エピローグ 終戦
「ご、ごぶっ……」
切り口からビシャビシャと、大量の血が地面へと落ちるが、ヴァレンティスは倒れることなく、ジッと俺のことを見つめる。
「よもや、わしが……、負ける、とは……」
「騙し討ちみたくなったが、殺し合いだ。俺がお前の拳を斬れるという可能性を考慮すべきだったな」
「そう、じゃな……。その可能性を消しておった」
ヴァレンティスは身体の向きを変え、玉座の方へと歩き出す。
「貴様らの勝ちじゃ。……去れ」
ソフィアさんの方を見れば、コクリと頷く。その傍らにはウィンドウが表示されていて、遅れて俺の方にもウィンドウが現れる。
"防衛戦は終了となります"
"見事、防衛に成功しました"
"おめでとうございます"
"最も貢献した者へはこの後、報酬を贈られます"
"次回は、1ヶ月後"
"場所は、中国の湖北省となります"
"正々堂々頑張ってください"
(次は中国。それも1ヶ月後か……)
ほとんど準備期間がなければ、防衛戦場所も1ヶ所。かなりの激闘になる予感がする。
それに、場所が中国ともなれば、色々めんどくさそうだ。
「和人君、戻りましょう」
「はい」
「中々にいい攻撃だったわ。自分のクラスで何が出来るのか、これからも模索するのよ」
「ありがとうございます」
『ゼロ』に認められると思うと、少しだけ嬉しくもなる。
そうしてこの玉座の間から出ようとするのだが──
「よさぬか、お前ら」
「ですが! 我ら短命種が長命種に敗北するなぞ、認められません!」
「ましてやそれが、ヴァレンティス閣下ともなれば!!」
「どのみち帰れば死ぬ身! ならばここで!」
「この者らを道連れに!」
涙を流しながら、生き残った四人の青年らが、俺たちに刃を向ける。
この人たちの種としての成り立ちには同情こそあれど、それを押し付けられるのは迷惑にほかならない。
「止めなさい。戦いはもう終わったの」
「ここから先は、無利益の戦いだ。どんな重いペナルティがあるにしろ、生きてることに意味があるんだ」
「黙れ! 我らは既に15! ペナルティで奪われる寿命は15年。ならばこの命に意味なんてないんだ!」
「「…………」」
彼らの平均寿命は25年。彼の言う通り、ペナルティを受けた時点で彼らは……。
(慈悲、なのかな?)
鞘から折れた刀を抜こうとするが、ヴァレンティスが『止めい!』と、強く叫ぶ。
「例えそうであっても、ここで死ぬことは許さぬ。わしらは負けた。であれば、潔く受け入れろ」
「ぐっ、ぐすっ……」
カラランっと、その者たちは武器を落とし、泣き崩れる。見ればソフィアさんも剣を抜こうとしていた。
「すまぬな。見苦しいところを、みせた」
それから再度この部屋から出ようとした際、『歩きながら聞け』と、ヴァレンティスはつぶやく。
「式神使いと言ったか? わしの世界にも、似た力を持った者が、かつていた。……その者は妖精使いと、言われておった」
(妖精、使い……)
以前、天上の執行人からも霊獣使いと言われたことがあったが、どういうことだ?
