動き出す思惑と悪意③ 埼玉イリーガルダンジョン攻略 Ⅱ
「永久、ループ系の経験は?」
現在俺たちはダンジョンに閉じ込められたと言っても過言ではない。なのでここは、最もダンジョン経験のある永久に確認を取る。
「う〜ん、似たような事象なら遭遇したことはある。その時も似た光景が延々と続いてたけど、2時間くらいでゴールに着いたから、正確にはループしてた訳じゃないんだよね」
「じゃあ、このダンジョンの固有ギミックってこと? 決まった手順を踏まないと進めないみたいな」
「どうだろ。私としては、ギミック系よりもトラップ系って考える方が自然かな」
「なんでそう思う?」
永久の表情からは、これがトラップであるということに自信があるようだ。なので、その根拠を問いかけた。
「多分これ、私たちの精神にも作用してる。普通これだけ進んでれば、もっと早い段階で怪しむ。というか、ここがどんなダンジョンなのか、ウィンドウが出なかったことすら不思議に思わないなんてあり得ないでしょ」
「何らかの制約がかかったとみるのが自然」
「そして定期的な魔物の襲撃と休息。恐らくそれが一種の催眠誘導みたいになって、私たちの認識を更にあやふやにしていった。そしてついに、気力が落ち始めたころで──」
「違和感に気づいたと」
コクリと永久は頷く。なるほど、そう言われてみれば、ギミックというよりもトラップと考える方が色々と辻褄が合うな。
「先駆者たちも同じだろうね。延々と戦って、疲弊したところで気づく。でも気づいた頃にはもう手遅れ」
「それで最後は、魔物に……」
「だろうね。いやぁ〜、結構えげつないダンジョンだね。これは認識を改めないとだ」
まぁ今更認識を入れ替えたところで、何かが変わるわけでもないが、それでも気を引き締め直さないといけないのは確かではある。
それに、このダンジョンがこのまま同じことを繰り返すとは到底思えなかった。向こうだって、俺たちが気づくのは織り込み済みなはずだ。
であれば──
──クルゥ!?
「リリス? …………っ!? 2人とも臨戦態勢!」
突如、リリスが勢いよく旋回する。
これは俺たちが決めた伝達法で、旋回し続ける場合、かなりの危険が迫っているという合図だ。
二人に伝えると同時に、ドドドと、魔物の足音がそこら中から聞こえだす。
「あぁ〜、やっぱりそうなるよね〜」
「一気に襲いかかってきたってこと!?」
「だろうな」
狩りをする場合、獲物は弱らせてから仕留めるとは言うが、まさにここのダンジョンはそれを体現している。
「和人は右。私は左。悪いけど、咲は両方ね」
「分かってる。魔法で援護するから」
「俺も出し惜しみはしない。コノエ、フェルン!」
──キュル!
──ワフッ!
更にキリカや牛頭鬼たちも一斉に呼び出し、迎撃体勢を整える。
「こういう時、式神が多いと楽だね〜」
「呑気に言ってる場合か! 来るぞ!!」
──グガァァァァアアア!!
──ブルモォォォ!
──フシャアアアア!
「うひやぁぁ!? この数、どこに潜んでたんだろ」
「チュン、両サイドにどデカい障壁を頼む!」
──チュチュン!
