動き出す思惑と悪意① ゼロの会合
─── 中国:黄山 仙道寺院 ───
コツンコツンと、木造の廊下を歩く。
仙道寺院。ここは中国でも、極一部の人間のみが利用を許可されている聖域と聞いている。
気と魔力は似通った部分があるらしく、古くからその存在が仄めかされていた。その中でもここ黄山は、地脈との親和性から、魔力の鍛錬には最適とのこと。
確かにここにいると、不思議な感覚になる。
魔力が研ぎ澄まされるというべきか、より高みへといけると、不思議とそう思える。
こういった場所が、中国には点在しているというのだから、守護者の質が高いのも頷ける。
(自国だけで独占しないで、私たちにも解放すれば、かなりの戦力アップに繋がるでしょうに)
どうしてこう権力者たちは、戦いが終わった後のことを見据えて動くのかが、分からない。
そんな確信なんて、どこにもないのに……。
「ここね」
そうして歩いていけば、一つの大きな扉の前に到着する。
観測可能な未来で視た通りなら、ここに──
グググッと、扉を押し、中へと入る。するとそこには美しい装飾で彩られた広い空間が広がっていた。でもおかしい。外の外観と中の広さが合わない。
(どうやら、未登録の空間系統の守護者がいるようね)
そう推察しながら、奥へと進む。
その奥には広めのテーブルがあり、そこには三人、中国における最高戦力の守護者が座っていて、優雅にお茶を嗜んでいるようだった。
──止まれ
──貴様を、ここに呼んだつもりはないのだが?
──ここは我らの聖域
──疾く失せよ
私に気づいたのか、一人の男性が私に声をかける。その声には魔力が込められていて、ドスンッと、鉛を身に着けているかの如く、身体が一気に重くなる。
「それはそうよ。だってアポ無しで来たのだから」
とはいえ、さほど魔力は込められていない。この程度なら、わざわざ魔力を纏わなくとも耐えられる。
なのでそのまま何事もなかったように歩き続ける。
「バカな!?」
「星阑の言霊を受けて、なんで動けるの?」
「当たり前のことを聞かないで。それは、私が強いからよ。梨花」
「はぁ!? あんたなんかより、私たちの方が強いに決まってるでしょ!?」
私の返しに激怒したのか、彼女から魔力が迸ったかと思えば、影が出来ているあらゆる箇所から黒い手が現れ、一斉に襲いかかる。
手首、首筋、胸、腰、様々な部位に黒い手が巻き付き、凄まじい力で私を絞め上げようとする。
「あははは、このまま殺してあげよっか?」
「あら、そんなことをすれば、貴重な人類の戦力を削ることになるわよ?」
「私たちがいれば十分だし!」
やれやれ、怒りに身を任せた行動では、程度が知れる。仕方なく魔力を勢いよく放出すれば、影から生まれた黒い手はパシュッと、霧散する。
「なっ!?」
「もういいかしら?」
「こんのっ」
──よせ
梨花が更に魔力を込めようとした瞬間、それまで無言を貫いていた最後の一人が口を開く。
その威圧感は凄まじく、まるで目の前に一頭の龍がいるかのような感覚になる。私でさえ、ほんの少したじろむほどだった。
流石、私より2年長生きしているだけはある。
「見苦しいぞ、梨花。お前では、あの女には勝てん」
「飛龍様!?」
「事実だ。それと星阑。お前も、いつまでも言霊を使うな。見苦しい」
「ぐっ、……し、承知致しました」
スッと、身体が軽くなる。どうやら言霊が解除されたらしい。
(ふぅ〜ん。ただ魔力を放出するだけじゃ、言霊は防げないのね)
新しい気づきを得た所で、歩みを再開する。そして歩きながら私は彼に声をかける。
「アポ無しで来たことは謝るわ。ごめんなさい」
「よい。未来が視える貴様のことだ、何か思惑があって来たのだろう?」
「話が早くて助かるわ。といっても、ここに来たのは、別に未来についてじゃないのだけどね」
「……何?」
「次の防衛戦。その真意を確かめに来たの」
その言葉と共に、私は彼らが座っている所へと到着する。そして柔らかい笑みを浮かべながら、彼に挨拶をした。
「久しぶりね、飛龍。最後に会ったのは、去年フォンが『ゼロ』に至った時以来かしら?」
「そうだな。貴様はあいも変わらず、美しいな」
「あら、褒めても何も出ないわよ?」
「それだけの美ともなれば、欲しいと考える男なぞ、そこら中にいるだろう」
「それは、貴方含めて?」
「ふっ、さてな」
そんな軽い会話を続けていれば、『さっさと用件を言え』と、星阑は苦言を漏らす。
まぁここに来たのは、雑談をしにではない。であれば、早めに用件を伝えようとしよう。