「ごふっごふっ、……貴様のような強者ではなく、圧倒的なまでの弱者。だが、誰よりも世界を愛し、わしらを愛そうとした。思えば、奴だけがわしらを同じ人間として扱っていたな」
「…………そいつは、どうなった?」
ピタリと立ち止まり、それを尋ねる。
「死んだ。……15年前、神がわしらの世界に接触したことがあった。同時に、世界の破滅にも似た事象が起きた。はぁ、はぁ……、当時の王は、その力に怯え、己が国を守るために、神とある契約を結んだ」
「その契約って?」
「短命種の絶滅じゃ。じゃがそやつは、長命種にも関わらず、最後まで反対し続け、そして最後は、わしを庇って死んだ」
「だからこそわしは、復讐し、覇権を握ったのじゃ」
きっと心優しい人間だったのだろう。
だが同時に思うのは──
「そんな人がいたのなら、どうして生き方を変えることができなかったんだ」
「それが短命種の定め。わしらは結局、最後まで間違い続ける種族なのだから」
「…………ゆけ。もう、話すことはない」
今度は本当に話すことがないようだ。
ソフィアさんと共に今度こそ戦艦から出ると、戦場のいたるところから、光の粒子が割れた空に向かって流れていく光景が広がっていた。
「和人君は初めて見るのよね。これは帰還の合図。この光の数だけ、生き残った者や兵器が、元の世界へと戻っていくの。…………意外と生き残った者たちも多いのね」
だとしても、後味が悪いことに変わりはない。彼らはこれから、いつ死ぬのか分からない恐怖が付き纏うのだから。
「普段なら、こんな嫌な気持ちにならなくて済むのにね。初参加の防衛戦がこれだなんて、辛い体験になったわね」
「いえ。結局、殺し合うことには変わりないので……」
「そう。なら、早く戻って咲ちゃんを安心させなさい」
「……はい」
カッと後ろから光が差す。そして振り返ってみれば、俺たちがさっきまでいた戦艦が消えていた。
(同情はするが、共感はしない)
向こうも俺たちと同じようにリスクを背負っている。それが分かっているからこそ、哀れむことはできない。
互いに殺し合った末の結末だ。勝った者として、前を進み続けるしかない。
それからガルダを召喚し、その背に乗る。式神借力で翼でも生えないかと期待はしたが、流石に無理そうだ。
「ソフィアさんも」
「ええ。空の旅を楽しませてもらうわ」
ソフィアさんに手を差し伸べ、ガルダの背に乗せる。そして司令部へ向けて飛び立った。
***
「…………そうか。君たちの健闘に敬意を」
既に終戦したことは知ってはいたが、ソフィアから改めて戦いが終わったことを告げられたことで、ドッと身体から力が抜ける。
(神薙10等星がボスを倒した……か)
僅か2ヶ月足らずでこの戦果。既に彼は我が国においても貴重な戦力の一人と言っても過言ではない。
恐らく他の守護者が放っておかないだろう。自身のクランへと勧誘するかもしれない。
特に、同年代のあの二人がどう出るのか……。
(いや、それは置いておこう。まずやることは……)
無線機を起動し、生き残った守護者たちへ報告するのが、私の終戦後に行う最初の仕事だ。
"笹倉だ"
"既に君たちは知っているとは思うが"
"先ほど『ゼロ』のソフィアから連絡を貰い、神薙和人10等星が、敵のボスを倒したとの報告を受けた"
"よって、今回の防衛戦は我々の勝利である"
"君たちには多大な負担をかけたと思う"
"望まぬ戦いをさせてしまった"
"それでも言わせてほしい"
"君たちの健闘があったからこその勝利だ"
"お疲れ様"
"ゆっくりと休んでくれ"
(次は、中国……か)
はたしてあの国が、素直に我々と協力してくれるのだろうか……。戦後処理もしなければならないので、やることは山積みだ。
「各国の死傷者のリストアップを行い、各国への通達と、メディアへの報告も忘れないように。……それと、モノリスに変化が発生していないかも調べるんだ」
──はい!
「私は少し席を外す。君たちもよくやってくれた。終わり次第、ゆっくり休むように」
局員に指示を行い、司令室を後にする。
そうして向かった先は、とある病室。そこには数人の守護者が座っており、ベッドで横になっている者を元気づけていた。
「遠見君、終わったって」
「あぁ、クソッ! 和人と藤宮ちゃんに全部押し付けちまった。……ほんと、すまないな」
「いえ。でも、無事で良かったです」
「子供だと分かって戸惑うとか、まだまだだな」
「拓真、命あっての物種だろ?」
「……まぁな。倉瀬も悪いな、嫌な役をやらせた」
「いいさ。さっさと怪我を治せよ」
「もう大丈夫なのかな、遠見2等星」
「笹倉さん!?」
「元気そうで良かった。毒をもらったと聞いていたが?」
なんでも敵の使うナイフには、回復を阻害する効果の毒があったという。
「まぁな。錬金術師は毒耐性が高いから、それで生き残ったにすぎないです」
「そうか。だが、それだって君の力だ。よく生き残ってくれた。…………時に、藤宮10等星」
「は、はい!」
「彼の迎えに行かなくていいのかい?」
その言葉にピクリと、彼女の身体が反応する。
きっとすぐにでも会いたいのだろう。
本来であれば、最も活躍した二人には、それなりの称賛が与えられるはずだった。だが、今回の戦いにおいて、それは絶対にないであろう。
この戦いを早期に終わらせてくれた感謝はあれど、褒める者は誰もいない。誰もが彼らに重荷を背負わせてしまったと、そう思っているからだ。
だがそれでも、労いの一つはないと割に合わない。
であれば、相応しい者は一人しかいない。
「いいのでしょうか? 皆、そういう雰囲気じゃ、ないのに……」
「誰も責めやしないさ。むしろ、遠慮しているはずさ。違うかな、倉瀬3等星」
「ん? まぁ、そうですね。すぐにでもお疲れと、言いたいところですね」
「ほらね。だから、遠慮せず行きなさい」
「っ、はい!」
元気よく答えれば、タタタッと、病室を後にする。
「ふふっ、若いというのはいいものだね」
「おっさんクサいですよ、笹倉さん」
「そうかもしれないな。君等もゆっくり休んでくれ。ご苦労様」
「笹倉さんは?」
「同じように、労いの言葉を他の守護者たちに贈ってくる」
それだけ伝えて、私も病室を後にする。あまりにも甚大な被害を被ったが、我々は歩みを止める訳にはいかない。
いつか、この戦いが終わると信じて。
***
「はぁはぁはぁ……」
司令部の外へと出てみれば、既にガルダが降りていて、神薙君がポンポンと、頭を撫でているようだった。
(生きててくれた)
勝ったのは知ってた。
笹倉さんからの通信も聞いてた。
だけどこうして、君が私の前にいるんだと知れたことで、ようやく終わったんだって、実感する。
──チュッチュチュ!
