プロローグ 永久は知る
夢を視た。
とてもとても懐かしい夢。
家族をあの悲劇で喪ってからそう日が経っていない時、寂しさから夜な夜な施設で泣き続けていた、弱い私だった頃の夢を。
「ぐすっ、うぇっぐ、ぐすっ……、ママ、パパ……」
「なんだ、こんな所で泣いてたのか」
「ぐすっ……、かずと、くん?」
「いつも何処かに行ってたから、見つけるの大変だったんだぞ」
そう言って彼は私の隣に座り、ポンポンッと、頭を軽く叩きながら、優しく撫でる。
「ぐすっ、ごめんね」
「いいんだ。……会いたいよな、家族に」
「……ゔん」
「僕も会いたい。毎日夢に出るくらいには会いたい」
「和人君、も?」
「うん。でもそれは、僕だけじゃない。ここにいる子供は皆同じだ」
和人君が隣いると、不思議とさっきまで寂しかった感情が薄れていく。
「死んじゃったら会えるのかなって、思ったこともあったな」
「それは……いやかも」
「死なないよ、僕は。やらないといけないことがあるから」
「やること?」
「うん。僕は…………ううん、俺はいつか神様を殺す」
「え?」
その言葉が、私に転機をもたらした。
「俺たちみたいな子供が出ないためにも。弱いままの自分で居続けないためにも。俺は強くなるんだ」
「弱い、自分……」
「うん。強くなれば喪わない。誰かが笑顔になる。そうすれば、いつか……」
「…………強くなれば、褒められるの? 寂しくならないの?」
「ん? まぁ仲間とか出来れば1人じゃなくなるから、寂しくはならなくなると思うし、褒められるんじゃないかな?」
「それに、永久が好きな絵本に出てくる王子様や英雄にだって、いつかなれると思うよ?」
「────」
それを聞いた瞬間、私の中で何かがハマった。褒められる、寂しくならない、英雄になれる。強いっていい事づくしなんだと思った。
「そういうことだから、永久は寂しがらなくていいぞ。今は俺がいるからさ」
「……和人君が?」
「うん。この施設にいる間は、俺が永久を守ってやる! そう思えば、もう寂しくないだろ?」
「……ぷっ、あははは!」
「えぇ? なんで笑うの?」
「だって和人君、追いかけっことか、じゃんけんとか、いつも私に負けてるじゃん。それなのに、守るだなんて! あははは!」
「わ、悪いか!?」
「ううん。私、弱い和人君が好き。それと、元気づけてくれてありがとう。……もう大丈夫!」
「え? 急にどうしたの?」
「ううん。でも、私も強くなるって決めた!」
「永久も?」
「うん! 強くなって、ママやパパに届くくらい、皆から、いぃぃっぱい褒められたい!」
「変な永久だな。じゃあ2人で強くなろっか」
「えぇ〜、和人君弱いから、きっと無理だよ?」
「うっさい! 絶対に強くなるからな!」
「「あははは!」」
これが私の原点。
弱いくせに、いつも私の道標になってくれる和人と少しだけ仲が深まった大切な思い出。
そして、私の英雄への道の第一歩となった日でもある。
─── 岩手県 守護者養成高校 食堂 ───
「柊、ここいいか?」
「ん? 他に座ってる人もいないんだから、どうぞご勝手に、神代君」
メキシコ跡地であったという防衛戦が終わり、3日が過ぎたころ、東北の岩手県にある守護者養成高校にてお昼を食べていると、クラスメイトでかつ、同じ1等星の神代当麻が声をかけてくる。
この人、ダンジョン攻略に力を入れてて、遠征という名目で、わざわざ東京からこっちにやってきたんだよね。
「この間のインタビュー見たぞ。ずいぶんと良い子ちゃんぶった回答をしたな」
「今更? いくらなんでも遅すぎない?」
「仕方ないだろ。ダンジョンに籠ってると、時間感覚がズレるんだよ。んで、なんであんな回答を?」
「……だってその方が英雄っぽいでしょ? それに実際、あの場で私より強い人いなかったし」
「ふぅ〜ん。世間を賑わせる『ゼロ』に最も近いとされる天才美少女が、実は傲慢で英雄願望がありましたなんて知ったら、世間はどう思うんだろうな」
