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あかりのことをずっと見てきたから、どうしたらいいのかはなんとなく知っていた。
かわいくなるなら、まず髪と眉からだと思う。
ネットで調べて、ヘアアイロンを買ってきた。眉は髪を切ったときについでに整えてもらっていた。まずはこの形を維持しないといけない。
それから、ペンシルや眉マスカラであかりの眉を真似た。
わたしは手先が器用な方だし、何とかなると思った。
「なんかちがう」
鏡を見たけれど全然似合ってない。
しばらく鏡と格闘して、はたと気が付いた。
顔のタイプが違うからだ。
あかりは目鼻立ちがくっきりしていて、強い眉が合う華やかな美人だ。
けれどわたしの青白くてなんだかぼんやりした顔には、ちっとも似合わなかった。
あかりの顔にはなれないけれど、調べてみたら、それでもできることはたくさんあるみたいだった。
それに、一番大事なことだってわたしは知っている。
「小川ってほんと漫画好きだよな」
クラスの……たぶん斎藤くんがわたしをからかうように言って、それから顔をしげしげと覗き込んだ。わたしは昼休み、ひとりで漫画を読んでいた。
「好きだよ? 漫画も好きだし、Vオタだし」
わたしがスマホの推しを見せると彼は首をかしげた。
「まじかぁ。俺、そっちはあんま見ないわ」
「見た方が良いよ、絶対」
口元を隠して笑ったら、彼が照れたように頬をかいた。
仕草はあかりを真似た。たぶん、これが一番大事なんだと思う。
「小川って、なんかめっちゃ明るくなったよな」
「ありがと」
わたしは少しもそうは思わないけど、きっとそう見えるんだろう。
最近はプリントとか消しゴムを落としたり、机を持ち上げようとすると手伝ってくれる人が増えた。特に男子に。
三つ編みの子とかはわたしの趣味を歓迎して友だちになろうって言ってくれて、一部の女子は曖昧に微笑むようになった。
そんなことわたしにはどうでもよかった。
わたしはまだ何か話したそうな彼から視線を外した。スマホにメッセージが届いていた。
『部活見に来る?』
佐久間湊からだった。
『どうして?』
『あかりも今日は見に来るって言ってた。文化祭もだいぶ進んだし、来てみたら?』
『?』
よくわからなかったから、それだけ返した。
しばらく返信がなかった。彼は離れた席からわたしに向かってニカっとした。すぐに、スマホがまた震えた。
『なんか、間違ってたらごめんだけど、ふたり喧嘩してるっぽいから』
佐久間湊。本当に、無神経なんだろう。けど妙に察しが良い。
やっぱり、彼と仲良くすればあかりと話ができるみたいだった。わたしはすぐに返した。
『うん。行きたい』
佐久間湊が指示を飛ばす声が、グラウンドの向こう側からでも聞こえる。
声がでかい。
あかりはわたしの隣で防球ネット越しにその姿をどこかぼんやりと見ていた。
会話はなくて、サッカー部員が叫ぶ声と、ボールが弾む音だけが聞こえていた。
「小川さんは何でいるの。サッカー興味ないでしょ」
ぽつりと、あかりが言った。
「喧嘩してるんだって、わたしたち」
「なにそれ」
「佐久間湊が言ってた」
「相変わらずお節介だよね」
溜息交じりの声で、あかりはぎゅっとネットを掴んだ。
「いい人っぽい」
「ほんと、いい人だよ」
あかりは彼氏を自慢するような顔はしていなくて、無表情だった。
漫画とかなら、こういう時はだいたいうっとりした顔をしている。でも、あかりは違うみたいだった。
「そうみたい」
「小川さんって色白だよね。羨ましいよ。最近ほんと、可愛くなったと思う」
感情のない声で言われても少しも嬉しくなかった。
それに、あかりは時々だけど顔をしかめて、お腹のあたりをさすったりしている。
「あかり、体調大丈夫?」
「平気。知ってるでしょ、重いの」
わたしは頷いた。
「無理せず、もう帰った方が良いよ」
「挨拶ぐらい、しないとでしょ」
それからまた会話が途切れた。わたしはよくわからない土煙をずっと見続けていた。
部活が休憩に入ると、佐久間湊と、彼の友人と思しき男子も一緒にこっちに走ってきた。汗と土の匂いが、わたしたちの匂いをあっという間に上書きしてしまった。
「よ、あかり。小川さんも来てたんだ」
佐久間湊が、わたしとあかりをそれぞれ見て、大型犬みたいに素直な笑顔を浮かべた。
「おつかれ、湊」
「俺の格好いいところちゃんと見てたかー?」
彼がからからと笑って、あかりも微笑んだ。
「何調子のってんの。まあ、見てたけど」
「いちゃつくなよ、湊!」
佐久間湊の隣に立っていた、知らない男子が囃し立てる。
「うるせえ。わざわざついてくんなよ」
「お前が彼女見せたいつったんだろうが」
「おま、ばらすなよ!」
佐久間湊がその男子の肩を軽く叩いて、お互い大声で笑い合っている。
夕方の太陽がまぶしくて、ただ単に目を細める。
誰もあかりの体調が悪いことには気が付かなかった。
「てか、こっちはどなた様?」
その男子がわたしを見下ろした。
「同じクラスの、小川こはるさん。サッカーに興味あるんだって」
あかりが先んじて答えた。
「幼馴染なんだって」佐久間湊が唇を尖らせて、被せるように言う。
「え、なに湊。紹介してくれんの? ありがてえー」
男子が、佐久間湊の背中を叩きつつ、冗談めかして言った。
「ばっか。小川さんはそういうんじゃないから。俺のオタ友なの。ごめんな、小川さん」
佐久間湊から見下ろされているのに、今度は小型犬から見上げられたような気分だった。
「湊って趣味広いよね」
あかりがくすり笑って言う。
今、そんなことどうでもいい。
誰かあかりの体調が悪いことに気が付いてほしい。
「あ、えっと」わたしは喉を詰まらせるように声を出した。「ちょっと、具合悪い、かも」
うつ向いて、地面を睨んだ。顔をしかめていかにも体調が悪い風を装った。
「まじか、まだ意外と暑いもんな。顧問に言って保健室開けてもらう?」
「ううん。日陰で座っていれば、大丈夫だと思う」
「俺、送ろうか?」
「ああ、いや。誘ったの俺だし、小川さん、俺の肩掴める? いったん日陰に行こうか」
わたしが体調が悪いと言うと、男子ふたりはものすごく慌てた。
以前はこういう対応をしてくれただろうか。
大きな男子二人に囲まれて、あかりの表情がわからない。
きっと、助かったっていう顔をしてくれているはずだ。
わたしが可愛くなれば、こうやってあかりを助けてあげられる。
そう、思った。




