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 わたしは目だけで教室をぐるりと見渡した。

 文化祭の準備はいよいよ佳境に入って、椅子と机が後ろに下げられた教室には、段ボールや黒い布があちらこちらに散らばっている。

 あまりよく知らない人に話しかけるのって、緊張する。すごく当たり前なことを、わたしは今更になって実感した。

 準備はしてきた。あかりが佐久間湊と会話するときにどういう風にするかとか、どんな表情をするかとか。それに共通の趣味だって、会話の流れだって考えてきた。

 だから、平気だ。

 自分の描いた背景絵が貼られた段ボールを床に置いて立ち上がる。

 佐久間湊は床にあぐらをかいて段ボールを切っている最中で、あかりはすぐ隣で衣装の小道具を作っていた。

「佐久間、くん」

「ん?」

 彼が顔を上げた。

「言われてた作業、終わったよ」

「ありがと。見に行くわ」

 彼が立ち上がる。次は、

「昨日の、配信みた?」

「え? ああ、うん。背景見せてよ」

 反応が薄い。想定だとここから話が弾むはずだったのに。

 彼がわたしの座っていた場所にさっさと行ってしまうから、何も言わずついていくしかなかった。

「うめえ。そしてはええ」

「あ、うん」

 どうしよう。流れがずれてしまった。

「本番も近いし、かなり切羽詰まってたけど、まじ小川さん助かるわ」

「うん。はい」

「じゃあ、次は段ボールに血痕風に塗っていってな」

 彼がさっさと踵を返そうとするから、慌ててわたしは言った。

「待って」

「ん? どうした?」

「ええと……」

 話したい事が、何も思い浮かばなかった。頭の中が熱くなって、余計に口が回らなくなった。そもそも他人との会話ってどうやるんだっけ。

「なになに。どうした」

 そうだ。あかりの普段の姿が思い浮かんで、彼の袖に手を伸ばして、ちょっと触れた。

「なんか付いてた?」

「うん……」

「うん。ありがとう? じゃあ俺戻るな」

 なんでだろう。ぜんぜんうまく行かない。


 あれから数日、色々試してみた。話しかけてみたり、相手からの話に応じたり、隣で一緒に段ボールにポスカで絵を描いたりした。

 趣味の話はたくさんできたと思う。でも、何かが、あかりと佐久間湊との間に流れる空気と違う。

 わたしには何がダメなのか分からない。


『お話をしませんか』

 休日に、送ってみた。もうできそうなことはこれぐらいしか思いつかなかった。

『あかりも誘ってみる。ファミレスでいい? 部活終わってからだから夕方になりそう』

 わたしは二人で、というつもりで送ったのに、今更訂正もできなかった。

 

 結局、あかりと3人になってしまった。

 向こう側の席に座った二人がメニューを見ていて、お互いの距離は肘が触れそうなぐらい近い。なんだか机がやけに広く感じた。

「ポテトうま」

 と、シェア用に注文したポテトを真っ先に佐久間湊が口に頬張る。

 あかりの方を見ていたら、

「小川さんも食べたら?」

 そうやって促されたけど、このまま手で食べて良いのか、フォークとかを使うべきなのか分からないから「うん」とだけ頷いた。

「小川さん、最近どう?」

 佐久間湊が塩のついた指を舐めてから言った。

「普通に元気だよ」

「ならいいけど。最近よく話しかけてくれるからさ。なんか、俺悪いことしたかなと思って」

「ぜんぜん、なにも」

「ぶっちゃけ訊くけど、何で今日誘ったの?」

「お話がしたいから」

「うん。どんな?」

「Vの話、とか……」

「それは、別に学校でもできるくない?」

「ええと……」

「なーんか。最近そんな感じだよね。話しかけてくれるけど、反応鈍いって言うか。ああ、ごめん」

 佐久間湊が顔をくしゃりとさせて、笑って続けた。

「気に障ったらごめんだけど、単純によくわからんなって」

 彼に言われて、ああ、そうかと思った。

 結局わたしは話したい事なんて何もなくて、だから会話が続かない。

 わたしは自分が変わった気でいたけれど、変わったのは髪型とかの外見ぐらいだけみたいだった。

「小川さんは、文化祭のことの話がしたかったんだよね?」

 あかりにそんなことを言われて、急に首筋が熱くなった。

 切ってしまった髪がまだそこにあるみたいで、触ってみたら何もない。

 切らなければ良かった。

 そんな考えが頭を巡って、無性に自分に腹が立った。

「わたしは、佐久間くんともっとお話がしたい」

 このままじゃだめなのに。せっかく、あかりが見てるのに。

「うん。話してるじゃん。Vとかの」

 話すだけじゃダメ。

 じゃあ、もうこれしかない。

 言いたくはないけど。

「わ、わたしは……キスとかも、したい」

 言った瞬間、佐久間湊がぎょっとして、指からポテトを落とした。

 それから、目が鋭くなった。

「小川さん。俺は彼女いる」

「ごめんなさい」

 鼻がつんとした。何もうまくいかない。

「それ以前に本当に俺なの? あかりのことを見る目がなんていうか……俺は好きじゃないな。最初に覗いていたのもそういうことだったのかって思うし」

「え……」

「勘違いかもしんないけど。別に小川さんが、仮に女子が好きであっても全然良いと思うし。でも、あかりに対してはそういうのはやめてほしい」

「ごめん、なさい」

 わたしは思わず頭を下げて、机の木目を睨んだ。何に対して謝っているのかすら分からなかった。

 とにかく涙が出ないように必死だった。ここで泣いたら、本当にどうしようもない。

「湊」

 あかりの声がした。

「うん?」

「こはるが私をどう見ようが、湊には関係なくない?」

「自分の彼女のことだし、関係あるだろ」

「それは、そうだけど……」

 あかりの言葉が胸にやけに刺さった。わたしが何とかしたかったのに。

 みじめだ、と思った。

 二人のやりとりももう見たくなくて、財布からお金を取り出して机にほとんど放り投げるように置いて、席を立って逃げるようにファミレスから出た。


 外に出たら日が落ちていた。ファミレスに面した幹線道路は車が多くて、とてもうるさい。それが色んなものを覆い隠してくれそうで今はありがたかった。

 薄々分かっていた気がする。

 わたしは見せる側じゃなくて、見る側なのだということに。

 どう考えても二人はお似合いのカップルで、わたしがいるのはずっと用具入れの中みたいだった。

 結局涙が出た。

「こはる」

 あかりの声がして、振り返った。


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