天上 VS 不適合者④ 天上 VS 不適合者 Ⅲ
(くそ……)
薄れる意識の中で思ったのは、なんで勝手に身体が動いてしまったのか、だった。
勝率が高いから?
約束があるから?
初恋相手だから?
幼馴染だから?
(いや、違うな……)
単純に、死んで欲しくなかっただけなんだ。
どれだけ時間が経とうとも、あいつが俺にとって、大切な人であることに変わりはないんだから。
(ごめん、咲……)
そこで俺の意識は完全に途切れた。
***
「かず……と?」
弾き飛ばされた永久は、力なくペタリと座り込む。
「かん、なぎ……、君?」
違う。
嘘だ。
あり得ない。
死ぬはずがない。
だって、だって、だって、だって……。
大量の血が噴き出し、彼が力なく倒れ、同時にスイちゃんたち、式神が消えていく。
その光景を見た瞬間、私の中にある何かが弾けた。
「紅蓮の大蛇!!!」
一瞬の出来事。
でも、状況が全てを物語っている。
咲の行動。
永久の戦意喪失。
和人の死。
残りの者たちは、歯を食いしばり、咲の攻撃範囲から離れる選択を取った。
「じゃまだぁぁぁああああああ!!!!」
「くははは! 順序は変わったがまぁいい。星の守護者が死んだことで、ようやく見せたな、絶望の表情を! なぁ、星の巫女!!」
笑いながらカリスは、紅蓮の大蛇に飲み込まれる。
飲み込まれたのを確認した咲は、一心不乱に血塗れの和人の元へと駆け寄り抱きしめる。そして永久の手を掴みながら叫ぶ。
「コノエちゃん、翡翠ちゃん! お願い、かずくんをだすげで!」
──キュルルルルン!!
──ワフゥン!!
──グルル!
──チュチュ!
ボンボンッと、今にも消えそうな、薄っすらと半透明なコノエたちが現界を果たす。
「コノエちゃん、グレイちゃん、フェルンちゃん、レンゲちゃん……」
式神とは主の魔力を使用することで現界を果たす。
そして、死した者に魔力は宿らない。
だからこそ、本来なら起こり得ない事象なのだ。
まるで咲の願いに呼応するかの如く、和人の式神たちが現界を果たすことは。
(まだ、まだ、まだ……)
そのまま現界を果たしたフェルンは、カリスが飲み込まれた炎を凍らせ、動きを封じさせる。
それから口に和人を咥え、その背に咲を乗せる。永久にはレンゲが付き添い、2体の式神はこの戦域を離れる。
そしてコノエとグレイを肩に乗せた咲は──
「すぐに戻ります!」
倉瀬たち四人の守護者にそう伝えて、一時的に戦域から離脱した。
(和人……)
動けなかった自分が腹立たしい。
血が滲むほどに拳を握り締めながら、叫ぶ。
「咲ちゃんたちが戻るまで、耐え抜くぞ!」
「それはいいが、一体どうやって接近したんだ!」
「姿を消せるスキルでもあるの!?」
「落ち着け、狭間。それと佐々木も。まずは佐々木のスキルで──」
弥七郎の声が消える。
三人で弥七郎を見てみれば、上半身が消えていた。
(『消失』!? 嘘だろ、何処から!?)
奴はまだあの氷の中にいるはず。
そもそも壊された痕跡すらない。
それとも、既に移動していた?
