第二章 異才の処遇 1.問題の本質
エンリー聖騎士が退出して後、室内に残った幹部――総教会の各局を統括する枢機卿たちは、揃って顔を見合わせた。
グノア村教会の不正を糺すために送り出した巡察使が、思いがけず【光魔法】持ちの人材を発掘してきた。それはいい――どころか、教会にとっても大いに喜ばしい話である。ただし、彼らが手放しで喜べない理由もあるわけで……
「色々な意味で、当教会始まって以来の事態ですな」
「確かに……」
「一つならまだしも、ややこしい条件がこれだけ重なると……」
彼らが頭を寄せ集めて悩んでいる理由とは、一に懸かって今回の件が前例の無い規格外の事態である事、これに尽きる。
いやまぁ確かに、異世界からの転生者で前世記憶持ち、ついでに固有スキルまで持っている――という、規格外にして常識外にして埒外にして論外な案件なのは事実だが、ここに雁首揃えた教会幹部はそこまで知ってはいない。
……という事はつまり、それら最大の問題点に目を瞑ってもなお、彼らを途方に暮れさせる理由というものがあるという事になる。今それをここに列挙してみると――
①聖女候補者が【光魔法】と【闇魔法】を含む四魔法持ちである事。
②聖女候補者が十歳児である事。
③聖女候補者が――控えめに言っても――異端児であるらしい事。
――の三つになる。それらについて順番に説明しておこう。
まず①についてであるが……グノア村でエミリオ巡察使が力説していたように、【光魔法】のスキル持ちは稀少であり、今回の候補者も前例どおり教会に召し出される事になる。
それだけなら単なる慶事で終わったのだが……あろう事か、この時見出された候補者は、【光魔法】の他に【闇魔法】【火魔法】【木魔法】まで持った四属性持ちときた。さすがに教会でも、ここまで破格な魔法スキル持ちの新人を抱え込んだ経験は無く、この「逸材」をどう扱うべきか決めかねているのが実情であった。
今更の話であるが、教会が【光魔法】持ちを優遇するのは、それが治癒や回復の他に、様々な状態異常の解除や戦闘時のバフ、果ては退魔・祓魔や除霊・浄化など、民衆が教会に望む事のほぼ全てを得意としている――というその特性にある。〝一家に一人〟とまでは言わないが、〝一教会に一人〟ぐらいは確保しておきたい人材なのだ。〝飛んで火に入る夏の虫〟……ではないが、棚牡丹式に転がり込んで来た稀少な【光魔法】持ちを、逃すわけにいかないのは理解できる。
しかし、問題の候補者が同時に【闇魔法】【火魔法】【木魔法】まで持っているとなると……候補者の適性が那辺にあるのか、後年どの属性を得意とするようになるのかが読み切れない。のみならず、万事において【光魔法】と対照的な【闇魔法】が育った場合、教会として望ましい展開になるのかどうかすら判らない。【光魔法】を至上とする教会にとっては、或る意味で地雷のようなものである。然りとて放流するわけにはいかない以上、教会で囲い込むしか無いのであるが……正直、微妙にして複雑な感興を抱かざるを得ない。
次に②についてであるが……意外に思われるかもしれないが、教会が十歳の聖女候補を抱え込むというのは、絶えて無かった事態であった。こう聞くと〝はて、この世界では十歳でスキルや適性が明らかになるのではなかったか?〟――と、訝る向きも出てこよう。
それに対して説明を付しておくと……まず、この世界での成年は十五歳、正式な契約を結んでの就労が可能なのは十三歳からであり、就学は十二歳からとなっている。すなわち、十歳でスキルや適性が判明しても、受け皿となる就職先や就学先が――非公式な弟子や徒弟という形式はあり得るが、公式には――存在しない。十歳という年齢を考えた場合は尚更である。
ゆえに、最低でも二年間は親元で育成する事になる……通例なら。
ところが……今回見出された聖女候補者は稀代の逸材。しかもその事実が、腹の立つ事に既に公になっている。
このまま地元親元に放って置くと、就職前に囲い込もうとする連中が善からぬ手を伸ばすのは必定。【光魔法】持ちは教会に召し出すという天下の祖法・定法を振り翳したところで、その前に養女として囲い込み、養育先から教会に送り出すという手を使われたら如何ともし難い。余計な紐が付くのを防ぐためには、一刻も早く教会で抱え込むしか無い。
ただ……今回のような事態は異例中の異例であった。
それというのも、これまでの【光魔法】持ちはほとんど貴族家か裕福な家の出身で、然るべき年齢まで親が養育するのは当たり前となっており、それはそれで面倒が無かったのである。今回のように、或る意味フリーな【光魔法】持ちが出現する事の方が異例なのであった。
なお、余談ながら【光魔法】以外の魔法持ちの場合も、貴族なら十二歳での就学、平民なら十三歳での就労を選ぶ者が大半であり、金銭収入の見込めない教会の門を叩く者は多くない。況や十歳児においてをや――である。
以上から導き出される結論として、教会にしても十歳の聖女候補者を育成した経験など無く、当然そのノウハウも持っていない――という事になる。
彼らが頭を抱えるのも当然なのであった。
そして③であるが……たった今エンリー聖騎士から聞いた限りにおいては、件の聖女候補者――クリス改めクリスタルという名前に落ち着いたようだが――は、かなりな異端児・異分子であるらしい。
斯くて――取り扱いが困難を通り越して不詳の三乗となった聖女候補者を、どこの部署がどう扱ったものか……それこそが彼らの直面している大難題なのであった。




