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佐久間湊からのLINEには普通に返信した。
別になんてことはない配信の話と、イラストを見たいというから、画像を送った。
登録してるサイトを教えるまではしなくてもいいかなと思った。
出来がいいものも、出来が悪いのも、そのまま置いているからだ。
それだけでメッセージは終わった。
友だちになったらしい。わたしと佐久間湊が。
佐久間湊のメッセージを見るたび、成瀬さんの震えた手だけをなぜだか何度も思い出した。
夏休みが明けた教室は、みんなが夏の思い出に花を咲かせていて騒がしい。
その中心に、やっぱり佐久間湊と成瀬さんはいた。
成瀬さんはちょうど教室の真ん中あたりで、取り囲む女子三人組の中で、口元に手をやりながらきれいに笑っている。
「小川さん、こっちこっち」
佐久間湊が屈託のない笑顔でわたしを手招きしているのが見えて、わたしが近づくと成瀬さんも、表情のない目でわたしを見ていた。
「はい」
わたしは自分の席を立った。
クラスメイトの視線を感じるけれど、不思議と緊張しなかった。なんでだろう。当たり前みたいにそちらに歩いて行くことができた。
「小川さんって絵めっちゃうまいんだよ。今度文化祭の絵、描いてもらおうよ」
佐久間湊がわたしを呼び出した途端、すぐに言った。いつもながら勝手に決めている。
「わたし……」
成瀬さんを、もう一度見る。少し瞳が揺れている。
成瀬さんはわたしを見ていた。
「いいよ」
わたしは答えた。
普段なら、たぶんそんなこと言わなかった。
断るか、そのまま押し黙るか。それがわたしだったはずなのに。
成瀬さんの瞳だけが、わたしを動かしているみたいだった。
「佐久間くん。これどうかな。とりあえずラフ程度なんだけど」
「ありがと。めっちゃいいじゃん」
放課後。机を四角に作って、企画会議をしている佐久間湊にスケッチブックに描いたラフを渡した。
彼はさんきゅと歯を見せて笑った後、そのまま隣の席の成瀬さんに手渡す。
「確認して」
「うん。良いね。小川さんって絵うまかったんだ」
成瀬さんが、穏やかに微笑んだ。
9月の中旬になるころに、わたしたちのクラスはお化け屋敷をやることに決まって、わたしは看板とポスターを描くことに決まった。
成瀬さんと、佐久間湊はそれぞれ副リーダーとリーダーに順当に収まった。
二次元風の絵がいいらしくて、わたしも得意だった。去年は何もせずそそくさと帰っていたのに。
「そうだよ、意外とね」
わたしもそう答えた。
「あれ? 知らなかったんだ。幼馴染じゃなかったんだっけ」
佐久間湊が不思議そうにわたしたちの顔を見比べた。
「家は近いけど、意外と交流なかったよね」
成瀬さんは口角を上げて、まるで俳優みたいな笑顔を作っているように見えた。
放課後の作業中、佐久間湊が広めたおかげなのだろう。
わたしのイラストを見たいと言ってくれるクラスメイトの女子が数名わたしのところに来た。
あまりしゃべったことはないけれど、いつもアニメとか漫画とかVの話をしている子たちだった。
「小川さんもイラスト描くんだよね? 佐久間君が見せてくれたけど、めっちゃ上手だった」
漫画でしか見たことないような、左右きっちり三つ編みにした子が早口で言った。
「ありがとう?」
「pixivやってる?」
「うん」
やっているのだけれど、あかりが遠くで作業をしているから、この子がいるとよく見えない。
「よかったら、アカウント教え合わない?」
「ちょっと恥ずかしいかも」
あかりをモチーフにしたイラストも置いてあるし。
「えー……まあそうだよね。いきなりは、だよね。今度お話ししない? 趣味とか合うかも」
周りの子たちも頷いている。もしかしたら、趣味は合うのだろう。
「また、今度ね」
曖昧に微笑むと、三つ編みの子が何かを察したように「へへ」と軽く笑った。
申し訳なさは、ちょっとある。でも、わたしと仲良くしたってきっと楽しくない。
あかりは変わらず佐久間湊と真剣な目をして作業を進めていた。
放課後の作業が終わったら、成瀬さんと佐久間湊は二人で帰ってしまった。
そんな日々が半月ほど続いていた。
用具入れのことは、もうばれてしまった。
それでも、誰に言われたわけでもないのにわたしはそこにいる。
エアコンが届かず暑苦しくて、わたしの汗が顎から垂れる。耳をすませば向こう側に成瀬さんがいるような気がした。
成瀬さんにメッセージを送っても返事をしてくれなくて、話しかけても小川さんと呼ばれる。
もしかしたらまた、このまま他人に戻ってしまうのかも。
それだけが怖くて、無駄にたまっていく佐久間湊とのやりとりだけが、ただ痛かった。
「佐久間くん。昨日の配信見た?」
わたしは昼休み、教室でお弁当を食べる二人に声をかけた。
だって、あかりはわたしにいつも遅いという。だから、動かなきゃって思った。
「お。見た見た。あのコラボガチで最高だよな」
「ね。知ってる? あの二人って前世でも絡みあるんだって」
脚は震えたけど、意外とすらすらと言葉は出てきた。
佐久間湊は本当に話し相手が欲しかっただけなのだろう。堰を切ったように、Vに関するエピソードが出てきた。
「あ、やべ。俺ばっか喋りすぎ?」
「ううん。そんなことないよ。わたしも好きだから、話ができてうれしい」
たぶん笑えた。長いこと笑っていなかった気がして、口元がひきつってしまったけれど、ちゃんと笑顔だったはずだ。
「あかりは、このV知らないんだったよね。見てみてよ。めっちゃいいから」
佐久間湊が成瀬さんの肩を軽くつついた。
「え」成瀬さんがはっとしたように顔を上げた。「あ、ごめん。うん、あんまり知らない」
「成瀬さん。わたし、色々曲とか、おすすめできるよ」
わたしが言うと、成瀬さんはわたしの目の奥を、一瞬だけど、まっすぐ見てくれた。
「今度私にも教えてよ。ね、湊」
わたしから目を離した成瀬さんが、笑った。
その週の休日、わたしは佐久間湊が教えてくれた美容室に行った。頭の形から、髪質まで検査されて、長いこと美容師とどんな髪型がいいのか話し合った。
正確に言えば、美容師がこれが似合うという提案に、ただ頷いていた。
かわいくなれば、あかりはもっとわたしを見てくれる。
どこかしっくりこないそんな考えが、髪を切られている間、おへそのあたりにずっとあった。
「あれ、髪ばっさりいってる」
登校するなり、成瀬さんと座って談笑していた佐久間湊が顔を上げて言った。
ずっと首元にあった髪がなくて、そこを何度も撫でた。違和感だらけで、ちょっと寂しい。
「うん。佐久間くんがおすすめしてくれたところ、行ってみた」
「へぇ。よかったっしょ。めっちゃいいじゃん!」
「そう?」
「うん。絶対そっちのほうが良いよ」
「髪、切っちゃったんだ」
成瀬さんが小さな声で言って、目を細めた。
「すごく伸びてたから。暑かったし」
訊かれてもいない言い訳を、わたしは返した。
「そっか。似合ってるよ。そっちも」
「そうだといいな」