だとしても、1m圏内に奴がいない以上、この場に留まるのは危険だと判断した。
「離れろ! どういう原理かは知らないが、広範囲での『消失』が来るぞ!」
狭間たちにそう指示をして、弥七郎の遺体から離れる。
(さっきもそうだったが、音も魔力も感じることなく、接近されたぞ)
いくら反応出来ない速度で移動していたとしても、完全に気配をゼロにすることは出来ない。
和人のように特殊な──。
「まさか、こいつ……」
そこで倉瀬の脳裏に一つの可能性が浮上する。
それを確かめるためにも、狭間にある提案をした。
「狭間さん。煙幕とか、敵の目を潰せるようなスキルとか持ってますか?」
「いきなりどうした。『双銃士』だから、あることにあるが……」
「じゃあ、この一帯をお願いします!」
「正気か!?」
「私たちの目が使えなくなるよ? そりゃ、体温を感知するスキルはあるから、ある程度はカバー出来るけど……」
「説明は後。早く頼む!」
「……分かった。スモークバレット!」
ドドドンッと、2丁の拳銃から弾が発射され、辺りに煙幕が張られる。
(予想が正しければ、これで……)
「おい、これからどうする気だ」
「え? 待って、あれは何?」
佐々木さんが指さす方向を見る。
やはりそうだったかと、舌打ちをする。
「分かったぞ。あいつ、自分の存在を、『消失』で認知出来ないようにしてたんだ」
そこには、煙幕の中にいるにも関わらず、はっきりと人の形をした空間が存在していた。でも、いると分かっているのに、いないように感じてしまう。
「ほお?よく気づいたな。そうだ。何も『消失』、は己を守るためだけのものじゃない。こうやって身を隠すこともできる」
人の形をした空間から、奴の声だけが聞こえてくる。
「更に言えば、この状態の間は、インターバルも意味がない。まぁ攻撃する際は、解除する必要があるし、莫大な魔力を消費することになるがな」
「もう貴様ら相手に油断はしない。俺の腕に翼、これほどまでに傷を負わせたのだ、相応の償いはしてもらう」
それを聞き、歯ぎしりをする。
勝手に現れ、勝手に蹂躙し、勝手に俺の大切な仲間を奪っていきやがる。
「ふざけるな! お前みたいな奴。救援を待たずに殺してやる!」
「倉瀬さん、落ち着いて!」
「今は時間稼ぎに徹するんだ!」
「くそっ……」
「さて、守護者を殺した今、巫女も殺しに行かないといけない。あまり時間をかけるつもりはないぞ?」
「疾く死ぬがいい」
「来るぞ!」
絶望の中、決死の時間稼ぎが始まった。
***
「コノエちゃん、かずくんが、かずくんが……」
──キュルル
──チュチュ
ポロポロと涙を流しながら、倉瀬さんたちの戦域から少し離れた位置に退避し、そっとフェルンちゃんはかずくんを降ろす。
そうして、私たちの身を案じてなのか、コノエちゃんたちはペロペロと頬を舐める。
「かず、かずと……。お願い、目、目、開けてよ……。弱っちいくせに、なんで、なんで私の代わりに……」
ポロポロと、かずくんの頬を触りながら、永久さんも涙を流す。
言動こそ普段と変わらないが、そこには彼女なりの、かずくんに対する愛情があった。
「翡翠ちゃん、早く、早く……」
ボンッと、何かが現れたかと思えば、かずくんの胸の上に翡翠ちゃんが現れる。
その姿は、コノエちゃんたちと同じで、半透明な姿だった。
そうしてパァァァと、翡翠ちゃんの身体が光れば、かずくんの身体を癒し始めた。
「翡翠ちゃん、かずくんは大丈夫の!?」
その問いにピクリと永久さんが反応し、縋るような表情を浮かべながら、翡翠ちゃんを見る。
そして翡翠ちゃんは──
──コクリ
小さく、だけど確かに、コクリと頷いた。
なら、今はもうそれを信じるしかない。
(かずくん、死なないで……)
ゴシゴシと、涙を拭きゆっくりと立ち上がる。
この場で私に出来ることはない。
なら今は、少しでも自分に出来ることをする。
そして永久さんに向けて、告げる。
「私、倉瀬さんたちの所に戻るね」
「…………」
「今は翡翠ちゃんを信じることしか出来ない。だから、私は私のやれることをするよ」
「…………」
「永久さんは?」
「…………」
その問いに永久さんは答えない。
ジッと、かずくんを見つめているだけ。
だからそのまま自分の想いを伝えた。
「かずくんのことだから、きっと永久さんに死んでほしくなかったんだよ。口では冷たい言い方もあったけど、永久さんのこと、大切にしてるんだと思う」
「…………」
「私、かずくんのことが好き。永久さんに負けないくらい大好き。絶対に誰にも渡したくない」
「貴女とは、ちゃんとしたライバルになりたい。だから、私は行くね。かずくんの前では胸を張りたいから」
そう伝えて、私はフェルンちゃんの背に乗る。
さっきよりもその姿が薄い。
きっと、無理して来てくれているんだ。
「行こう!」
──キュル!
──チュチュ!
──ワン!
──グルル!
かずくんと永久さんを置いて、戦場へと戻る。
残り魔力は少ない。
頼みの綱の『心意の階位』も、満足に発動することも出来ない。
だけど、まだ私にもやれることはあるはずだ。
それに──
(かずくんをあんな風にしたあいつを、絶対に赦さないんだから!!)
