永久の目的④ 敗北後の余韻
「ふぅ、和人のくせに生意気だったなぁ。まさか左腕を持っていかれるだなんて思いもしなかった」
ポツリと、さっきまでの戦いについて振り返るような素振りを見せる。そこには、死闘の果てにある勝利への高揚というより、どこまでも敗者に対する侮蔑が込められていた。
「まっ、これで和人も、私にはどうやっても勝てないって理解したかな?」
許せない。
神薙君の努力を、工夫を、覚悟を、その全部を否定する彼女が。
彼がどれだけ必死に戦っていたと思うの?
グッと、泣きたい気持ちを堪えながら、スッと、右手に持つ星月霊杖を天へと掲げる。
「あとはあの女だけかな。ねぇ、君も戦うの? 言っておくけど、後衛職が前衛に勝つだなんて不可能……だか……ら」
彼女はこっちへと振り返る。そしてその異変に気づいたんだと思う。だけど、もう遅いよ。
既に、詠唱の準備は整ってるから。
"我、星の巫女が告げる"
"救うは、慈愛の魂を持つ者"
"裁くは、無慈悲な魂を持つ者"
"断罪せしは、美しき光の刃"
"されど慈愛の心にて、罪深き者を救済せよ"
救済と断罪の剣閃!!
「ちょっ、何その魔法!?」
『心意の階位』の魔法を見て、彼女は目を見開き、すぐさま剣を構える。すぐに突撃してこないのは、この魔法を警戒しているからかな?
でも、今それを考えても仕方ない。動かないというのなら好都合でしかない。
「分かってますよ。今の私じゃ、まともに戦っても永久さん、貴女には勝てない。だからここは、勝負といきましょう」
「勝負? そんな騙し討ちみたいなことをして?」
「おかしな話ですね。散々神薙君のことを嘲笑ってた貴女が、この程度の魔法に怖気づくんですか?」
「むっかぁぁ。和人みたいなこと、言わないでほしいんだけど?」
「無理ですね。貴女とは違って、私と彼は苦楽を共にするパートナーなので」
「んなぁ!?」
ニッコリと笑みを浮かべながらそう答えてみれば、わなわなと身体を震わせる。初めて挑発してみたけど、意外と上手くいくものなんだね。
これも全部、神薙君から教わったことだ。
ちゃんと、彼の努力は私にも根付いている。
「どうします? いいんですよ、勝負を受けなくても。元々この魔法を使った時点で私の魔力はゼロ。この攻撃を避けてから私を斬れば、それで終わりなので」
「ほんと、和人みたいなこと言うんだね。いいよ、乗ってあげるよ! 勝負の内容は……、まぁ見たまんまか」
(かかった)
内心でほくそ笑む。
自分で言った通り、今の私には、彼女とまともに戦えるだけの力はない。だけど、『心意の階位』の魔法であれば通じるはずだ。
なにせ氷室さんの所で修行中、神薙君が全力で放った『纏』にすら、勝ったことがあるんだから。
「そうですね。私のこの魔法を防げたら貴女の勝ち。防げなければ、貴女の負け。簡単でしょ?」
「ふぅ〜ん。ずいぶんと自信があるんだね、その魔法に。確かに物凄い力を感じるけど、それが私に通用するとでも?」
「しますよ。じゃないと、警戒なんてしませんから」
「ほんと、むかつくぅぅ。そこまで言うのなら、見せてみなよ!」
第ニ秘剣:輝きしは星の剣
そうつぶやけば、永久さんは新しい剣を召喚し、手に持つ。その剣からはさっきの比ではないくらいの物凄い力を感じる。
更にその剣は、彼女の魔力を急激に吸収していた。
「あんたみたいな女には、勿体ない代物だよ」
「そうですか。でも安心してください。私の魔法も、あなたみたいな人には勿体ないものなので」
「そっ、じゃあ最後にこれだけは改めて言っておこうかな。……和人は渡さない」
「そっくりそのままお返ししますね。あなたみたいな人に、神薙君は渡しません」
「ふふっ」
「ふふっ」
互いに感情のない笑みを浮かべる。
そして──
「あいつを薙ぎ払え!! 輝きしは星の剣!!」
「彼女を貫いて!! 救済と断罪の剣閃!!」
永久さんは右腕で剣を勢いよく振り下ろせば、莫大な熱量を持った光の斬撃を放つ。
対する私は、右腕をスッとゆっくりと下ろせば、無数の光の剣が斬撃に向けて射出され、それを迎え撃つ。
次の瞬間、二つの尋常ならざる力が激突し、眩い閃光が精神世界を埋め尽くした。
***
「んんぅ……」
身体の気怠さとともに目を覚ます。
死を経験したのは今回が初めてだが、なるほど、死ぬとこういう感覚になるのかと、初めての経験に感心する。
どれくらい寝ていたのかは知らないが、一つだけ確かなことがあった。
(負けた……か)
完敗だった。今の俺が出せる全てを出して、そのうえで負けてしまった。
別に、まだ勝てるとは思っていなかった。
それでも、もう少し肉薄出来ると、そう思っていたが、実際は終始遊ばれていた。
最後の最後くらいだろう、永久が遊びを捨て、本気で殺しに来たのは。
「くそっ!!」
壁に勢いよく拳を当てる。
永久に負けるのは、これが初めてじゃない。
幼い頃は、嫌というほどに負け続けていた。
それに、まだ約束までの期限はある。
それでもやっぱり──
(悔しいことに、変わりはない!!)