「何も変わらないでしょ? 事実私は、英雄への道を歩んでる訳なんだし」
そもそも『ゼロ』に近いと言われてはいるが、その実、まだまだそこに至れないと思っている。
何度か彼らと直接話したことはあるのだけど、絶対的な差というのを肌で感じたからだ。
まぁそれも、あと1〜2年もすれば変わるだろうけどね。
「それで? 神代君は何しに来たの? ただ無駄話をしたくて、わざわざ食堂に来たわけじゃないんでしょ?」
彼はいつも、屋上で一人お昼ご飯を食べている。そもそもこの学校で、1等星である私たちに接触を測ろうとする人がいないから、必然的にボッチ飯になるんだけど。
「まぁそうだな。いくつかあるんだが、そろそろ俺の提案に乗る気になったかと思ってな」
「なんだっけ、10ヶ月後に控えてる戦いに向けて、効率よくダンジョンと防衛戦を突破して強くなろう、だっけ? 何度も言ってるでしょ? そんな眉唾な話、信じるに値しないって」
「だが、俺が言った通り、イリーガルダンジョンが現れただろ?」
「あぁ〜、そういえば言ってたね、そんなこと」
4ヶ月ほど前のこと、いきなり神代君から、『これまでとは違うダンジョンが出る』と言われていたことがあった。
それを考えれば、10ヶ月後の戦いというのも、強ち嘘じゃないのかもしれない。
でもねぇ……。
「でもさ、それ年末って話だったじゃん。実際に現れた時期があまりにも早いんだけど?」
「それが俺も不思議でならないんだよ。こんなに早く現れるとは思いもしなかった。まさか、俺の予測が外れるだなんて……」
「予測ねぇ……。ねぇ、実際のところ、神代君のクラスって、本当に『勇者』なの?」
クラス『勇者』。
Sランク相当に位置し、彼しか持たない唯一無二のクラス。逆境になればなるほど、強くなると言われているのだけど、未来予知もあるだなんて聞かされていない。
「勇者だよ。それと、勇者と俺の予測は全くの別物だ。詳しくは話せないが、色々な要因が重なった結果だ。運命と言ってもいい」
「ふぅ〜ん」
まぁそんなの私にはどうでもいいことだ。そもそもの話、神代君のこと、そこまで好きでもないし。
なんというか、ハリボテに見えるんだよね。
「そういうことだから、その話に乗るつもりはないからね」
「はぁ……、まぁいい。まだ時間はあるんだ。気長に口説かせてもらうさ」
「はいはい。それで、他の用件は?」
そう尋ねてみれば、神代君の雰囲気が少しだけ変わる。どうやらこれから話す内容が、今日の本題らしい。
「この間の防衛戦、覚えてるな?」
「ん? なんでもかなりキツイ戦いだったらしいね。協会から箝口令が出てて、参加した人たちは誰一人として、口には出さないけど」
一体どれだけ過酷な戦いだったんだろう。知り合いの1等星たちも皆、暗い表情を浮かべていたから、気になると言えば気になる。
「神代君は知らないの?」
「俺も知らない。つーか、そもそもあの戦いは、そこまでキツイ戦いじゃなかったはずなんだがな」
「あの戦いって、何か知ってるの?」
そう問いかけてみれば、『何でもない、気にするな』とはぐらかされてしまう。
(私には仲間になれと言っておきながら、秘密主義も大概にしてほしいんだけど……)
まぁ、ずっとこの調子だから既に諦めているけど。
「ごほんっ! まぁそれは置いといて、実はな、その防衛戦で1番活躍したのが日本人なんだ」
「へぇ〜。誰なの? 鮫島さん? 松本さん?」
日本でそれなりに活躍出来る人となれば、1等星であっても限られてくる。特にこの二人は、臨機応変に対応出来る人たちだから、きっとこの人たちが活躍したんだろうと思ったのだけど、どうやら違ったらしい。
神代君がこれから紡ぐ言葉を聞き、私の頭は真っ白になったからだ。
それは──
「聞いて驚くな。不適合者……、それも、神薙和人が活躍したって話だ」
「────」
(和人が、防衛戦に?)