「グ、グレイちゃん!? どこから出てきたの?」
──チュチュ〜♪
前触れもなく、ポンッと、私の肩の上にグレイちゃんが現れる。まるで一緒に労おうとでも言わんばかりに、小さい前脚で、神薙君を指差す。
ほんと、神薙君の式神って自由意志が強いよね。
「うん、じゃあ一緒に行こっか」
──チュ!
タタッと、神薙君の元へと走り出す。グレイちゃんが勝手に出てきたことに気づいているのか、近づくにつれて、『グレイ!? どこだ!?』と、辺りをキョロキョロしている。
だから──
「神薙君!」
「……ん? あぁ、藤宮さん」
「誰を、探してるの?」
「あぁいや、グレイが勝手に出てきた気がするんだが、何処にいるのかが分からなくてさ」
「ふふっ、グレイちゃんなら、ここだよ」
──チュチュ!
ポーチから、ひょこっとグレイちゃんが顔を出す。
「お前、いつの間に藤宮さんの所に出てきた!?」
「ついさっきだよ」
「まったく。出番がなかったからって、こんな時に出てくるなよ……」
「ふふっ」
なんだろう。あんな戦いがあったにも関わらず、普段と変わらない会話をしている気がする。
(あれ? そういえば……)
「神薙君、ソフィアさんは?」
「ソフィアさんなら、一足先に司令部に戻っていったよ」
「そっか。どこかですれ違ったのかな?」
「だろうな。藤宮さんは……、迎えに来てくれたのか?」
「うん。それと……、神薙君に伝えたいことがあったから」
「俺に?」
「うん。あのね……」
この言葉だけは誰にも譲れない。
「お疲れ様。それと、おかえりなさい」
その言葉に、一瞬だけキョトンとした表情を浮かべるが、すぐに普段と変わらない表情へと戻り、その言葉を口にする。
「ただいま、藤宮さん」
色々と辛い初防衛戦ではあったが、無事に私たちは、生き残ることが出来た。だから今は、その事実に感謝しよう。
===== 戦況報告 =====
1等星:150名(戦死者:62名)
2等星:1367名(戦死者:453名)
3等星:2581名(戦死者:1125名)
4等星以下:12589名(戦死者:3614名)
=====================
***
「戻って、来たか……」
「…………はい。座標軸共に我々の世界へと帰還してまいりました」
「どれくらい生きておる?」
「…………外にいる反応は、1136名。そのほとんどが、長命種であるため、約9割の同胞が今回の戦いで散ったことになります」
「そう、か……」
得られたものはなく、むざむざと同胞たちを死なせる結果となったか。
(これが、殺ししか道を選べなかった者の定めか……)
「ヴァレンティス閣下、まずはそのお怪我を」
「よい。……既に、手遅れじゃ」
よくもまぁ、ここまで保ったと褒めるべきだ。本来なら、あの場で死んでいてもおかしくはないのだから。
それでも、死ぬわけにはいかなかった。
何故なら──
「来たか」
ブゥンッと、ウィンドウが現れたと思えば、そこに書かれていたのは、ペナルティについてだった。
"敗北者ペナルティ"
"60秒後、短命種から15年分の寿命を徴収いたします"
"最後の時間、楽しんでください"
(まったく、悪趣味じゃな)
「ヴァレンティス閣下……」
「よく、わしに付き添ってくれた。感謝する」
「我々こそ、最後に共に戦えたこと、感謝しております!」
「そうか。じゃが案ずるな、その魂は皆と共に……」
"ペナルティを実行します"
それが表示された瞬間、わしの目の前で敬礼をしていた者たちは、バタバタと、まるで糸が途切れた人形のように、力なく倒れる。
じゃが、わしだけが何も起きない。
これは?
