第五章 エドワード司教の困惑 3.シスター・ダニエラの報告(その2)
話の風向きがおかしな――はっきり言えば些か不穏な気配を帯びてきた事に、エドワード司教は眉を顰める。その言い方だとつまり……
「クリス……いえ、シスター・クリスタルは、神を信じないというのではなく……」
「教会の事が信用できないと?」
――だとしたらそれは大問題ではないか。
頭を抱えそうになったエドワード司教の耳に、シスター・ダニエラの言葉が届く。
「いえ……それとも少し違っていて、教会に限らず『組織』というものに対して、無条件の信を置けないようです。人が集まって『秩序』を作れば、そこには必ず『歪み』が生まれる。『組織』が大きくなれば、必然的にその『歪み』も大きく醜くなる――と」
「むぅ……それは……」
「好い例がグノア村の教会だと言われてしまうと……こちらとしても反論はしづらく……」
司教はさっきとは別の意味で頭を抱えたくなった。
クリスが言いたいであろう事は解るし、話の筋も通っている。だがそれは、教会を特別視していないだけで、組織に対して遍く不信を抱いているという事ではないか。
「どちらかと言うと、彼女が感じているのは不信というより諦めでしょう」
「慰めにも何にもなっていないな」
「別に慰めているつもりもありませんから」
「………………」
無言のまま顔を顰めるエドワード司教。どうもこのクリスという聖女候補者は、色々なところで勝手が違う。
あの年頃の子供というのは、大抵は厳しく言ってやれば、聞き分けて温和しく従うものではないのか?
「あの子の場合、既に自分なりの価値観が確立しているのでしょう――他者からの押し付けを鵜呑みにしない程度に」
「その価値観の根底にあるのが、教会や権威に対する不信というわけか。全く……グノア村のやつらも迷惑な真似をしてくれたものだ」
八つ裂き・火炙りに処すべしと、今からでも進言するべきだろうか――などと司教が密かに悩んでいると、
「組織というものに対する不信はともかく、教会との契約に対しては、ちゃんと守ろうとする姿勢を見せています。いまはそれを拠り所としていくしか無いのでは?」
「……まずは〝契約相手〟としての信頼を勝ち取るところから――か」
「そのように思います」
最低でもこちらの話を――聞き流すのではなく――ちゃんと聞くような関係に持っていかねばならない。でないとまともな教育を施すのは無理だろう。
「シスター・ダニエラから見て、性格的に拗くれた部分は無かったかね? ……教会への不信を別としての話だが」
「今日一日で見て取れた限りでは、気性そのものは真っ直ぐなように思えました。……それが吉報になるかどうかは存じませんが」
「………………」
純真な子供が真剣に、心の底から教会に不信を覚えているとすれば、これは教育どころか歩み寄りも難しいかもしれない。……なるほど、確かに吉左右とは言えないかもしれぬ。これが打算や妥協を知っている大人であれば、もう少し話も通じるのだろうが……
「先程も申し上げましたけど、あの子は歳の割に聡いところがあります。契約に対しては真摯に向き合おうとする態度を見せていますし、ひょっとするとそちらの方から話を持っていった方が早いかもしれません」
「……どちらにしても、もう少し彼女の為人を見極めてからの事になりそうだな」
溜め息交じりに会見打ち切りを口にしようとしたエドワード司教であったが、
「お待ち下さい。シスター・クリスタルより、授業に関して要望が出されています」
「要望……?」
修道会のハラルド枢機卿が、あの〝腹黒ハラルド〟が散々に引っ掻き廻されたという〝クリスの要望〟が、ついに教導局にもその魔手を伸ばしたと……?
「いえ……シスター・クリスタルの希望は、極めて筋の通ったものでした」




