第四章 クリード騎士長の困惑 3.不審な切れ端
修道会にその身柄を預けられたクリスであるが、その際に持っていたオンボロナイフその他は取り上げられている。道中の盗賊退治の実績に鑑みて、〝危ないやつに危ない刃物は持たせられない〟……と上層部が考えたせいである。私物を取り上げられる事になったクリスからは散々文句を言われたが、それでも一応は預かるだけという事で納得してもらえた。確りと預かり証は書かされたが。
とは言っても、そこはクリスも――見かけはどうあれ――初心な子供ではないからして、得物の全てを差し出すような愚は冒さない。ちゃんと古釘の二、三本は隠し持っていた。だが、手持ちの武器が心細くなったのも事実である。
そこでクリスは、乏しくなった得物の補充を図るべく、まずは敷地内の探索に精を出す事にした。あからさまに武器っぽいものを確保するのは難しいだろうが、サブウェポンとしての暗器程度なら、どうにか間に合わせる事はできないか……と考えての事である。
――クリスの願いは割と直ぐに叶う事になった。
「ふーん……木だからちょっと頼り無いけど……まぁそこそこには硬そうだし……『手の内』の代わりぐらいにはなってくれそうだね」
最初にクリスが拾い上げたのは、一本の頼り無い枯れ枝だった。
棍棒に使うには長さが全然足らず、ナイフの柄にするにも少し細すぎる。鉛筆より少し太い程度で、長さも使い古しのそれくらい……というのが一番解りやすいだろうか。
十歳児の掌に隠れる程度のそれは、どこからどう見ても武器になりそうには見えないのだが……実は材質と技倆が充分であれば、刀剣の斬撃を受け止めたり、鉄槌――肩叩きの時の拳の形――から少し頭を出すように握り込んで打撃の威力を上げたり、或いは結び付けた紐を使って敵の得物を絡め取ったりと、色々と使える武器になるのであった。
何より……
「重さも硬さも手頃だし……それに、こんなもんでも有ると無しとじゃ大違いだからね」
――という台詞が全てを物語っている。
現状でまともな武器を持たないクリスとしては、この程度のものでも確保しておくに越した事は無いのであった。
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その後、古びた納屋のようなものを見つけて入ってみると、そこはどうやら廃品廃物の置き場として使われているらしかった。錆びたナイフの一本でも無いかと期待していたクリスだが、生憎とそういうものは見つからず、
「……見つかったのは縄切れだけかぃ。まぁ、何も無いよりマシだけどさ」
荷造りにも捕縛にも使えそうにない、一メートル足らずの縄の切れ端。それだけが唯一の戦利品であった。
他に仕舞い込んであった物はと言えば……底の抜けた桶だの、割れた木椀だの、端の欠けたカップだの、ガタのきたテーブルだのと……要するにどうやっても使えないと判断されたものが、ここに集められているようだ。錆を落としさえすれば使えそうな刃物など、ここには置いてなかったのである。
それでもクリスの目から見れば……
「ちょっと工夫すりゃ直せそうなもんのあるってのに……あんまり見窄らしいもんを使ってると、世間様に対して体裁が悪いってのかい? 質素だの節制だのと言ってる割にゃ、贅沢千万な話だねぇ……」
――と呆れたのだが……後になって都市部においては、補修用の木材や樹脂を入手する方が面倒なのだと説明され、クリスは驚き呆れつつも納得する事になる。
が――それはまだ先の話である。
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「縄切れを振り回してる? 鞭にでもするつもりか?」
部下からの報告に顔を顰めているのは、近頃そんな表情が似合うようになってきたと一部で評判のクリード騎士長である。
「いえ、そこまで長いものではなく……一m足らずといったところでしょうか」
「何だそりゃ?」
mというのはこの国で使われている長さの単位で、一mは概ね一メートルに相当する。聞くところに拠るとその起源は、「当時の国王の心臓が一回脈を打つ間(概ね一秒間)に、一方向に(つまり半周期)振れる振り子の長さ」として定義され、これから逆に一秒の長さが再定義されたという。
――が、騎士長にとって問題なのはそんな雑知識ではなく、武器にするにはあまりに短いという事であった。
相手が相手だけに、鞭か何かの武器に使うつもりかと警戒したが……そんなに短いなら考え過ぎ……いや……投石紐という可能性はあるか?
「いえ、それが……投石紐に加工するような素振りも無く、何より単に振り回しているだけで、ものを投げる時の動きとは違うそうです」
「……だったら、ただの遊びか?」
子供が大人の真似をして、棒切れや縄切れを振り回すのは珍しくない。強かそうに思えても子供は子供、然したる実害は無いだろう……と、クリード騎士長は――半信半疑ながらも――納得する事にしたようだ。
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ロープを武器として使う技法は、武術としてはそう珍しいものではない。日本では分銅鎖や万力鎖の技法として発展したが、フィリピンやイタリアにはロープを使った戦闘術が残っているし、ロシアのシステマでも同様な技を教えている。
クリスは生前の知識でその一端を知っているようだが……この国ではそういった技術はまだ認知されていなかった。