──堪能させてもらったよ、君たちの戦い
「…………誰じゃ」
誰もいないはずの空間から声だけが木霊する。
──短命種だったっけ? 実に無意味な戦いだったね。けど彼らに与えた恐怖だけは、かなり美味しかったよ
「…………神か?」
──正解
わしが聞いた声とはまた別の神のようじゃ。どこか幼く、それでいて恐ろしいと直感的に感じた。
──ねぇ、どういう気持ち? 自分だけが取り残され、他の短命種が死んでいく様を見るのはさ
「貴様……、ごぶっ……、はぁ、はぁ……」
──あははは! 死に体で魔力を練ろうとするからそうなる
「なぜ、わし、だけを……」
──う〜ん。ちょっとした気まぐれ、と言いたいけど、聞きたいことがあってね
「聞きたい、こと?」
──そう。式神使いについて、ね
「奴が、なんじゃ……」
──どうして君に勝つことが出来たのかと
「…………」
どうやら神は、わしらの戦いを観戦していたようじゃな。だが、なぜそれを気にする?
「知って、どうする……」
──星の守護者はどの世界でも、目障りな存在でね。対抗策は色々と考えたいのさ。…………そう、君の世界にいた妖精使いのように
「っ!?」
(奴が、星の守護者?)
聞き覚えのない言葉ではあるが、あの弱者だった奴が、神にとって目障りな存在であったことに衝撃を受ける。
もしや、あの虐殺も……。
「まさか、お主らは……」
──あ、気づいた? ここを管理してるアトムから教えてもらったんだ。いやぁ、あそこまで愚かなことをしでかすなんて、ほんと面白いよね
──そして君たちみたいな不完全な生物のために命を投げ出した、妖精使いもさ。まぁ、そのおかげで妖精使いは死んだからいいんだけどね
「き、さま……」
まさかあれが、あやつを殺すためだけに行われたただと? ふざけるな。なら、わしらは何のために……。
──怒るのもいいけど、そろそろ答えてくれない? 延命させるのも、いい加減、面倒だからさ
「きさまぁ……」
まったくもって最悪だ。最後の最期で、こんな結末を知らされる羽目になるとは。
殴りたいのに、その殴る対象すらいないのだ。これが無念でならない。
だが、同時にある考えにも行き着いた。
(奴は、神にとって目障り。そして奴もまた、神を目障りだと思っている)
あの問答の中、奴は神への怒りを露わにしていた。であれば、いつかその刃は神の喉元に届くやもしれない。
何せ、格上だったわしを、見事殺したのだから。
「…………よいじゃろう」
──お、じゃあ早く教えてほしいね
「ふん。この程度のことすら、分からぬようじゃ、神の力もたかが知れておるな」
──なんだって?
「簡単なことじゃよ。奴がわしより強かった。それだけじゃ」
だからこそ、本当の理由は教えない。
奴がわしより優れていた真の理由。
それは、最後まで諦めない意思を持っていたことを。
──つまんないことを言うんだね
「貴様が幼稚すぎるのじゃ。神よ」
──そ。ならもういい。さようなら、愚かな短命の王よ。君が死んだ後の世界には、どんな絶望が待っているんだろうね
「知らぬ。それは……、この世界に生きる、強き者たちが決めていくことよ」
──どこまでも……、つまらない幕引きだね
興味をなくしたのか、どこまでも冷たい言葉を聞いた瞬間、ドクンッと、心臓が強く脈動したと思えば、突如として心臓が停止する。
息もできず、次第に意識が遠のいていく。
(あぁ、これが、死か……)
恐らく短命種にはもう未来はない。次代の王が、完全に滅ぼすだろう。
だがそれでも──
(どうか……、生きて、命を、つなげ…………)
タランと、事切れたかのように、腕が垂れ下がる。玉座にて、短命種の最後の王が力尽きた。
第2章:完




