第一章 エンリー小隊からの報告 1.クリス改名次第
レック村を発ってから一週間後、ペルトラン王国の王都ミネラリアに到着したエンリー聖騎士は、クリスの身柄引き渡しなどをスリーダス従士長に任せると、沐浴と着替えを済ませてから、総教会内の一室に足を運んだ。任務の報告のためである。
「聖騎士エンリー、帰還報告に参りました」
「予定外の任務をご苦労だった。まずは掛けたまえ」
「はっ! 失礼します」
緊張を声に滲ませながら、エンリー聖騎士は用意された椅子に腰かける。
彼の緊張も故無きものではない。何しろ、通例なら精々が騎士団長に報告すれば済むところを、なぜか今回は室内に最高幹部のお歴々が、ズラ~~~リと待ち構えていたのである。
一介の聖騎士が――騎士長を飛ばして――騎士団長に直接報告するのすら異例なのだが、何しろ今回は直属上官のリュモン騎士長が別行動という事情があるので、そこまでは仕方ないとも言える。
しかし――他部門の長たる枢機卿たちまで、ゾロ~~~リと雁首を揃えているのは……
(……やっぱり、彼女のせいなんだろうな……)
グノア村における「祝福の儀」で思いがけず見つかった聖女候補、彼女が原因に違いない。
「事の顛末については、エミリオ巡察使とリュモン騎士長から簡単な報告が届いている。しかし、遺憾ながら彼らはまだデイル辺境伯領から戻って来ていないのでね。手間をかけるが、話の発端から報告してほしい」
「解りました。まず、問題の少女クリスは――」
「クリス――何だね?」
エンリー聖騎士の報告を途中で遮ったのは、事務局の長官であるレイモンド枢機卿であった。細かな事が気になって仕方のない性格で、今回はクリスの名前が気になったらしい。
「いえ……ただの〝クリス〟だそうですが」
「ただの〝クリス〟? それじゃあ男なのか女なのか判らんじゃないか」
エンリー聖騎士は目をパチクリとさせているが、居並ぶ他のお歴々は、〝まぁ~たレイモンド親爺の隅っこ穿りが始まったよ〟――という表情を浮かべている。どうやら彼の性格は、同僚には能く知られた事らしい。本人も好くないと自覚しているようだが、生まれ持った性格というのはそう簡単に変わるものではない。
ただ……今回ばかりはレイモンド枢機卿の言い分にも一理があった。
嘗ての大司教が命名したとかで、こちらの世界には「クリス~」という名前がやたらと多いのだ。男ならクリスチャンやクリストファー、およびその派生形。女ならクリスティナおよびその派生形といった具合である。
それなのに、聖女候補者の名前が選りにも選って〝ただのクリス〟とは、男か女かも判らない――「聖女」だから女に決まっているとは突っ込まないように――ではないか。人員の管理を職掌とする事務局の長としては、一言物申したくなるのも無理はない。
「はぁ……どうも父親が名前を考えるのを面倒がったようで……『クリス』なら男でも女でも使えると考えたようです」
「わが子の名前をそんな勝手な理由で決めたというのか、その男は」
細かな性格からつい口を差し挟んでしまったせいで、報告会の本題に入る前に脇道に逸れてしまい、同僚からは冷ややかな視線が降り注いでいる。レイモンド枢機卿もそれは自覚しているのだが、自分から口を出してしまったために引っ込みが付かない。
だが……この上更に少女の父親の責任問題にまで話を拡げると、間違い無く拙い事になる。そう考えたレイモンド枢機卿は、力業で事態の収束を図る。
「……仮にも総教会の聖女候補者が、そんな性別不詳の名前では困る。書類上は『クリスティン』か『クリスティナ』か、そういう女性名に訂正しておきたまえ。普段は『クリス』呼びで通しておけば、本人からも文句は出んだろう」
話の後半は、自分の後ろに控えている部下に向けたものだが……今度はその部下から物言いが付いた。
「はぁ……しかし総教会内には、クリスティンもクリスティナもクリスティーヌもクリスティアーネも、何れも複数名おりまして……」
名前の響きが好まれたのか、「クリス~」は貴族と平民とを問わず人気のある名前であった。当然、教会内にもその名前を持つ者は多くなる。あまりに多いので、普段は〝巻き毛のクリスティ〟とか〝泣き黒子のクリスティン〟とかで区別している状況なのだ。仮にも聖女候補者という事を考えると、その程度の改名で状況が改善されるとは言い難い。聖女の名前が〝チビっ子クリスティナ〟では締まらないではないか。
「……なら『クリスタル』だ。これなら同名はおらんだろう」
「お待ち下さい……確かに同名はおりませんようですので、そのように訂正しておきます。通常は『クリス』呼びという事で」
「うむ、そのように」
――報告会はまだ始まってもいない。