「すぐに閃光で目眩ましするから、その隙に!」
「じゃあ、いっちょ暴れよっか!」
一斉に襲いかかる魔物に対して、各々が取れる最適を選択する。
「行くぞ!」
それから俺たちの、長い長い、魔物との激闘が始まった。
***
(ふむ……、それなりに粘っているな)
ボス部屋に佇むは、一体のボス。
身体の下半身がヘビのような見た目で、上半身がミノタウロスを彷彿とさせる、異形な魔物。
名をノクトース。
かの世界では、無機物同士の空間を自由に繋げたり、転移させたりすることが出来る能力を持った、悪獣の一体である。
本来は自然災害に近しい存在であり、人の飽くなき欲望の一つが具現化した存在とも言われている。
故に、本来なら意思というものは存在しない。
だが、この個体は違う。
災害に心を与えたらどうなるのか。
そんな人間の、愚かで飽くなき欲望の果てに、心を植え付けられた唯一無二の存在である。
だがそんなことをすればどうなるのか。
答えは分かりきっていた。
心を植え付けられたかの者は、感情を抑制することが出来ず、暴走。
その能力を駆使して、再起不能レベルにまで、文明を崩壊し尽くした。
そこに興味を持った神が、かの者の暴走を抑え、執行者として迎え入れた。
それからは、様々な世界に送られては、神からの要望である、『絶望させてから殺せ』というオーダーを遂行するため、そこに住む生物たちを、考えうる方法で殺してきた。
そこには、芽生えた感情を一身に受け止めてくれた神に、親のような愛情を感じているが故の行動だ。
(それにしても、本当によく粘る)
このダンジョンと私は魔力で繋がっているため、自由に観察することが出来る。
故に新たに現れた人間を、こうして罠にハメては、その無駄な努力を観察していた。
少し前にやってきた人間たちは素晴らしかった。絶望の果てに死んでいく様を見ることが出来のだから。神たちも喜んでくれたに違いない。
だが、今回の人間たちは存外に粘る粘る。
(最後の1人になったらこの部屋へと通すルールとなっているが、果たして誰が生き残ることになるか)
願わくば、剣を振り回すあの女がいい。
引き締まった肉体に、上質な魔力。
実に私好みだ。
出来ることなら、存分にその身体を味わい尽くしてから殺したいものだ。
逆にもう一人の小さい女はダメだ。
体格もそうだが、あの魔力、私の口には合わん。
(さぁ、早く絶望しながら死んでくれ)
"Aランクダンジョン 放浪の無限回路"
"最後の一人になるまで、戦い続けろ"
"放浪こそ、その者に与える祝福である"
"制約:守護者が侵入時、ルールの開示は行わない"
"制約:ボスは以下のルールを厳守すること"
"1:ボスの魔物を召喚は一度に30体まで"
"2:侵入者がダンジョンのルールに気づいた場合、上記の制約を撤廃する"
"3:魔物の再召喚は、60分後とする"
"4:侵入者が一人となったのを確認したら、ボス部屋を出現させること"
それからも、魔物の召喚とインターバルを淡々と繰り返す。既に奴らの気力は限界のはず。休息の時間も、徐々に短くなってきているのが、手に取るように分かる。
しかも何やら口論のような素振りすら見せていた。
であれば、そろそろ奴らの気力が途切れる頃合いだろう。その時、一体どのような絶望をするのかが楽しみでならない。
そうしてインターバルが終わり、魔物の召喚を行った時、とうとう動きがあった。
(なんだ? 急に目の前が真っ暗になったぞ?)
煙幕のようなものが、ダンジョンを覆い尽くす。
私はただ見ることしか出来ないため、声すらも聞こえない。これでは奴らがどうなったのか、一向に分からないではないか。
(何をした? 逃亡? いやそれは無理だ。ここに入った以上、どうしようもない。ひとまず、晴れるのを待つしかないか)
それから暫くして煙幕のようなものが晴れていく。そうしてダンジョンの中が見えるようになると、その場に立っているものが誰なのかを確認する。
そこには──
(むぅぅ、男の方であったか)
そこには血だらけの男が一人だけ立っていて、周りには女たちがいない。あと残っているのは奴が召喚したと思われる、バカでかい亀の魔物くらいだろう。
そしてその男は、力なく崩れ落ちるが、まだ息はあるようだ。
女が残らなかったのは残念だが、まぁこればっかりは運なので仕方ない。
魔物に、誰を殺せと命令することは出来ないから。
(ふむ、どこかに隠れている可能性もあるか……)
その可能性を考慮し、あと2度ほど魔物を出そうと思う。とはいえ、殺してしまったらルールに抵触するため、1度目は40、2度目は20体程度に抑えて、本当に女たちが死んだのかを確かめる方針とした。
そうして120分後、女たちが現れないことから、本当に死んだんだと、確信する。
(ふむ……、では最後の休息をさせて、それからボス部屋を出すとしよう)
奴に最後の休息というなの、絶望を味あわせる。仲間が死に、一人しかいないという孤独。
それを存分に味わうといい。
***
(どれ、そろそろ時間だな)
ほどよく絶望したであろう。
なので、奴の前にボス部屋を出現させる。
それを見た男は、重い足取りではあるが、魔物と一緒にボス部屋へと歩き出す。
顔は見えないが、まぁこれから存分に見れるのだ。一体どんな表情を浮かべているか、今から楽しみだ。
「ずいぶんと待たせてくれたな。人間」
そうしてやってきた男の顔は、血塗れで表情がよく見えない。これでは、私のささやかな楽しみが堪能出来ないと、落胆する。
そして男は私の声に反応して、小さくつぶやく。
「………………また、喋る魔物か」
「知らないのか? 私たちがいるダンジョンは特別。大体半分は、私のように知性ある存在がボスを務めている。そして来たる聖戦のための準備をしているのだ」
(なんだ? 何かがおかしい……)
「そうか。…………2つ聞く」
「ここのダンジョンは俺たちが最後の1人になるまで終わらない。そうだな?」
「っ!」
驚いた。まさか人間がそこまでの答えにたどり着くとは、思いもしなかった。やはり飽くなき欲望渦巻く人間は、私よりも数段悪知恵が働くな。
「そうだとも。正確には私が1人になったと確認する、だがな」
「最後の質問だ。お前、これまでもあぁやって、守護者を痛めつけてきたのか?」
血塗れの顔から覗かせる瞳をみた瞬間。ゾクリと、背中から寒気がした。
男の目は、まだ生きていた。しかもただ生きているだけじゃない。その瞳の奥からはどす黒い怒りのようなものさえ感じた。
そんな、これまでに感じたことのない感覚を抱きながら、男の問いに答える。
「守護者? あぁ、貴様らのことか。それがどうした? お前たちが勝手に来て、勝手に死んだだけだ。所詮、報酬に目がくらんだ愚かな人間でしかない」
そう。私に心を植え付けた科学者たちだって、そんな愚かなことをするから、手遅れになるのだ。
私の答えを聞いた男は、何も言わない。
だがなんだ?