***
「ぐすっ、和人……」
頬に触れながら、まだ残ってる左手を握る。
仄かにだけど、温かい。
そっと胸に耳を当てれば、トクン、トクンと、小さくも、確かな鼓動が聴こえた。
あいつは死んだと言ってたけど、まだ和人は……。
「生きてる……、ちゃんといきてる」
和人の式神が今も治療を継続している。
でも、命を取り留めたとして、もう守護者を続けることは出来ないだろう。
一部の守護者には欠損部位を復元させることの出来る人もいるけど、それも時間が経ってしまえば、不可能となる。
「だから、弱っちいんだよ……。あんな攻撃も避けれないんだから」
(そして私も……)
許せない。
あの時、なんで私は反応出来なかったのか。
私が反応できていれば、こうはならなかった。
「許さない……」
咲にあそこまで言われて動けない自分が。
私の和人に対する気持ちは誰にも負けない。
誰にも和人は渡さない。
「許さない」
私の和人をこんな風にしたあいつを。
「和人……、ちょっと行ってくるね。すぐ戻ってくるから。……愛してるよ」
そっと和人の唇に自身の唇を重ねる。
「ファーストキスは私のもの。咲、あんたに和人は渡さないんだから!」
魔力を脚に纏わせ、あのクソったれ天上の元へと向かう。
***
「はぁ、はぁ、はぁ……」
「ふむ、存外粘る。これ以上時間をかければ、余計な邪魔者たちが来るというのに……。右腕がないだけで、ここまで手こずるか」
咲ちゃんたちが離れてまだ2分。
たった2分だというのに、もう魔力も限界だ。
「クソっ、遅れて来たくせして、役にたたねぇとか……」
「力不足がこれほど……」
俺たちが生き残っているのも、一重にあいつの手札が『消失』しかなく、かなり消耗しているからだ。
「ふむ、油断しないといいながら、まだ俺は舐めているようだな。どれ、残りの魔力も少ないが、やはり貴様らを絶望させるなら、これがいいか」
「「「なっ!?」」」
ボコボコと、喪った腕と翼が再生される。
(再生だと!?)
俺たちがそこまで傷を負わせるのに、どれだけ苦労したと思っているんだ。
そうして何もかも再生したカリスは、ふわりと飛ぶ。
「さて、残り魔力からして後10分程度しか現界出来ないが、第一目標は達成した。残りは貴様らを改めて蹂躙して帰るとしよう」
右腕をかざし、暴風を発生させようとしている。
「なんとしても、食い止めるぞ!」
「分かっている!」
「えぇ!」
武器を構え、残り少ない魔力を練る。
「さぁ、絶望を──『グングニル!』」
ビュオンッと、咲が放った暴風の槍が、カリス目がけて飛んでくるが、カリスは左腕で『消失』を発動させ、直撃を防ぐ。
「巫女が戻ってきたか」
「私もいるっつぅの!!」
「っ!?」
咄嗟に暴風を纏い防ぐが、猛スピードで襲いかかってきた永久は、そのまま力任せに剣を振り切り、カリスを地面へと弾き飛ばす。
その間に、和人の式神に乗った咲が倉瀬たちに合流し、遅れて永久も合流する。
そして和人の式神たちは、限界が来たのか、はたまた別の理由からなのか、姿が消えていく。
(ありがとう。コノエちゃん、皆)
「倉瀬さん、皆!」
「咲ちゃん! 和人は!?」
「……多分、大丈夫です。だから今は、私にやれることをやります」
「ねぇ、なんで腕生えてんの?」
「再生したんです」
「はぁ? あぁ、いやいや」
「あの、弥七郎さんは?」
「「「………………」」」
ギリッと歯ぎしりしながら、咲と永久はカリスを睨みつける。
その目は、絶対に赦さないという意思が込められていた。
そしてカリスは、そんな咲の言葉を聞き、疑問の声をあげる。
「守護者がまだ生きていると? 冗談はよせ。あれで死なぬのなら、それは化け物だ」
「貴方は知らないだけ。かずくんは絶対に目を覚ます」
「それよりもさ、早く私たちを殺さなくていいの? そろそろ救援も来ると思うよ?」
その言葉にカリスは、キッと顔色を変える。
時間をかけすぎれば、それだけめんどくさくなる。
「それもそうだな。どれ、ここは……、こうするとしよう」
ブワッと飛び上がれば、右腕を別の方向へと向ける。それは咲たちが来る前に行った、暴風による無差別攻撃をしようとしていた。
「させない! グングニル!!」
「見せ場なく終わるのはごめんだ。トリニティ・デッドエンド!!」
咲は最も速度のある、風魔法の最上位『グングニル』を放つ。
そして狭間は、2丁の銃を交差させ魔法陣を展開。引き金を引けば、魔力による極太の光線が照射された。
「本当に、鬱陶しい」
カリスが『消失』にて二人の攻撃を打ち消せば、永久と倉瀬、そして佐々木が飛び上がり、カリスに向けて攻撃をしかける。
「「「はぁぁぁあああ」」」
「……消えろ」
パチンッと、カリスは指を鳴らす。
するとカリスを中心に、これまでの比ではないほどの暴風が発生。永久たちを飲み込み、辺り一面が更地となった。
***
「ごほっごほっ……」
(皆……)
薄れる意識の中、必死に歯を食いしばりながら咲は立ち上がる。
そうして辺りを見渡せば、立っているのは私と永久さんだけで、倉瀬さんたちは倒れていた。
「これでも死なぬか。今のは自信があったのだがな。……そうか、巫女の障壁か」
暴風が発生した瞬間に、咄嗟に咲は聖なる障壁を展開したのだが、消耗した今の咲では、致命傷を避けるだけの障壁を張るので精一杯だった。
「どうだ? 少しは絶望というのが分かったか?」
「ぜ……、ぜん、ぜん。わから、ない」
「残念だ。では……」
「あんたが絶望しろ!」
後ろから永久さんが剣を振りかざすが、ピタリと空中で静止する。見れば永久さんの周りに風が渦巻いていた。
「こんのっ」
「お前は後だ。まずは厄介な巫女を殺す」
「咲!」
「はぁ、はぁ、はぁ……」
(振り絞って、魔力を!)
