第四章 クリード騎士長の困惑 1.不審な「探険」
修道会に引き続いて異端児クリスの洗礼を受けたのは騎士団、それも王都総教会の警備を担当するクリード騎士長の部隊であった。……とは言っても、ハラルド枢機卿のように要求を突き付けられたのではなく、クリスの行動に困惑させられただけであるが。
その発端は王都に到着してから四日後、クリスの体調を観察していたアンベール修道士から、軽い運動くらいなら大丈夫だろうとのお墨付きを貰った日の事であった。総教会の内部を見て廻りたいとの申し出を聞いた修道会長官のハラルド枢機卿は、子供らしい好奇心からの「探険」だろうと判断、これを許可したのである。
好奇の瞳を輝かせて教会内を見て廻るクリスの姿は、大半の人々の目には微笑ましいものと映っていたようだが……聖騎士団にあって総教会の警備を任務とするクリード騎士隊の従士の一人が、クリスの狙いらしきものに気が付いた。
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「逃走経路の確認? あの少女がか?」
「逃走経路と言うか……部下が言うには脱出経路の確認ではないかと」
件の従士からの報告を受けて、一応クリード騎士長に報告を上げる事にした聖騎士も、半信半疑のようであった。……が、事実なら看過できない指摘なのは確かである。
「最初は部下もただの散歩だと……子供らしい振る舞いだと思っていたようですが……」
「違うというのか?」
「部下が言うには、窓の位置や高さ、施錠の如何、屋根の配置などを調べている風に見えたそうです」
「うぅむ……」
それが事実なら、クリスという少女は教会到着早々に脱出計画を練っているという事になるが……?
「……周囲の目を気にするような様子は?」
「それが……まるでそんな気配は無かったそうで……部下もその点が不思議だと言っていました」
脱出のための下準備なら、そこまで大っぴらにやるとも思えない。では、この行動の意味するところは何かと言うと……クリード騎士長には心当たりがあった。
「脱出のための行動でないとするなら、その逆なのかもしれんぞ?」
「逆……で、ありますか?」
「脱出の反対なら侵入だろう?」
「――!? あの少女が侵入者を手引きすると!?」
盗賊たちの言葉で言う「引き込み役」……クリスがそうなのかと一気に警戒した様子の若い騎士を、クリード騎士長は窘める。
「早まるな。そういう可能性が絶無とは言わんが……だとすると、それを大っぴらにやっているというのはおかしいだろう」
「あ……確かに……」
では何なのかと問いたげな部下に、
「子供の頃に憶えは無いか? 門限を過ぎるまで外で遊んでから家や寮の中へ入る時、お前はどうしてた?」
「あ……施錠の甘い場所や窓から……」
「そういう事だ」
「あの歳で夜遊びを計画しているという事ですか……?」
末恐ろしいどころではない話だが、クリード騎士長はもう一つ、別の解釈も持っていた。
「ただな……彼女が住んでいた村の事を考えると、そもそも門限だの締め出しだのという習慣があったのかという話になる」
「あ……それは確かに……」
そういう習慣の無い場所で育った子供が、はたして門限破りの対処法などを思い付くものだろうか。
「……騎士長には何かお考えが?」
「まぁ、一つだけな。そして彼女の言動に鑑みると、こっちの方が正しいような気もする」
「……それが何なのかお訊きしても?」
「大した事じゃない。食事の内容に不満があった場合、厨房や食料庫を襲って食い物を奪取する事を考えている……というのはどうだ?」
「…………大いにありそうな話に思えます」
「根拠の無い憶測に過ぎんが……一応、上の方に話を上げておくか」
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実際のところはどうだったのかと言えば、新しい場所に連れて来られたクリスが、前世の経験から避難経路の確認を行なっていただけなのであるが……食生活の件で早々に苦情を申し立てた話が広まっているため、斯くの如き誤解を受けたのであった。
まぁ、本当の狙いを隠す上では役に立ったと言えなくもないのだが……その一方で、クリスが余計な関心と警戒を背負い込む事になったのも事実なのであった。