あの才能もなく、弱いだけの彼が?
式神使いという不適合者でありながら?
「あいつ、いつの間にか防衛戦に参加してたんだよ。どんな手を使ったかまでは知らないが、あの口先だけの無能がだ」
ポロポロと、神代君は和人と嫌味を言う。それを聞き、思考を取り戻した私は、以前から感じていた違和感を最初に尋ねることにした。
「色々聞きたいんだけどさ。……神代君って、和人のことどうして前から知ってるの? 和人って弱っちいし、不適合者だから、守護者関係の人間関係なんて、ほとんどいないはずなのに」
「……柊には関係ないことだ」
「それはない。和人に関係することで、私が関係ないだなんて。だって和人は私の物なんだから」
「…………本当に柊には関係ないんだ。俺が一方的に知ってるだけなんだ。弱くて、口先だけで、誰も守れない。そのくせ責任感だけは一丁前にある。それがあいつだ」
まるで苦虫を噛み潰したかのような表情を浮かべながら、和人の本質がそれであるかのように話す。
「神代君、分かってないね。和人のことを」
「何?」
そう、何も分かってない。
「いぃい? 和人はね、確かに弱い。私よりも圧倒的にね。それでも、私のことを守ってくれるただ1人の男の子なんだよ?」
ほんとに笑っちゃうよね。弱いくせに誰よりも強い光を持ってる。まさに私だけの王子様だ。
「柊こそ、分かってない。あいつはそんな奴じゃない」
「平行線だね。……まぁいいや。それで、本当に和人が活躍したの?」
「……あぁ。確かな情報筋から仕入れた情報だ」
「ふぅ〜ん、本当に強くなろうとしてるんだ」
私との約束も、あと1年しかないから必死なんだろうね。そもそも不適合者って、強くなれたんだ。
「……久々に、会いに行こうかなぁ〜」
「本気か? 次の防衛戦まで1ヶ月しかないんだぞ?」
「神代君がここにいる時点で、ある程度予想はつくよ。…………今回は中国だけしか参加しないんでしょ?」
「…………よく分かったな」
「そりゃね。知り合ってもう3年だよ?」
「それもそうか。向こうにはどんな相手なのかはもう伝えてる。楽勝さ」
「それも、予測?」
「そういうこと」
(中国にコネなんか作ってどうする気? それとも、本当に10ヶ月後の戦いに向けて、画策してるとか?)
いまいちその辺りの真意は掴めないが、私には関係のない話だ。そういうのは勝手にすればいい。
私は私のやり方で、英雄へとなるのだから。
「とりあえず校長に言って、短期間だけ東京に行けるようにしてもらわないと。あ、お義父様たちにも話さないとか」
「本当に行くのか?」
「うん! 強くなったのか見てあげないとね。神代君も来る?」
「俺はパス。あいつに会ったら殴りそうだ」
「あそ」
であれば急ごう。パパッと残りのご飯を食べ、立ち上がる。
「それじゃ、私は行くから」
「あいよ。またな」
神代君と別れ、食器を返してそのまま校長室へと向かう。ちょうど別件で、人手を集めろとも言われていたから、使えるなら連れて行くのも面白そうだ。
(久しぶりに会える、和人に……)
気分を高揚させながら歩く。
だけど永久はまだ知らない。
和人が永久の予想を越えて強くなっていることを。
和人の隣に、永久にとって邪魔な女がいることを。