さっきから何かがおかしい。
私の本能が危険を知らせる。
(いいや、気の所為だ)
「もういいか? そろそろお前を殺そう」
「…………」
「?」
「くく」
「? 何か言ったか?」
一体なんなんだ?
奴の瞳を見たときから、寒気が止まらない。
いや違う。
本能が何かに怯えている?
「くくく」
「くくくく、あはははは、はははははは!!」
いきなり男は、不気味にも笑い始める。ついに壊れたのか?
「男、何を笑っている!」
「あぁ、あまりにもおかしくてな」
「……何?」
私は何かを間違えた。
そんな予感がひしひしと感じる。
そして、男が次に言った言葉を聞いた瞬間、この違和感が間違いではなかったということに気づく。
「あまりにも、想定通りすぎてな!!」
その瞬間、男の後ろにいる魔物から、莫大な量の魔力が放出される。しかもその魔力は、あの亀の魔物のものではない。
あれは──
「ミドリ、ゲートオープン!!」
「ばっ、馬鹿なっ!?」
カッと亀の魔物の甲羅が光ったかと思えば、そこから現れたのは、死んだと思われた二人の女だった。
「き、貴様らっ! 死んだのではなかったのか!!」
「どうでもよくない?そんなの。……ねぇ咲」
「はい。どうでもいいことです」
私好みの女が手に持つ剣からは、莫大な量の魔力が収束されていくのを感じる。
そしてもう一人の小さい女からは、既に魔法を唱え終えていたのか、無数の光の剣がこの部屋の空を埋め尽くしていた。
その光景を見た瞬間、私がこれから辿る未来が分かってしまった。私は無機物であればどうとでも出来るが、それ以外には無力だ。
第一、ここから生き残れる手段なぞ、私は持ち合わせていない。
「まっ、待てっ! 貴様ら、反則だ! このダンジョンのルールを破るなぞ!」
「知らない」
「それ、私たちに関係ありますか?」
ガタガタと身体が震える。
まともに戦えば、まず負けることはない。
だがそれは、まともに戦えばの話だ。
奴らが各々で放つ、最大攻撃の準備が整った状態では、私には何も……。
「策士策に溺れるってな。お前に懺悔の時間はやらない。死ね」
「私の和人を血塗れにした報いを受けろ!! 輝きしは星の剣!!!!!」
「私の神薙君を傷つけた罪、ぜったいに赦さない!! 救済と断罪の剣閃!!!!!」
「あ、ぁぁ、あぁぁぁああ。………………うぎゃぁぁぁぁあああああ!!!!!」
かの者は知らなかった。
順調にいっていたときこそ、最も警戒すべきであることを。
人間は、悪知恵が働くことを知っておきながら、それを完全に理解していなかった。
なぜあの時、煙幕が張られたのか。人間を知ろうとしなかったが故に、かの者は考えることを放棄してしまっていた。
思考を放棄しなければ、式神の中に仲間を退避させていたという、その可能性にたどり着いたかもしれない。
もしくは始めから、まともに戦うという選択肢が制約としてあれば、別の結果になっていたかもしれない。
だが、既にもう遅い。
振り下ろされた莫大な熱量を纏った光の斬撃と、天から降り注ぐ光の剣による豪雨。両者の尋常ならざる破壊の力によって、かの者は灰すら残らず、この世界から消失した。




