第三章 ハラルド枢機卿の困惑 2.少女の語る辺境食生活事情(その2)
怖れ慄く修道士たちであったが……レック村における食生活の実態は、彼らの想像とは少し違っていた。
確かに、〝野草やドングリ、昆虫や魔物の肉を日々の糧にしている〟事に偽りは無いが……それが不味いかどうかはまた別問題である。
クリスは前世の知識によって、水晒しによる渋抜き毒抜きの方法を知っており、その恩恵でレック村の食生活は一気に豊かになっていた。何しろ、それまで食べられないものとして放置していたダグやシカ(地球で云うドングリに相当)の実やリコラ(地球で云うヒガンバナに相当)の根が、水晒しだけで主食に化けるというのだ。摂取カロリーは一気に倍増である。
更にクリスは、蛋白源として昆虫に注目した。前世では蚕や蜂の子・蝗、更には鉄砲虫やざざ虫なども立派な食料であったから、子供の頃には能く食べていた。レック村では昆虫食の習慣は無かったようだが、他ならぬクリスが平気で口にしているのを見た家族が、次いで近所の者たちが恐る恐る試してみて……あっさりと転んだ。
一旦口にして慣れてしまえば、身近で手軽に採集できて調理も簡単な昆虫は、優秀な食糧資源であった。爾来レック村は、総出で昆虫食のありがたみを享受するに至っている。まぁ、食糧自給率向上のためには、手段を選んでいる余裕など無かったというのも大きいであろうが。
毒草から昆虫まで口にするとなれば、もはや怖いものは何も無い……とばかりに村の者たちは、それまで手を出さなかった鼠や蛙、蛇の肉にまで食指を動かすようになる。結果としてレック村の食生活は、実際には過去に例を見ないほど――まぁ、〝過去の例〟というのが酷過ぎるというのはあるが――豊か(?)になっているのであった。
だが――そんな実態はどこ吹く風と、口を拭って素知らぬ顔のクリスによる糾弾はなおも続く。……実情を知っている者が聞けば、どの口で言うのかと呆れるだろうが。
「大体、遠慮も心配も無しに水を飲めるなんてのが贅沢なんだ。辺境じゃ獣の血とか小便を濾して飲む事もあるんだ」
――と、少し大袈裟に言ってやると、聞いている者たちが青褪める。
まぁ……これも必ずしも嘘ではない。嘘ではないが……嘗て酷い旱魃に見舞われて、近くの水源が悉く涸れた時に、そういう事があったというだけである。
――が、そんな内幕を知らない修道士・修道女の内心は、文字どおり千々に乱れ困惑していた。この不穏な話の終着点はどこになるのだ? まさかとは思うが……我々まで虫を食べたり血を飲んだり……?
居合わせた一同が青褪め震え始める中、果敢に声を上げたのが、修道士総管を務めるミスタ・セバスチャンであった。
「つまり……シスター・クリスタルの言いたいのは……」
「あたしまだ見習いなんだけど、シスターでいいの?」
「あぁ……見習いという呼称は正式には無いのでね。シスターで構わない筈だ」
厳密に言うならば、修道女や聖女の候補者はそれぞれ修練女や修練聖女と呼ばれる事になっている。
ただし――その「候補者」である彼女たちですら何れも十五歳を過ぎていると聞いて、十歳という謂わば駆け出し以前の自分が同じ扱いでいいのかと、クリスは疑問に思ったようだ。
だが、クリスのようなケースは飽くまで例外中の例外であり、そのために態々新たなカテゴリーを設けたりはしないと説明されて、クリスも納得したのであった。
まさか幼年だからといって、「シスター」ならぬ「お嬢ちゃん」とも呼べないではないか。
「……で、話を戻すんだが……今より……その……〝質素な〟食事にしろと言いたいのかね?」
――この場合の〝質素〟というのは、無論〝虫や蛙や蛇や鼠を喰らい、濾過した血液や小便を飲む〟事なのは言うまでも無い。修道士や修道女の中には目を瞑って、何やら祈りの文句を唱えている者もいる。
「ん~……いや、黒パンに文句をつけるつもりはないんだ。あたしにとっちゃ〝贅沢品〟だしね。ただ、成長期の子供として言わせてもらえれば、健康な身体を作るための肉が欲しい。それが〝贅沢〟だって言うんなら……」
ここでクリスは思わせぶりに〝贅沢〟にアクセントを置いた後、一旦言葉を切ってチラリと辺りを見回して、
「……鼠でも蛙でも虫でもいいから、食べさせてもらえないかな――って」