分かってる。
こんなのはただの自己満足だ。
守護者の責務から考えれば、こんな感情は余分だ。
それでもやはり思う。
永久に勝ちたかったと。
──キュルゥゥゥ……
「コノエ……」
ポンッと、コノエがしょんぼりしながら現れる。
「気にするな。コノエの所為じゃない」
それと、待機中の式神たちからも、申し訳なさにも似た感情が流れてくる。
皆が皆、今回の結果について、不甲斐ないと感じているんだ。
「今回は皆での完敗だ。これをバネに、もっと強くなろうな」
コノエを抱き上げ、肩に乗せる。
──キュルキュル
「レベルを上げて、腕を磨いて、『纏』も、もっと練度をあげよう。振り返ってみれば、反省点は山程あるんだからさ」
──キュルル!
「ふっ、その意気だ」
優しくコノエの頭を撫でる。
こういう時、一人じゃないというのは、それだけで心強い。
「さっ、そろそろ行くか。藤宮さんを待たせてるんだしな」
──キュル!
コノエを連れて部屋を出る。
そうして、元の部屋へと戻ってみれば──
(何、これ……)
「ちゃんと防ぎきった、私の勝ちだったじゃん!」
「違います! 私の勝ちでした! それに、永久さんの頬に、傷ができてたよね!?」
「違いますぅ。あれは和人との戦いでできたものですぅ〜」
「へぇ〜〜、そう言って逃げるんだ? 1等星の名が泣きますね!」
「はぁぁ!? それを言ったらあんただって、みっともないでしょ! そんな小さなことをグチグチと言うんだから」
「約束を反故にしてる永久さんにだけは言われたくないよ!」
「何をぉ!?」
「何ですか!!」
──チュ……、チュチュ、チュチュ〜〜
「グレイちゃん、少し黙っててね!」
「和人のネズミは黙ってて!!」
──チュゥゥ……
「──────」
部屋に戻った途端、俺とコノエは言葉を喪う。目の前には藤宮さんと永久が激しく口論をしていたからだ。
そして精神世界に入る前に群がっていた、他の守護者たちはもうほとんどおらず、僅かに残っている者たちは、二人の迫力の前に怖気づいていた。
(な、何が、あったんだ?)
聞こえてくる内容からして、俺が死んだ後に、二人は戦った……のか? それで藤宮さんが勝って、永久が駄々をこね始めたから、藤宮さんが文句を言っていると、いったところだろうか。
(そういえば永久の奴、昔から勝負ごとでは人一倍負けを認めなかったっけ)
昔、施設の子供たちとトランプで勝負してた時は、一度負けるたびにガチ泣きしていたことを思い出す。
その所為で、遊んでくれる人が消えたんだよな。
(さて、どうやってあの中に入るべきか……)
──チュ?
「あっ」
──キュルッ
どうしようかと悩んでいると、二人の間で涙目になっていたグレイと目が合う。
──チュチュチュ〜〜〜〜!!!
