8
「今日遅かったね」
「そうかな」
「そうだよ。こはるはいっつも遅いよ」
彼女が囁きつつ、わたしの腕に袖を通していく。
ネイビーの七分丈のワンピースは、普段の制服よりスカートが短くて脚がなんだか心もとない。
彼女が中学生の時によく着ていて、わたしが着ると少しだけ大きかった。
着終わった後、彼女は一歩下がって全体を見てから頷いた。
「似合うじゃん、こはる」
「あかりの匂いがする」
素直に言ってしまった。クローゼットに仕舞われていた時のような虫よけ剤とかの匂いはしなくて、あかりがいつもつけている柔軟剤っぽい香水の匂いと、あかり自身の匂いがする。
「うわ、変態だ」
けれど彼女はくすぐったそうに笑った。
それからベッドの上に置いてあったスマホを取って、わたしにカメラを向ける。
「写真撮っとくね」
「えっと、うん」
わたしが頷くと、彼女はスマホの画面を覗き込みながら言う。
「笑って」
微笑んだつもりだけど、ぎこちなかったのだろう。彼女は不満そうに唇を尖らせた。
「もっと自然に笑って。私のこと見て、私のこと考えて。そしたら大丈夫でしょ」
「うん」
成瀬さんのこと。温かい思い出がいっぱいあった。
小学生の時、仲良かった男子が急にわたしの悪口を言ってきて、成瀬さんは「こはるちゃんは悪くない」とかばってくれた。何度も、何度も。
そのことを思い出したら、自然に口元が緩んだ。
「かわいい」
成瀬さんも満足そうに顔を綻ばせて、何度かシャッターを押した。
「それ、どうするの?」
「どうもしないよ」
彼女がちょっとだけ視線を逸らした。
成瀬さんなら別に悪いようにもしないだろうし、彼女のスマホの中にわたしの姿があるのはくすぐったかった。
写真が撮り終わると、成瀬さんがわたしにベッドの上に寝転ぶよう言った。
成瀬さんはベッドに膝をつき、あおむけになったわたしの横に手を置いて、すぐ上から覗き込んできている。
「こはる、脚きれいだよね。白くて羨ましい」
彼女の指がふとももをなぞった。
「外に出てないだけだよ」
「いいの。こはるはそれで。すごく似合ってる」
「嬉しい」
「私も嬉しい」
成瀬さんがふいに、苦しそうに眉をしかめた。
「私、着られなくなっちゃったんだ。その服」
彼女がわたしの唇に指を触れて、そのまま首筋をなぞった。
「わたしは着られるから、嬉しいよ」
「私さ、結構頑張ったんだよ」
「あかりは、今でもすごくスタイル良いと思うけど」
「すごく、頑張ったんだよ。ひとりで」
「あかり?」
「私って、湊に愛されてるんだと思う。なんでもいうこと聞いてくれるし。ほら、私って、かわいいし、人気者だから」
首筋の指が爪を立てた。引っかかって、少しだけ痛かった。
「うん」
「こはるは、私のことまだ好き?」
「す……好き」
「ちゃんと言って」
「好き」
「誰が、誰を?」
「わたしは、あかりが、好き」
「ちゃんと言ってよ」
「好き。あかりのこと大好き」
「知ってる」
彼女が唇を近づけて、そのままキスをした。
彼女の舌が、わたしの唇にちょっとだけ触れた。
その時、ベッドに置いていたわたしのスマホが、耳元で震えた。
「あれ」
あかりがわたしのスマホを見て、そのままベッドから立ち上がる。
さっきまであった体温が遠ざかって行った。
「湊からだ」
「そうなんだ?」
わたしも上半身を起こして、スマホを拾い上げた。
本当に連絡してきたみたいで、特に感慨もなかったけれど、あかりに見られるのはあまりよくないことぐらいはわたしにもわかる。
『この前はありがと。こないだの配信見た?』
「連絡取り合ってるんだ?」
「ううん。この前、本屋で会って。それっきり」
「配信だって」
「うん。同じVが好きって、言ってた」
「私、知らなかった」
成瀬さんは普段通りの声だった。
「あかりも、昔好きだったやつだよ」
「とっくに忘れたよ」
成瀬さんの手が少し震えた。
わたしのおへそのあたりに、熱いもやみたいなものが渦巻いた。
あかりがようやくわたしを見てくれた気がした。




