第三章 ハラルド枢機卿の困惑 3.食生活改善計画
肉が欲しいというクリスの主張を容れるのであれば、クリスに肉を与える必要がある。問題はそれが何の肉か……つまり、獣・鳥・魚などの一般的な肉か、それとも虫・蛙・蛇・鼠などの肉かである。
前者であれば贅沢の誹りを免れ得まいし、後者であれば下手物喰らいの悪評に甘んじる事になろう。
更に問題は――教会が〝神の前での平等〟を謳っている点にある。
平等(笑)の原則に従うのであれば、食事の水準は皆とクリスで合わせる必要がある。多数決の原則に従えば、クリスの食事を教会の水準に合わせればいい――と軽く考えていたが……教会の今の食事が贅沢だと言われれば……節制の名において清貧を守らねばならない……
――ここで選択肢は二つに収斂する。
クリスを含む修道会の全員で一般的な肉を食して、贅沢の誹りに甘んじるか……それとも全員で虫・蛙・蛇・鼠などを食して、悪食の汚名を被るかである。精神衛生の観点からは、断じて前者を主張したいところだが……
進退窮まったかと思われたところで、その場凌ぎではあれ救いとなる言葉を発したのは、修道女総管を務めるミセス・ロッテであった。
「……いいでしょう。子供の食生活と健康について詳しい者に問い合わせてから、上層部とも相談の上で決定します。今はこの食事で我慢しなさい」
「はーい」
――という次第で、問題は上層部に丸投げされる事になった。
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「……それで……〝食生活について詳しい者〟には訊ねたのかね?」
「福祉局の医務担当者――前回もお世話になったアンベール修道士です――に確認したところ、シスター・クリスタルの主張に誤りは無いそうです。子供のうちは肉などの蛋白質を充分に摂らないと、健全な成長に差し障りが出るとか」
まぁ、そうだろうな――とハラルド枢機卿も内心で同意する。肉体を作るのに肉を食べるというのは、実際に理に適った発言のように思える。
馬や牛は肉を食べないという屁理屈も出せるだろうが、そうなると今度は教会の全員が藁をモグモグする羽目にもなりかねない。ここはクリスの言い分に一理あると認めるのが――精神衛生上からも――一番だろう。
他の修道士・修道女にも肉食を推奨するのかという話に関しては――
「確かに、栄養不良の十歳児に修道士と同じ食生活を強いるのは、理不尽と言うものだな。彼女には充分な……そうだ、騎士団と同じ食事を与えたまえ。騎士団の食堂を利用できるように取り計らっておけばいいだろう。ニクラウス枢機卿には私の方から話を通しておく。それと……」
ここでハラルド枢機卿は暫く言い淀んでいたが、
「……肉を摂る事が必要なのは何歳ぐらいまでか、これもアンベール修道士に確認しておきたまえ。場合によっては若い者たちの食事内容を見直さなくてはならん」
「畏まりました」
「あと……虫の件は福祉局、特に給糧計画部門には伝わらないように計らってくれたまえ」
福祉局の給糧計画部門は、孤児院や施療院の食事、或いは難民などへの炊き出しに要する食物の確保を担当する部局である。必要充分な食糧を予算内で確保するのに、日頃から頭を痛めている彼らに対して、この昆虫食の情報など伝えた日には、嬉々としてその実地投入を提案してくるに決まっている。そして――余計な事を教えたとして、修道会が非難されるのも目に見えている。
「既にミスタ・セバスチャンとも相談して、居合わせた者たちには箝口令を布いてございます――厳重に」
「……ご苦労だった」
酷く疲れた気がするが、ともあれこれで一件落着……と、思いかけたハラルド枢機卿であったが、
「お待ち下さい。シスター・クリスタルからは他にも要望が届けられております」
――という無慈悲な宣告を受けて、危うく神を呪うところであった。




