13
わたしは目だけで教室をぐるりと見渡した。
文化祭の準備はいよいよ佳境に入って、椅子と机が後ろに下げられた教室には、段ボールや黒い布があちらこちらに散らばっている。
あまりよく知らない人に話しかけるのって、緊張する。すごく当たり前なことを、わたしは今更になって実感した。
準備はしてきた。あかりが佐久間湊と会話するときにどういう風にするかとか、どんな表情をするかとか。それに共通の趣味だって、会話の流れだって考えてきた。
だから、平気だ。
自分の描いた背景絵が貼られた段ボールを床に置いて立ち上がる。
佐久間湊は床にあぐらをかいて段ボールを切っている最中で、あかりはすぐ隣で衣装の小道具を作っていた。
「佐久間、くん」
「ん?」
彼が顔を上げた。
「言われてた作業、終わったよ」
「ありがと。見に行くわ」
彼が立ち上がる。次は、
「昨日の、配信みた?」
「え? ああ、うん。背景見せてよ」
反応が薄い。想定だとここから話が弾むはずだったのに。
彼がわたしの座っていた場所にさっさと行ってしまうから、何も言わずついていくしかなかった。
「うめえ。そしてはええ」
「あ、うん」
どうしよう。流れがずれてしまった。
「本番も近いし、かなり切羽詰まってたけど、まじ小川さん助かるわ」
「うん。はい」
「じゃあ、次は段ボールに血痕風に塗っていってな」
彼がさっさと踵を返そうとするから、慌ててわたしは言った。
「待って」
「ん? どうした?」
「ええと……」
話したい事が、何も思い浮かばなかった。頭の中が熱くなって、余計に口が回らなくなった。そもそも他人との会話ってどうやるんだっけ。
「なになに。どうした」
そうだ。あかりの普段の姿が思い浮かんで、彼の袖に手を伸ばして、ちょっと触れた。
「なんか付いてた?」
「うん……」
「うん。ありがとう? じゃあ俺戻るな」
なんでだろう。ぜんぜんうまく行かない。
あれから数日、色々試してみた。話しかけてみたり、相手からの話に応じたり、隣で一緒に段ボールにポスカで絵を描いたりした。
趣味の話はたくさんできたと思う。でも、何かが、あかりと佐久間湊との間に流れる空気と違う。
わたしには何がダメなのか分からない。
『お話をしませんか』
休日に、送ってみた。もうできそうなことはこれぐらいしか思いつかなかった。
『あかりも誘ってみる。ファミレスでいい? 部活終わってからだから夕方になりそう』
わたしは二人で、というつもりで送ったのに、今更訂正もできなかった。
結局、あかりと3人になってしまった。
向こう側の席に座った二人がメニューを見ていて、お互いの距離は肘が触れそうなぐらい近い。なんだか机がやけに広く感じた。
「ポテトうま」
と、シェア用に注文したポテトを真っ先に佐久間湊が口に頬張る。
あかりの方を見ていたら、
「小川さんも食べたら?」
そうやって促されたけど、このまま手で食べて良いのか、フォークとかを使うべきなのか分からないから「うん」とだけ頷いた。
「小川さん、最近どう?」
佐久間湊が塩のついた指を舐めてから言った。
「普通に元気だよ」
「ならいいけど。最近よく話しかけてくれるからさ。なんか、俺悪いことしたかなと思って」
「ぜんぜん、なにも」
「ぶっちゃけ訊くけど、何で今日誘ったの?」
「お話がしたいから」
「うん。どんな?」
「Vの話、とか……」
「それは、別に学校でもできるくない?」
「ええと……」
「なーんか。最近そんな感じだよね。話しかけてくれるけど、反応鈍いって言うか。ああ、ごめん」
佐久間湊が顔をくしゃりとさせて、笑って続けた。
「気に障ったらごめんだけど、単純によくわからんなって」
彼に言われて、ああ、そうかと思った。
結局わたしは話したい事なんて何もなくて、だから会話が続かない。
わたしは自分が変わった気でいたけれど、変わったのは髪型とかの外見ぐらいだけみたいだった。
「小川さんは、文化祭のことの話がしたかったんだよね?」
あかりにそんなことを言われて、急に首筋が熱くなった。
切ってしまった髪がまだそこにあるみたいで、触ってみたら何もない。
切らなければ良かった。
そんな考えが頭を巡って、無性に自分に腹が立った。
「わたしは、佐久間くんともっとお話がしたい」
このままじゃだめなのに。せっかく、あかりが見てるのに。
「うん。話してるじゃん。Vとかの」
話すだけじゃダメ。
じゃあ、もうこれしかない。
言いたくはないけど。
「わ、わたしは……キスとかも、したい」
言った瞬間、佐久間湊がぎょっとして、指からポテトを落とした。
それから、目が鋭くなった。
「小川さん。俺は彼女いる」
「ごめんなさい」
鼻がつんとした。何もうまくいかない。
「それ以前に本当に俺なの? あかりのことを見る目がなんていうか……俺は好きじゃないな。最初に覗いていたのもそういうことだったのかって思うし」
「え……」
「勘違いかもしんないけど。別に小川さんが、仮に女子が好きであっても全然良いと思うし。でも、あかりに対してはそういうのはやめてほしい」
「ごめん、なさい」
わたしは思わず頭を下げて、机の木目を睨んだ。何に対して謝っているのかすら分からなかった。
とにかく涙が出ないように必死だった。ここで泣いたら、本当にどうしようもない。
「湊」
あかりの声がした。
「うん?」
「こはるが私をどう見ようが、湊には関係なくない?」
「自分の彼女のことだし、関係あるだろ」
「それは、そうだけど……」
あかりの言葉が胸にやけに刺さった。わたしが何とかしたかったのに。
みじめだ、と思った。
二人のやりとりももう見たくなくて、財布からお金を取り出して机にほとんど放り投げるように置いて、席を立って逃げるようにファミレスから出た。
外に出たら日が落ちていた。ファミレスに面した幹線道路は車が多くて、とてもうるさい。それが色んなものを覆い隠してくれそうで今はありがたかった。
薄々分かっていた気がする。
わたしは見せる側じゃなくて、見る側なのだということに。
どう考えても二人はお似合いのカップルで、わたしがいるのはずっと用具入れの中みたいだった。
結局涙が出た。
「こはる」
あかりの声がして、振り返った。




