小さな偉業① 小さな怪物
─── 鎌倉デッドダンジョン 3層 ───
─── モンスターハウス ───
「しっ!」
ザシュッと、オークの脇腹を刀で斬り裂く。称号の補正もあり、今の和人はオークに対してのみ、補正前のレベル10に近いダメージを出すことができている。
それを証明するかのように、斬り裂いた所からどろりと、大量の血が流れ出していた。
「ぐ、がぁ、ぁ……」
「とどめ! っ!?」
とどめを刺そうとした瞬間、2体目のオークが、和人目がけて棍棒を勢いよく横に振る。
もしアレに当たってしまえば、和人は死ぬであろう。現に反応が遅れたことで、避けることが出来ないでいる。
だがそれは、《《昨日まで》》の話。
(ナイス、チュン!)
ガッキンッと、和人と棍棒の間に障壁が差し込まれる。それから3秒ほど棍棒と拮抗してから、バキンッと、障壁が壊される。
予想通り、オークの前には無力だった。だが、それでも3秒耐えられたというアドバンテージは絶大。
その間に棍棒の射程外へと離れ、空振りしたと同時に、コノエと共に挟撃をかける。
(ステータスが倍になったことで、昨日以上に動けるし、よく見える。なにより戦いやすい)
こうして複数体を同時に立ち回れているのが、それを証明していた。
「くごぉがぁぁ……」
「はぁ、はぁ、はぁ……」
それからも1人と2匹の疑似パーティーで、《《モンスターハウス》》内のオークと戦い続けること、2時間。
ついに、オークの群れを一掃することが出来た。
その場に残るのは大量の魔石と、砕け抉れた地面。そして担い手を喪い、転がってる棍棒のみ。
対して和人は、チュンがいたとしても、身体中が血みどろの状態だった。
「ったく、こんな所にモンスターハウスがあるとか、意地が悪いな」
タオルで顔などを拭きながら、呆れ口調でつぶやく。
モンスターハウスとはその名の通り、魔物の巣窟。
大抵はトラップだったり、レアなアイテム付近にあったりするため、守護者からは嫌われている。出来ればスルーが推奨されている。
でもここでは、モンスターハウスの攻略が《《推奨》》だった。
顔を拭き終えた和人は、目の前にある扉を見つめる。
そここそが──
「《《ボス部屋》》の目の前とか、最悪すぎる……」
そう、モンスターハウスを超えないと、ボス部屋にたどり着けない設計だったのだ。
こんな設計を考えた天上を絶対に殴ると、密かに決心する。
それから和人は、余裕ができたことで、仮にここをパーティーで攻略した場合のことを考察する。
(レベル10以上前提で、前衛2、後援2、支援1なら比較的安全そうだな)
オークは動きが遅い。
だからこそ俺でも戦えている。けど安定して攻略を進めるなら、それくらいの戦力は欲しいとは思う。
そもそもこっちは、被弾前提のゾンビ戦法があるから奇跡的に成り立っているだけで、ギリギリの綱渡り状態であることに変わりはないのだから。
「お前たちもお疲れ。特にチュン。さっきの一撃は助かったよ」
──チュチュチュン!
──キュゥゥウン!