空いてる椅子に座り、飛龍へあることを尋ねる。
「次の防衛戦。貴方たち中国だけでやると聞いているんだけど、ほんと?」
「おかしなことを聞く。未来を視ればいいだろう」
「忘れた? 防衛戦に関係することはほとんど視えないのよ。特にどこの国が出るのかとか、誰が出るのか、とかね」
こういう制約はほんと辞めてほしい。最も重要な部分を視ることが出来ないだなんて、何のための未来観測なのだろうか。
(予言系のスキルでもあれば、まだ良かったのだけど、ないものねだりしたところで無駄ね)
「そうであったな。……であれば、お前が聞いたそれは、正しいとだけ言っておこう」
「正気なの? いくら守護者人口が多いからといっても、限界があるのよ?」
「おいおい、俺たちが誰なのか、忘れてないか?」
「そうよ。ここにいる3人は人類最強の『ゼロ』だって、忘れてない?」
星阑と梨花は自信満々に言うけど、それでもかなり無謀だと思う。
いくら人類最強と言っても、所詮は個の戦力。
そして防衛戦は集団戦。
であれば、上げ足を取られることだって、ないとは言えない。それは歴史が証明しているのだから。
「梨花、確かにあなたたちは強い。でも、それだけで防衛戦が勝てるほど甘くないのは、身をもって体験しているでしょ? 先代を忘れたの?」
「…………」
黙るということは、そういうことだ。
それを理解しているにも関わらず、単独だけで防衛戦をやろうとする意味が分からない。
(何か策があると、そう考えた方がいいかしら?)
そう考察をしていると、『敵の戦力が分からないなら、お前の言う通りだ』と、飛龍はつぶやく。
「戦力が分からないなら? 貴方にしては、ずいぶんとおかしなことを言うのね」
それはまるで、次に現れる敵が、どんな相手なのかを知っていなければ出てこない言葉だ。
(まさか、未登録の貴重な予言者でもいるというの?)
そんな考えが頭に浮かぶが、飛龍は小さく笑みを浮かべながら、私の考えを否定する。
「予言者ではない。そもそもアレは、そこまで使い勝手のいいクラスでもないだろ?」
「それは、そうだけど……」
クラス『予言者』。
Dランクのクラスに分類されていて、夢の中で、天から天命を受けるとされ、それを文字として出力する。
私の未来視とは違い、防衛戦なども予言として知ることが出来るらしいが、いつどのタイミングで予言が発動するのかは、不明とされている。
確か、登録されている守護者の中で、最後にその発動が確認されたのは、5年前だったっけ。
「なら、一体どういうとこ? 私以上に未来を視れる者なんていないはずだけど」
「そうだな。だがそいつは、未来を当てたぞ。それも、今回の防衛戦の場所についてな」
「バカな!?」
『ゼロ』の私でさえ、次がどこになるのかすら分からないというのに、天上の制約を超えて、未来を予見した者がいる?
その事実には、驚愕しかなかった。
しかも、この話はそれだけに留まらなかった。
「更に言えば、そいつは1等星でありながら、制限付きの星阑を完封したぞ?」
「っ!? 『ゼロ』である彼を!?」
いくらなんでもあり得ない。
制限付きと言っていることから、『ゼロ』としての力を使ってはいないのだろう。
だがそれでも、1等星と『ゼロ』とでは、隔絶した差があるというのに、それを完封?
「確かなの? 星阑」
「…………あぁ。忌々しいくらい、何も出来なかった。俺の行動を全て詠んでないと不可能なほどにな」
「しかもそいつ、まだまだ実力を隠してる感じだったんだよね〜。ちょっとムカつく」
星阑は、苦虫を噛み潰したような表情で答える。であれば本当に彼が負けたというの?
序列では第8位に位置するとはいえ、それでもあり得ない。
「だからこそ、俺たちは奴を信じると決めた。その力で威を示したんだからな」
「…………その者の名は?」
「神代当麻」
──ズキンッ
「っ!?」
「? どうした、ソフィア。いきなり頭を押さえたりして。…………痛むのか?」
「なんでも、ないわ」
その名を聞いた瞬間、激しい頭痛に襲われる。
けど、すぐにその痛みが引いたため、そのまま話を続けることにした
「それより……、神代。確か、クラス『勇者』を持つ日本人の守護者だったわね」
「そうだな。日本人にしては、中々に強かな一面があったぞ。その腹の内は、俺たちを利用する気でいたが、なんともまぁ健気に、『協力してくれ』と、頼みに来たな」
(どういうこと? 勇者には、私よりも高精度な予知スキルがあるというの?)
