第三章 ハラルド枢機卿の困惑 1.少女の語る辺境食生活事情(その1)
さて――思いがけない成り行きで、〝十歳にして四属性持ちの、おまけに教会に含むところのあるらしい聖女候補者〟などという集束地雷のような存在を抱え込む事になったペルトラン王国ミネラリア総教会であるが……案の定と言うか、早々に困惑させられる事態に直面していた。まぁ矢面に立たされたのは、専ら修道会の上層部、具体的にはハラルド枢機卿であったが。
真っ先に問題になったのは、聖女候補者クリス――改めクリスタル――の健康状態であった。
「栄養状態が極めて好くありません。体調不良のギリギリ一歩前という感じです、まずは体力を付けさせる事が最優先で、修行だの教育だのはその後です」
総教会に連れてこられたクリスは、沐浴と着替えをさせられた後で、総教会詰めの医師だというアンベールという修道士の診察を受けたのだが、その結果がこうなのであった。
まぁ、見るからにガリガリの痩せっぽちのチビ助であって、十歳児の平均に満たないのは素人目にも明らかであったから、栄養を摂らせるのが優先という見解に異論は無い。ただ、エンリー聖騎士らの報告に鑑みて、そこまで状態が悪いとは思わなかっただけである。
「先程も言いましたが、ギリギリのところで保ち堪えているという感じですね。これ以上の無理はさせられません。栄養と休養を取らせるのが先です」
「なるべく早いうちに基礎教育だけでも始めたいのだが……」
「医師として容認できません」
〝聖女候補が身体を壊したら元も子も無いでしょう、そうなったら誰が責任を取るんです?〟――とまで医者に言われてしまえば、総教会の幹部たちも温和しく引き下がるしか無い。「責任」という語はいつの世でもマジックワードである。
まぁそういったわけで、クリスの身柄を預かる事になった修道会では、クリスに彼ら視点での「療養生活」を送らせる事にしたのであったが……
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「苦情が出ている? ……クリスタル聖女候補生からかね?」
クリスの指導を任せた修道女総管のミセス・ロッテ――「ミセス」は修道女総管職に対する敬称。ちなみに修道士総管は「ミスタ」の敬称で呼ばれる――からの報告に、修道会長官のハラルド枢機卿は(見た目だけは)人の好さそうな顔に戸惑いの表情を浮かべた。彼女には手厚い療養生活を送らせているのではなかったか?
「はい、それが……彼女の申しますには……」
――クリスが真っ先に文句を付けたのは食事である。
質素清貧をモットーとする修道会の食事であるから、その内容も慎ましく、基本はパンとスープのみ、偶に魚の一切れでも付けば上等というものであったが……自ら欠食児童を以て任じるクリスとしては、これは容認できない事態であった。
「こちとら臍の緒切ってこの方、粗食ってやつしか戴いてないんだ。節制なんて来世の分まで済ませてらぃ。その挙げ句が今のこの態なんだってのに、同じ食生活を続けさせて『療養』が聞いて呆れらぁ。これで修行だの何だのさせられて、栄養失調で倒れるような事になったら、児童虐待の実態を大声で触れ廻ってやる」
――と、正面切って修道会に啖呵を切ったのである。
「黒パンとスープが質素だって? はんっ、あんたらの言う〝質素〟ってもんが、どんだけ贅沢なのか教えてやろうか。辺境じゃそもそも、麦を粉に挽いてパンを焼く……なんて贅沢な真似をするやつなんかいやしない。軽く挽き割りにして薄い粥にするのが当たり前、その粥だって一日に一回食べられりゃ上等なんだ。あたしたちゃ草っ葉やドングリ、虫けらや魔物の肉を食って露命を繋いでるんだ」
立て板に水の勢いで捲し立てるクリスの辺境食生活事情に、今の今まで「清貧」を自認していた修道士たちもドン引きである。挽き割り麦の粥くらいまでは知っていたが、野草やドングリ、昆虫や、果ては魔物の肉を常食にせざるを得ない生活とは……




