小さな偉業④ 日常への帰還
「なるほど……、オークの巣だったと」
「はい。動きは単調だから、低ステータスでも何とかなりました。それに、称号もありましたしね」
「ゴブリンスレイヤーとか、実用性あったんだな。オークにも通用するとか初耳だぞ」
「それ、俺も思いました。なので、オーク相手にゾンビ戦法したりして、何とかって感じです」
──キュッ、キュッ、キュルゥゥ
──チュンチュゥゥ
「はわぁぁぁ、可愛い〜〜。あのあの、触っても?」
「……んぐっ、構いませんよ」
「わぁぁい!」
──キュルル!?
──チュンチュ!?
あれから俺たちは、この人らに連行され、守護者協会日本支部へとやってきた。それから貸し切った食堂で飯を食べている最中でもある。流石権力者だ。
それにこの3日、携帯食料しか食べていないから、炭水化物が骨身に染みる。
「けど、最後のボスがレッドオークか。よく勝てたな。Dランクのダンジョン以降で出てくるレアな魔物だぞ」
「一瞬の隙をついて、たたみかけました。まともに戦ってたら、まず勝てなかった」
本当にギリギリの戦いだった。こう、振り返ってみると、よくもまぁ、五体満足で生きて帰れたなと思う。
「ふむ、倉瀬3等星。今の話を聞いてどう思う?」
「……こいつには、下地となる経験があった。生き残る知恵、手段、運。よくもまぁ、レベル1で行けたなと感心するくらいだ」
「そう褒めてもらえると嬉しいですね」
「バカか! こんな無謀、普通に考えたら死ぬに決まってるだろ!」
「まぁ、それはそうかもですが……、死ぬ気はなかったので」
「はぁ……」
そう、死ぬ気なんて毛頭ない。
永久との約束。
父さんたちに誓った誓い。
救われた恩。
それらを少しずつ返していくためにも、俺は死ぬわけにはいかない。
「なるほど、貴重な話が聞けたよ。……それで、もう1つの方だが……」
キッと倉瀬さんの顔つきが変わる。
「信じてくれるんですか? こんな荒唐無稽な話を」
「天上からのコンタクトに、1年後の厄災。更には叛逆という言葉。聞けば聞くほど、信じがたい話ではあるが、それを突っぱねるほど、私もバカではない」
「現に君は『叛逆の指輪』という、意味ありげな高ランクのアイテムを手にしている訳だしね」
そう、俺は笹倉さんに厄災のことを伝えた。
元々明日にでも顔を出すつもりだったので、むしろ好都合だった。
それに、わざわざ厄災という言葉を使ったんだ。本当に起きるというのなら、全員の力が必要となる。
「にしても、今から1年後、か。モノリスにはそんなの刻まれてなかったぞ」
「それについてはさっぱり。一方的に伝えてくるだけだったので」
「だが厄災という単語が出た以上、これまでの比ではない規模の戦いがある可能性が高いということだ」
「協会全体に伝えるんですか?」
正直、こうして笹倉さんが信じているだけでも奇跡に近いことだというのに……。
コーヒーを飲みながら、笹倉さんは『まだ伝えるわけにはいかない』と、答える。
「まずはその言葉の確証を取る必要がある。そのためにも私は、イタリアにいるソフィア・ルチェンテに会おうと思う」
「っ! 『ゼロ』の1人に!?」
『ソフィア・ルチェンテ』。
到達者の一人で、クラスは一般には秘匿されている。噂では、未来を見通す目を持つと言われている。
「会えるんですか? 笹倉さん」
「色々な伝手を使えば何とか。だからこの話は我々だけに留めておこう。神薙君、構わないかな」
「俺は、それでも構いません。こうして信じてもらえただけでも奇跡ですので……」
「それに、やることは何一つ変わりません」
「……ダンジョンへの入場許可が降りないにも関わらずにかい?」
「ゔっ……」
その返しに言葉を詰まらせる。
今回がイレギュラーだっただけで、俺がダンジョンに入れないという事実は、何一つとして変わっていないからだ。
だけど笹倉さんは、ニヤリと笑みを浮かべる。
「そう落ち込まなくてもいい」
「と、言いますと?」
「君の扱いについて、特例ながら通常の守護者と同等とするよう、押し通そう」
「っ!?」
「ちょっ、笹倉さん本気ですか!?」
「あぁ。彼には素質がある。であれば、彼が何処まで行けるか、見てみたい」
「────」
(本気で言ってるのか? っていうか、こんなトントン拍子で進むか? 普通)
実は夢オチとか、もう死んでましたとかじゃないのかと疑いたくなる。
「不服かな?」
「い、いえ。ただ、あまりにも俺に都合が……」
「君が将来、本当に天上を倒す英雄になるかもしれないというのなら、今ここで切り捨てる方が無利益」
「未来への投資と考えれば、この程度安いものだ」
「死ぬかもしれないんですよ?」
「死なないんだろ?」
「ははっ」
流石にその返しには負ける。
どうやら、この無謀とも思える挑戦に挑んだ甲斐はちゃんとあったらしい。
「分かりました。ご期待に応えれるよう頑張らせていただきます」
「あぁ、そうしてくれ」
それからは軽く雑談を交え、家まで送ってくれる流れとなった。
だがここで一つ、ふと頭に浮かんがことがある。
だからこの際、もう一つわがままを押し通そうと思った。彼女が強くなれるためにも。
