12
「小川さんと一緒に教室に戻るよ。何かあれば先生に言えばいいし。ふたりは練習に戻らないとでしょ」
わたしが佐久間湊の肩に手を置きかけた時、あかりが男子の向こう側から言った。
佐久間湊が逡巡して、わたしをとあかりの顔を交互にみやって、あかりの方に向き直った。
「あかり。悪いけど頼める? 今度また家行ったとき、埋め合わせするから」
「もちろん。お母さんも喜ぶと思う。小川さん、行こ」
男子二人が横にどいて、あかりが手を伸ばした。教室用の笑顔だったけれど握ったその手は、やけに熱く感じた。
あかりは教室のある棟にはいかず、何も言わずに特別教室棟に入った。
この時間は誰も使っていないから、しんとした建物内に物音ひとつしない。
わたしたちの足音だけがやけに大きく響いている。
急に足早になったあかりに、引っ張られてわたしは足がもつれそうになりながらも必死に着いて行った。
階段を上がった。二階の一番奥にあるのは、いつもの空き教室だった。
何かを急くように、あかりが扉を開けて、そのまま乱暴に扉を閉めた。
すぐに、あかりがわたしの腰に手を回した。
覆いかぶさるような勢いで抱き着いてきて、そのまま唇がぶつかった。
舌が動いて、わたしの口内に入って来る。
わたしは反射的に唇を閉じた。
あかりが少しだけ驚いたように目を見開くのが、目の前で見えた。
「舌、出してよ」
あかりの荒い吐息が、顔にかかる。
「あかり、わたし、やだ」
「どうしてやだなんていうの」
「隠れてするの、もうやだ」
わたしを見て。
喉にある言葉は、どこかでつっかえて、今、目の前にあることしか言えなかった。
「そう」
あかりは呟くように答えた。
彼女は手を離すと、軽くわたしを後ろに押して、体を離した。わたしたちの間にあった熱がどこかに逃げていくみたいだった。
「わたし、キスするのが、嫌なんじゃなくて」
「知ってるよ。でも、髪切ったじゃん。私に内緒で」
あかりが背を向けて、隅にある用具入れまで行った。
それから、教室で見せるような微笑みでそれを指した。
「ここ、入って」
「え……?」
「こはるは、私のこと好きだよね」
彼女がスカートの裾を握った。
握ったところが、よれて皺になっていた。
「うん」
わたしは、頷いて用具入れに入った。
そうするしかないと思ったし、そうしたいと思った。
「そこにいてね」
彼女がゆっくりと扉を閉めた。
用具入れの中は、ほとんど真っ暗で自分の体の存在すら溶けだしてしまいそうだった。
自分の吐く息がやけに大きく感じた。
しばらく、静かなままだった。
あかりはこの扉の向こうにいるのか、それも分からない。
扉に触れるとただ冷たいばかりだった。
「こはる」
やがて、くぐもった声が扉の向こうから聞こえた。
こんな時なのに、あかりの声を聞くだけで安心してしまうのが不思議だった。
「なに」
「こはるは、湊と、仲良くしたいの?」
「ううん」
「私は、こはると湊が仲良くするの嫌だよ」
「それは、どっちに対して?」
あかりから返事はなかった。
唇にはまだ彼女の感触が残っていて、わたしはそこを撫でる。あかりの答えが、知りたかった。
あかりが、息をつめた音がした。
扉越しに、薄い扉が少しだけ押し返されるような感触があった。
あかりの手だと思った。
「仕方ないんだよ」
「どうして」
「だって、選べない」
わたしは、仕方ないなんて思わない。あかりが選べないなら、わたしは。
あかりが選べないなら、わたしは。
あかりの真似をすれば、あかりだってわかってくれるはず。
これまでも、これからも。
「じゃあ、わたしが恋するところ見てて」
わたしは扉を開けた。