「ん?」
極限まで魔力を振り絞る。
そうして残りの魔力を全て使い、詠唱を始める。
"我、星の巫女が告げる"
"降り注ぐは光の流星"
"其は、女神の涙"
"女神の慈悲の元、己の愚行に懺悔せよ"
"遍く悪を滅し、善なる者に魂の救済を!"
涙の流星!!
咲、『心意の階位』の魔法を発動する。この魔法は、魔力がゼロになるまで光の柱を降らし続ける。
「光の流星よ、彼を滅して!」
ズドドドドンと、カリスがいた位置に、何度も光の柱が降り注ぐ。
(『消失』があっても、これは防げないはず……)
そうして降り注ぐ光の柱が止まると、砂煙が立ちこめる。
「これで……」
「咲、左!!」
「え? …………きゃっ!?」
メキメキと、左脇腹に鈍い痛みが襲ってきたと思えば、そのまま勢いよく蹴り飛ばされる。
そうして自身がいた所を見てみれば、無傷のカリスがそこにはいた。
「がふっ……、ごほっごほっ」
「闇雲に放って、当たると思ったか?」
「そん、な……」
「咲、逃げて! ……くっ、うご、かない」
「無駄だ。貴様は大人しくそこで見ていろ」
ゆっくりとカリスは咲の元へと歩く。
そうして歩きながら、咲に向けて語り出す。
「それにしても、よくもまぁそこまでの力を解放できたものだ。どのようにしてプロテクトを解除した?」
「プロ、テク、ト?」
「自覚なしか。まぁいい。余計なことをして覚醒させるのも面倒だ。貴様もここで死ね」
「向こうの女は、これからくる増援共を消し去ってから、殺すとしよう。俺の活動限界まで6分はある。それだけあれば十分だ」
スッと、カリスは咲に左腕をかかげる。咲との距離は1m。『消失』の有効範囲だった。
「さらばだ、星の巫女。最後に言い残すことはあるか?」
「さ、咲ぃぃ!!」
ジッと、咲はカリスを睨む。
そしてただ一言。カリスに向けて告げた。
「貴方は必ず、かずくんが殺します」
「────」
それは願望でも、嘘でもない。咲は信じている。必ず彼はここに戻ってきてくれると。
そして、カリスを殺してくれると。
そこにあるのは、彼への無償の愛と絶対的な信頼。
「興醒めだ。絶望しないのなら、消えろ」
カリスの魔力が高まる。
数秒後、咲は死ぬ。
それでも咲は目を逸らさなかった。
必ず来ると、そう信じてるから。
(かずくん、かずくん……、かずくん)
「かずくん!!」
「死ね、星の──」
纏:コノエ────絶焔
死の言葉を告げようとした瞬間。
カッと、遠方から火柱が立つ。
次の瞬間。カリスの『消失』を超える速度を以てして、式神使い最強の奥義を纏いし者が、カリスの左腕を斬り落とし、滅却した。
「貴様!?」
バッと、カリスは飛び上がりその場から離れる。
(あり得ない、あり得ない、あり得ないあり得ないあり得ないあり得ないあり得ないあり得ないあり得ないあり得ないあり得ないあり得ない、あり得ない!)
カリスは起きた現実に驚愕する。
本来起こってはならないことが起きたことで、混乱する。
そこには、髪が業火の如く赤く輝き、深紅の和服を身に纏いし不適合者が、空へと逃げたカリスを睨んでいたからだ。
(確かに俺は奴の右上半身を消したはずだ! それなのに、なぜ!?)
その事実にカリスは叫ばずにはいられなかった。
「なぜ、五体満足で生きている!!」
「かず……、くん」
「かず、と……」
ポロポロと、二人は涙を流す。
そしてそんな咲と永久に優しく笑みを見せ、この場で最も頼もしい言葉を告げた。
「すぐ終わらせる。皆で、生きて帰ろう」




