
「部下の一人が面白い事を言っていた。あの娘――シスター・クリスタルは、保身を重視して動いているのではないかとな」
「保身……だと?」
「うむ」
言われて改めて思い返してみれば……得物の事は言わずもがな、鼠の件も「携帯食」という観点から見れば、「保身」に一脈通じるだろう。
「つまり……〝保身〟を餌にチラつかせてやれば、彼女の気を引く事も難しくはないと?」
「難しくないかどうかは知らんが、少なくとも気を引く事は可能だろう」
「うむ……」
今まで後手々々に廻ってきた対クリス作戦で、事によると初めて先手を取れるかもしれないとあって、ハラルド枢機卿の顔色も大分好くなってきたようだ。
だが――「保身」に絡めてクリスの関心を引けるような案件となると……
「……騎士団には何か腹案があるのかね?」
「うむ。騎士団の訓練に参加させてみてはどうか――そう考えているのだが」
「騎士団の訓練に?」
それは確かにクリスの気を引けそうだが……
「……騎士団がそうまでする理由は何だ?」
……ニクラウス枢機卿の親身な申し出は、逆にハラルド枢機卿の警戒を買ったようである。
正直言ってニクラウス枢機卿個人としては、別にクリスに含むところは無い。無いのだが、部下からの報告を聞いた限りでは、関わると面倒な目に巻き込まれる臭いがプンプンする。できる事なら関わりたくないのだが……生憎とあっちは聖女候補者で、こっちはその護衛である。関わらずにいられるというのは、希望的観測が過ぎるだろう。
なら、寧ろこちらの方で事態をコントロールしたい、少なくともその下地を作っておきたいというのが本音である。それというのも……
「……先日に部下からの報告が上がってきてな。彼女は園丁と仲良くなって、鎌の使い方や研ぎ方を教わっていたそうだ……それはそれは熱心に――な」
憮然としたニクラウス枢機卿の台詞を聞いたハラルド枢機卿の脳裏に、聖女クリスが古釘と鎌を振るって奮戦しているシーンが勃然と、しかも非常に鮮明に浮かぶ。
……教会のイメージ的に非常に宜しくない。
「そうなったところで、別に騎士団が非難される謂われは無いのだがな。何か残念臭が漂うのも事実だ」
「……剣か何かを持たせた方が、まだマシだな……」
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――斯くして、たかだか十歳の少女クリスが聖騎士団の訓練場を訪れるという事態になったのであった。