であれば、今までそれを秘匿する意味がない。
そもそも、笹倉さんがそれを見過ごすはずがない。
(何かの制約、もしくは、副次的な効果で未来を知った? …………ダメね。情報が足りなすぎる)
「満足したか? 序列4位に敬意を評して教えてやったのだ。感謝してほしいな」
「それについてはそうね。でも、それを容易く信じるほど、貴方は物分かりのいい人でもないでしょ? 序列2位に位置する貴方が」
「はははは、それはそうだとも! 嘘か誠かは、実際にこの目で見ないことにはな。だからこそ、今回は神代の口車に乗ったというわけだ」
笑いごとで済む話ではない。
私たちが戦い続ける根本を、彼は否定しようとしているのだから。
「そのためだけに、そこに住む人たちを犠牲にするつもり!?」
「舐めるな。俺が護るのは人ではない。国だ」
「国は、人がいないと成り立たないでしょ?」
「その通りだ。だが同時に国がなければ、人は住めない。国を護るからこそ、そこにいる民も護られるんだ」
「それは結果論よ!」
「ソフィア。物事は大局的に見なければならない。今回は俺が許可した。政府も俺にだけは口答えは出来ない。俺こそが中国なのだ」
「……傲慢ね。昔からそうだったけど、もう少し人を慈しむ心を持ったらどうなの?」
「俺ほど中国を愛している人間もいないと思うがな。民は強い国を求めている。だからこそ、俺は負けん」
「平行線ね」
「そのようだな」
互いの身体から魔力が溢れ出す。
両者一向に譲らないのだから、自身の威を通すためにやることは一つしかない。
「いいのか? 死ぬぞ」
「そっくりそのまま返すわ」
バチバチと、互いの魔力がぶつかり合う。
その余波により、周りの支柱などにヒビが入り始める。
「飛龍様、おやめください!」
「『ゼロ』同士の戦いは固く禁じられております! それに、いかに飛龍様といえども、ソフィアと戦えば、今後に支障をきたすことにもなり得ます! どうかここは……」
二人が声を上げて、私たちの戦いを制止しようと動く。
30年ほど前、『ゼロ』同士による戦いが一度だけあった。それにより両者が死亡する悲惨な結果となり、更にはその余波により甚大な被害があったという。
「…………確かに、2人の言う通りね」
「……まったくだな。少々大人気なかったな」
両者ともに魔力を収める。そしてそのまま私は立ち上がる。
「帰るのか?」
「えぇ。一応、聞きたいことも聞けたから。ひとまず、今回のことについては目を瞑るわ」
「そうか。だがな、お前が言った破滅のことだってある。やれることはやっておくに越したことはないと思わないか?」
その言葉を聞き、どうやらそれが今回の行動に結びついた本音なのだと理解した。
(一応、彼なりの考えがあるというわけね)
「そうね。私もそう思う。だから私は私で、やれることをやるわ」
「と言うと?」
「決まってる。日本に向かうわ。流石に色々と手続きしてからになるだろけど、件の神代に会わなければならなくなったから。それに……」
「それに?」
日本には、彼らがいる。
私にも未来を視ることの出来ない、特異な存在。
今はまだ吹けば消える小さな炎でしかないけど、いつか大きな炎になるという確信がある。
「日本には2人の不適合者いる。そしてその者たちが未来を変えると、私の直感が言っているの」
その返しに、三人は目を見開く。無理もない。私だって同じなのだから。
「それこそ、正気か?」
「大真面目よ。彼らは、私でも未来が視えない。しかもその1人の式神使いは、無謀にもたった1人、それもレベル1でFランクのデッドダンジョンを攻略した大馬鹿者よ」
「…………ふっ、ふふふ、ふはははは!! おいおい、それはほんとか? Fランクとはいえ、当時の俺でも出来ないことだぞ」
「えぇ。日本の笹倉さんから得た確定情報よ」
「…………」
キッと、目つきが変わる。
上に行けば行くほど、この事実における重要度が変わってくる。
未踏の小さな偉業。
だけどそれは、広い視野で見た時、如何に異常であるかを、そう遠くない未来で目の当たりにする。
「面白い」
ニヤリと笑う飛龍。それは他の二人も同じ。でもそれは決して嗤笑ではない。
未知への好奇心。
もしくは、期待と言ってもいい。
「いつか会えることに期待しよう」
「えぇ。お互いに生きていたらね」
それだけ伝えて今度こそ、この部屋を後にする。
「さてと、一度イタリアに戻ってから、笹倉さんに連絡でも入れましょうか」
本当はこのまま日本へと向かいたいが、政府から依頼されていることも山積みであるため、中々融通が利かない。
(確か、イリーガルダンジョンの調査が2件ほどあったかしら)
私の目を以ってしても、なぜ追加したのかを知ることは出来ない。ただ追加しただけで終わるということはないはず。
(破滅への足掛かりと考えるのが、普通ね)
とはいえ、考察したところで、確たる証拠がない以上、今は少しでも情報を集めるしかない。
それが巡り巡って、未来への道筋になると信じ、めんどくさい帰り道を歩き始めた。