「あの、笹倉さん」
「何かな」
「不躾なお願いなのですが、さっきの許可について、もう1人お願いすることは出来ませんか?」
「……誰かな」
「俺と同じ不適合者。クラス『星の巫女』を持つ、藤宮咲10等星です」
***
「ありがとうございました、福山さん」
「いえいえ! コノエちゃんたちを思う存分堪能させていただけたので、大満足です!」
「あははは……」
俺たちが話している間、コノエたちは福山さんに撫で回されていた。そして今は逃げるように実体化を解いている。
それから福山さんに再度感謝を伝え、帰ろうとした時、『待ってください』と、福山さんから声をかけられた。
「……神薙10等星。笹倉室長は好意的なことを言っていましたが、あまり無茶なことはしないでください」
「福山さん?」
「命を何度でも賭ける。貴方はそう言いましたが、命は1つしかありません。貴方が死ぬことで、それまでに関わってきた人たち全員が悲しむんです。……それを、肝に銘じて下さい」
その言葉には、大人としての強さがあった。恐らく、そういう人たちを大勢見てきたのだろう。
「……ありがとうございます。肝に銘じます」
「では、私はこれで。……頑張ってくださいね」
そう言って福山さんは車を走らせ、協会へと戻っていった。
さて、後は──
「倉瀬さん、なんで貴方もここに?」
「別に、お前に1つ聞きたいことがあってな」
「俺に?」
「お前、本当に天上を潰したいって考えてるのか?」
真剣な表情を浮かべながら、倉瀬さんは俺にそれを問いかける。
その問いに答える前にふと、ビルに設置されているモニターへと目を向ける。
そこには先月度の守護者死亡者数と、数年間の、防衛戦に敗北し守れなかった国々の名前といった情報が表示されていた。
「はい。俺は天上を赦さない。俺の家族を、永久の家族を奪い、今も尚、大勢の人たちを苦しめている。あの神様気取りのクソ野郎どもを必ず殺す」
「復讐、か」
復讐。それもある。
でもそれ以上に、和人は自分自身が許せなかった。
何も出来ず、誰かが死んでいく様を呆然と見ていることしか出来なかった、あの日の自分を。
でも同時に、個人的に叶えたい願望もあった。
それを和人は倉瀬へと伝える。
「それもあるけど、俺、見てみたいんです」
「見てみたい? 何を」
そう問われるので、夕焼けに染まった美しい空を見上げる。けど、そこにはアレがある。
「50年前まで普通に見えてた、割れていない綺麗な空。その景色を、今を生きる人たちと一緒に見たい」
「そして、これまで死んでいった人たちに向けて伝えたいんだ。やり遂げたぞって」
「────」
ほんと、子供じみたおかしな願望だ。そもそも雑魚守護者の俺には、それを成すだけの力がないというのにな。
でも、絶対に成し遂げてみせる。
「なるほど。生粋のバカだな、お前」
「自覚はしてる。そのためにも、もっと強くなる。この言葉を嘘にしないために」
「そうか。なら、証明してみせろ」
「倉瀬さん?」
「倉瀬でいい。……2ヶ月後の11月5日。防衛戦があるのは知ってるな? 今回は久しぶりに、3つの候補地から1つの国に攻めて来るらしい」
「14でダンジョンへと潜り、効率よくレベルを上げていったとしても、選抜への参加条件である70に到達するには、3, 4年はかかる」
「けど経験値補正のアイテムがあるんだ。本当に終わらせる覚悟があるっていうなら、間に合うよな?」
「っ!!」
ビリッと、雰囲気が変わったかと思えば、身体中から魔力が迸る。これが、歴戦の守護者の圧。
(期待……いや違う。認めさせろと、言ってるんだ)
「俺はまだ3等星で威張れるほどじゃない。だがそのうち、1等星に至るつもりだ。なら、お前は?」
そんなの、考えるまでもない。
ようやく俺は、守護者としての道を本格的に歩き出すことができたのだから。
「決まってるさ倉瀬。必ず次の防衛戦までに間に合わせる。そして俺はいつか──『ゼロ』へと至ってみせる」
「そうか。なら、それまでは戦友未満で期待しておく。2ヶ月後にまた会おうな、和人」
「あぁ!」
そう別れの言葉を言って、倉瀬は去っていく。
先にいる守護者に、少しでも認められたというのは、存外気分がいい。
──キュル?
──チュンチュン
「ん? お前ら、何勝手に俺の魔力を使って出てきてやがる。……つか、そんな芸当が出来たのか!?」
いつの間にか、コノエたちが俺の足元に現れていて、こっちを見つめていた。
(え、何? 俺の式神、自由意志強すぎない?)
っていうか、そんな仕様があるなんて、まったく知らないんだけど。
──キュルル?
──チュン?
首を傾げて、知らない振りでもする気か? いいだろう、しらばっくれるなら、俺にも手があるぞ。
「そうか。しらばっくれるなら、もう一度福山さんの所に行くか?」
そう脅しをかけてみれば、二匹とも、もう懲り懲りなのか、盛大に抗議の鳴き声を上げる。
「あははは! ……さてと、帰りますか」
帰ったら、今日得た情報をまとめて、そして強くなる。そのためにも、今は俺の日常へと帰るとしよう。