「はいはい、コノエもありがとな」
二匹の頭を撫でながら、ボス部屋の前まで歩き出す。
「にしても、2日でここまで来れたか。意外と短いダンジョンで助かったよ」
パーティーを組んだときのFランクダンジョンの平均攻略時間は7時間。
如何に攻略が遅いのかが分かる。
「オープン」
======================
守護者:神薙和人
クラス:式神使い
契約式神:2体
契約可能数:0体
レベル:2(レベルアップまで、38000/40000)
称号:ゴブリンスレイヤー
======================
「かなり経験値を稼げたな。モンスターハウス様々だ」
ここまで稼げたのなら、ボスを討伐すればレベル4くらいまで上がる可能性が高い。夢が広がるな。
だが流石に気力が限界だった。
今日はここで休んで、明日、万全の状態で臨むべと考える。
「そう言えば、《《藤宮さん》》、元気かな」
薄れゆくい意識の中、ある一人の女性のことを頭に思い浮かべる。
藤宮咲。
守護者にして、もう一人の不適合者。
俺がいない間、藤堂たちの標的にされていなければいいのだが……。
(戻ったら、一応……、あやまらないと、だな)
ボス部屋周辺では、魔物は現れない。なので心置きなく意識を手放し、そのまま2日目を終えていった。
***
(神薙君、どうしたんだろう……)
一昨日から神薙君の姿を学校で見ない。
先生に聞いてみたけど知らないの一点張りだった。
不思議に思っていると、屋上へと続く階段から藤堂君たちの話し声が聞こえてきた。
「藤堂さん。あいつ遂に逃げ出したんですかね!」
「あははは! いやいや、もしかしたら初心者ダンジョンで死んでたり?」
「ふんっ! 関係ねぇよあんな奴。ようやく身の程を知ったんだろ」
「あれ? なんだか、不機嫌っすね」
「うるせぇ、黙れよ」
「「すんません!!」」
(藤堂君たちも知らないんだ……)
中学からの知り合いで、私と同じFランク守護者。何度も同級生からの嫌がらせから助けてくれたりしてたから、とても心配だ。
「無事なら、いいんだけど……」
神薙君のことを考えていると、ある一人の女の子が私に声をかけてきた。
「ふぅじみぃやちゃん!」
「わっ!? ……は、葉隠、ちゃん」
「どうしたの? 浮かない顔してるね?」
「そ、そう、かな?」
「うんうん。彼いないもんねぇ。死んだのかな?」
「え、縁起の悪いこと、言わないで!」
「あははは! あんたもさっさと辞めればいいのに」
「や、辞めないよ、私は」
「あっそ! ほんと、これだから不適合者は……。まぁでも、辞めないならそれはそれでいいや。また今度、《《ボス戦》》よろしくね~」
それだけ伝えて、葉隠ちゃんは教室の方へ戻っていく。彼と同じで、私だって諦めるわけにはいかない。
例え、《《都合のいい道具》》扱いだと分かっていても。
(神薙君、無事でいてね……)
心の中で無事を祈りつつ教室へと戻る。
今日も孤独の一日を過ごしていく。
***
「笹倉室長。一体、いつまでここにいるつもりですか?」
「いつまでとは?」
「今日でもう3日。であれば、既に彼は……」
「だが、ここの入場制限は《《解除されていない》》。そうなのだろう?」
「は、はい。《《倉瀬3等星》》の話では、そうと聞いております」
福山秘書官と笹倉の話し声が聞こえたのか、少し離れていた所で門を眺めていた一人の男性が笹倉の方へとやって来る。
「何度か門を触ってるけど、入場禁止のウィンドウが出てくる。まだ生きてるのは確かだな。……なぁ、本当に不適合者がこの中に?」
「間違いない。確実にたった1人で入っている」
そう答えれば、倉瀬3等星は『バカな奴だな』とつぶやく。
「不適合者がFランクダンジョンの攻略なんて出来るはずがない。そんなの、とっくに証明されてるだろ」
「それでも、彼は諦められなかったんだろう」
「はっ! それがこの様ならお笑いもんだな。どうせ身の程を知って、何処かで縮こまってるんだろ。勇敢と無謀を履き違えた典型だな」
彼がそういうのも無理はない。
誰だってそう思うことだろう。
それを聞いてもなお、笹倉の胸の奥がざわつく。
何か、《《思い違いをしている》》。
そんな予感がしてならなかった。
「ところで、倉瀬3等星」
「ん? なんですか、笹倉さん」