まるで、『ようやく来てくれた〜〜!!』と言わんばかりに、グレイは一心不乱に俺の元へと走り出し、ピョンッとジャンプすれば、俺の顔へとしがみつく。
──チュチュ、チュ〜〜!!
「ぐ、グレイ。落ち着け、もう大丈夫だから」
──キュルルッキュ!
──チュ〜……
「神薙君!!」
「和人!!」
そしてグレイを皮切り、俺が戻ってきたことに気づいた二人がタタタッと、小走りしながらやって来る。
「大丈夫!? どこも痛くない!?」
「あぁ。少し気怠さがあるくらいでどこも異常はないよ」
「良かったぁぁ」
「ねぇ和人、この女酷いんだよ!? わざわざスキルと魔法での威力勝負をしてあげたのに、その勝敗に文句言うんだよ!」
「それは永久さんが認めないからですよね!?」
「知らなぁぁい。私は負けてないからね」
ぐぬぬぬぬと、二人は再びいがみ合う。これを俺が起きるまでの間繰り広げていたとなれば、グレイがこうなるのも頷けるな。
なので──
──ゴツンッ
「いっったぁぁぁ!! 何するの、和人!?」
「どうせ、難癖つけて駄々をこねてるだけだろ」
「ゔっ」
永久は昔から、俺にだけは素直な部分がある。それをもう少し、外にも出せばいいのに……。
「で? 実際は?」
そう問いかければ、物凄く不服な表情を浮かべながら、小さく『ほんの少しだけ傷を負いました』と白状する。
「そういうことだから、藤宮さんも許してやってくれ。根はいい奴なんだ。……うん、多分、きっと」
「ねぇ、それは酷くないかな!?」
「知らん」
「あ、う、うん。私は別にそれでもいいよ。永久さんが勝負に負けたと認めてくれたんだし」
「ほんっっと、ムカつくぅ! 両手だったら負けなかったし!」
「じゃあ、神薙君と私、2人の勝利だね」
「んなぁぁぁぁ!?」
(藤宮さんが、永久に勝った……か)
スキルと魔法での威力勝負と言ってたから、純粋に永久が威力負けしたと言うことだ。つまり藤宮さんが使える心意の階位の魔法には、1等星すら凌駕する力があることを指している。
「少し妬けるな。俺より先に、藤宮さんが永久に勝っちまったか」
「え!? あ、いや。私はただ、神薙君を貶すのが許せなくて、それで……」
「ありがとな」
「っ、へへへ」
優しく頭を撫でてみれば、嬉しいのか、藤宮さんの表情は崩れていく。
「むぅぅぅ、和人! そこは和人に勝った私に贈る行動だよね!?」
「知らん。…………次は必ず勝つ」
「まだ認めないの? 少し想定外のことがあったけど、和人じゃ私には勝てないよ?」
「それは今だけの話だ。あと1年、絶対にお前よりも強くなる」
「……そっ。まぁせいぜい頑張ってね♪」
「あぁ」
──キュル!!
コノエもやる気だし、待機中の式神たちも、これまで以上に頑張るという意思を感じる。
大丈夫。
そもそも強くなり始めてから、まだ2ヶ月ちょっとしか経ってない。
であれば、まだまだ伸びしろはある。
(ハードなレベリングが必要だけど、絶対に成し遂げてやるさ)
「さてと、野次馬も軒並み帰ったことだし、私たちも戻ろっか。和人の強さも分かったし、癪だけどその女の強さも分かったからね」
「協会に戻ったら私の依頼について話してあげる」
「いい加減、名前で呼んでくれませんか?」
「い〜や〜だっ」
「むぅぅぅ!」
「はぁ……」
(そういや、ここに来たのは、永久の依頼についていけるかどうかのテストみたいなものだったな)
約束のこととかで色々頭がいっぱいいっぱいだったが、当初の目的を思い出す。
そもそもの話。次の防衛戦まであまり時間もないというのに、それまでに終われるものなのだろうか。
「依頼について話してくれるのはいいが、防衛戦まで、そう時間もないぞ?」
なのでそう尋ねてみれば、永久からは思いもよらない言葉が出て、驚くことになる。
「ん? あぁそっか。和人たちは知らないよね」
「は?」
「あの、どういうこと?」
──今回の防衛戦、中国だけしか参加しないからね
「はぁぁぁぁあああ!?」
「えぇぇええ!?」