笹倉は門を眺めながら、倉瀬にある質問を投げかける。
「Fランクとはいえ、デッドダンジョンを《《1人》》で攻略することは出来るかな?」
「急にどうしたんです?」
「ただの好奇心だ」
そう答えれば、『そうだなぁ』と少し考える素振りを見せる。それから少しして、考えがまとまったのか、倉瀬は自身の考えを口にする。
「今が余裕なのは当然として、レベルが30そこらだった頃でも楽勝。ただ……、20辺りだった頃の俺なら、多分《《死んでる》》」
「その根拠は?」
「単純に《《経験の差》》。レベル20くらいまでは、大して苦戦することがないんです。パーティー組んでいれば、時間はかかるけど安全に経験値が稼げるから。つか、それが推奨されてますでしょ?」
「そうだな」
「んでもって、20を超えた辺りからDランクのダンジョンに入れるんですが、そこからダンジョンの難易度が跳ね上がる」
「それを乗り越えた時、俺たち守護者は、初めて1人前の道を歩むんですよ。言ってしまえば、それまではチュートリアルなんです」
「しかもデッドダンジョンは、1つか2つほど高い難易度であることが常。だとすれば、攻略適正レベルはソロなら30以降、パーティーなら最低でもレベル15程度を5人と言ったところですね」
「なるほど……」
倉瀬3等星は、今年で22。そして17から今に至るまで前線で戦い続けているベテランだ。そんな彼がそういうのだから、確かなのだろう。
「だからこそ、レベル1の奴がここを攻略するなんて不可能だ。式神使いはレベルが極端に上がらないし、式神だってクソ雑魚。ステータス補正込みでも、レベル3相当の強さでしかない」
「仮に、運よくレベルが2なっても、雀の涙ほどの変化だ。レベル6相当で、雑魚式神が2体になるだけ。ほんと、バカな奴だ」
「…………」
彼が言ってることは正しい。
到底一人でどうにかできるレベルではないだろう。
ここで彼の安否を見守りつつ、福山君に彼について調べてもらったのだが、正直、彼の評価は散々なものだった。
誰も利用しない初心者ダンジョンへ何度も足を運んでは、傷だらけになりながら帰還する。
子供の小遣い程度にしかならないと分かっていながらも、『メルメル』で魔石の競売をかける。
守護者協会に行っては、そこの局員とダンジョン入場許可について揉め、仕舞には殴られたこともあるらしい。
今回彼の入場を許可した局員も、『清々した』と言っていたところから、相当な問題児だったことが伺える。
それほどまでに、彼は強くなることを渇望していた。恐らくその胸の奥にあるのは、10年前の……。
まさしく、その精神性は英雄に相応しい。
ただ、クラスに恵まれなかっただけ。
文字通りの不適合者だ。いや、それ故に天上を否定していると言ってもいい。
「時に、倉瀬3等星」
「あん?」
「君はさっき、縮こまっていると言っていたが、もし《《そうでなかった》》としたらどう思う?」
「はぁ? んなのあり得ないでしょ!」
「可能性の話だ。付き合ってほしい」
「……3等星程度の考えでも?」
「それで構わない」
「…………もし仮に、本当に縮こまらず今も戦っているとしたら、そいつの頭のネジはぶっ壊れてる」
「いつ死んでもおかしくない状況の中、魔物と戦い続けているってことだからな」
「それで?」
「式神がいるからと言っても、結局は自力が必要だ。そんな奴、正気じゃない。だから、もしこのダンジョンを攻略出来たのなら……」
「出来たのなら?」
「まず間違いなく、《《素質》》がある。……《《怪物》》の素質が」
「っ」
その言葉を聞き、ゾワリと、全身の産毛が逆立つ。
それが聞きたかったんだと、笹倉は確信する。
この50年、先が見えない中、我々は戦い続けた。
必死に国を、人を守り続けた。
だが、どうしても守ることしか出来なかった。その先へ行くためのピースが揃わなかった。
だが、もしかしたら──
「そうか。であれば、我々は《《運がいい》》かもしれないな」
「は?」
私は今、年甲斐もなく、少年のように、目の前に広がっている光景に心が奪われている。
「く、倉瀬3等星! も、《《門》》が!!」
福山秘書官の言葉を聞き、バッと、倉瀬3等星は門の方に顔を向ける。そしてただ一言、『あり得ないだろ』とだけつぶやく。
「どうやら我々は、その怪物に会えるようだ」
「門が、《《消えていく》》」




