メキシコ跡地防衛戦 後編⑤ 愚者の王と不適合者 Ⅱ
─── 旧メキシコ首都作戦司令部 ───
「藤宮ちゃん!」
「山口さん……」
アビーさんと一緒に司令部へと戻ると、そこには山口さんがいて、ガバッと私のことを抱きしめる。
「あ、あの……」
「バカ……」
「え?」
「あんなことをしたのに、そんな平然な顔をしないで」
「…………でも、あぁしないと」
「分かってる。遠見君もそれで重症を負った」
「え?」
「健一君たちや他の守護者たちも、藤宮ちゃんたちが攻撃するまでの間、ずっと前線で心を殺しながら戦ってた」
山口さんは声を震わせながらも、抱きしめることを止めない。
「だから、もういいの」
「あ……」
「お疲れ様」
その言葉を聞き、ポロポロと涙が溢れ出す。ギュッと私も山口さんを抱きしめ返す。
「はい˝!」
「神薙君は?」
「ぐすっ、ボスを、倒しに……」
「そっか。じゃあ、帰ってきたら、同じことをしないとだね」
「うん」
(神薙君。早く、戻って来て……)
***
「あははは、全然攻撃が当たらないや!」
「子供の遊びじゃないのよ? ここは殺し合いの場。当たらないように立ち回るのは当然よ」
エンデという男の子の猛攻をひらりひらりと、躱し続ける。
(身体能力だけで言えば、1等星でも上級レベルね。でも、技術は未熟にもほどがある)
確かに、この子の速度と力は常軌を逸している。2等星レベルが複数人でかかっても、かなり苦戦を強いられる展開になると思う。1等星でも、相性によっては苦戦するかもしれない。
でもその攻撃は単純で、フェイントもない。落ち着いて対処すれば、まず負けることはない。
だからこそ残念でならない。
こんな無邪気な子供たちに、道徳を学ばせられるだけの環境が、この子たちの世界にはないのだから。
(さて、残りは1分半と言ったところかしらね)
見れば、向こうも戦闘が始まったようだし、観戦するためにも早めに終わらせようと思う。
「ねぇ、1つ聞いてもいいかしら?」
「ん?」
「誰かを殺すのって、楽しい?」
「楽しいに決まってるよ! これまでは奴隷に堕ちた長命種を狩るしかなかったけど、他の世界に攻め込めば、こうやって殺し合いが出来るんでしょ? そんなの最高じゃん!」
「そっ。残念ね。この世にはもっと素晴らしいことがあると言うのに」
「へぇ~。例えば?」
アークで巨大な斧による攻撃を防ぐ。その状態のまま、彼の質問に答える。
「決まっているわ。星を観察することよ」
「なぁんだ、つまらなさそう」
「そう、本当に残念……」
ガキンッと、斧を弾く。すると武器の重さに負けて、エンデは千鳥足で後退する。
「武器の扱いがなってないわ。身体の使い方も、なにもかもがなってない。宝の持ち腐れね」
「それ、人を殺すのに必要?」
「えぇ、とても重要なことよ。それと……」
僅かな希望を発動する。もう十分にこの子の凄きを見させてもらった。だからもう、終わらせようと思う。
「もう君は、そこから動くことは叶わないわ」
「へぇ、それは……楽しみ────っ!?」
右へ移動するのは知っていたので、魔力操作で脚を強化。それで一早く先回りして、移動を防ぎながら、アークの刃をエンデが持つ斧にぶつける。
(次は、後ろね)
5秒先の未来では、後ろに下がってから反動をつけることで移動する光景が視えた。なのでエンデの後ろに先回りし、背中を斬りつける。
「ぎゃぁっ!?」
「ねぇ? 動けないでしょ?」
「こんっのっ!!」
振り返りで斧を振るのが視えたので、すぐさま右腕を斬るつける。戦闘において、そこまで先の未来を視る必要はない。5~10秒先まで視えれば、それだけで十分だ。
「本来戦いというのは、互いの信念をぶつけ合うものよ。そして戦争とは、それが国家間になっただけ」
「がはっ」
更に左足を斬り、膝をつかせる。
どれだけその身体が特別であろうとも、何もできなければ意味がない。
「ただ殺したい? そんなのは犬畜生と変わらない。少なくとも、この世界ではね」
「や、やめっ、ぼ、ぼく、死にたくない!」
「ごめんね。それが嘘って、もう未来で視ているの」
アークを振り下ろし、彼の身体を斬り裂く。
おびただしい量の血が噴き出し、声をあげる暇もなく、エンデの目から光が消える。
「エ、エンデ様が……」
「そ、そんな……」
「これほど虚しいと思った戦いは初めてよ……」
エンデの亡骸から視線を外し、もう一つの戦いへと視線を移す。
(さ、見させてもらうわ。不適合者の力を)
この戦いにおいて、僅かな希望を使うのは無粋。いつでも動ける準備だけして、その行く末を見守ることにする。
***
「ぬるぅああ!!」
ヴァレンティスの右フックを刀で受け止める。続けざまに、左拳が飛んでくるが、その左拳に目がけて、牛頭鬼が斧を振り下ろす。
流石にひとたまりもないと思ったのか、すぐさま後退し、牛頭鬼の攻撃を躱す。
「馬頭鬼!」
──グォオオオオ!
後退直後の隙を突き、もう一体の式神である馬頭鬼が右拳を振り上げる。
「くっ、こしゃくな」
ヴァレンティスは上手く左腕全体に魔力を纏い、馬頭鬼の一撃を受け止める。が、流石に防ぎきれなかったのか、そのまま10mほど吹き飛ばされる。
(魔力の層が分厚いな)
やつの特性かは知らないが、魔力を纏った時の硬さがあまりにも堅牢だ。
牛頭鬼と共に走り、未だ体勢を崩した状態のヴァレンティスに対して挟撃する。
「甘いわ!!」
俺たちの挟撃に対して、ヴァレンティスは両の手で防ぐ。
(素手なのに、平然と刀を受け止めるなよな)
両の手が塞がった瞬間、馬頭鬼が走り出す。それを見たヴァレンティスは、右足を力の限り地面へと振り下ろす。すると床が崩壊するとともに、それが衝撃波となって、俺を含め全員が弾き飛ばされる。
(王ということだけあって、実戦経験が豊富だな)
それも一対多に慣れた動きだ。きっと、似たような戦いが何度もあったのだろう。
「まずは邪魔な牛からだ」
「っ、牛頭鬼! 馬頭鬼のカバー!」
──グルォオオオオ
吹き飛ばされたことで、体勢が崩れた馬頭鬼に対して、ヴァレンティスが迫る。
それを庇うように牛頭鬼が間に入り、斧を構えガードの体勢に入るのだが──
「邪魔じゃ!」
「なっ!?」
魔力を込めた右拳を牛頭鬼が構えた斧にぶつけると、まるで魔力による拳圧とも言えるような衝撃波が発生し、斧ごと牛頭鬼の身体を貫いてしまった。
──グ、グモォォォ……
(牛頭鬼を、一撃で……)
スキルを一切使用していないにも関わらず、その圧倒的な攻撃力には脱帽しかなかった。これが、短命種の長か。
「素手だからと、舐めておらぬか?」
「……少し、舐めてた」
こっちの世界でも、素手を使うクラスは存在する。だが、こいつらはその出自から魔力を練ることができない。こいつが例外なだけで、スキルなどが使えないという本質もあることから、そこまで変わらないと思っていたが、前言撤回だ。
(こいつは、格闘系のクラス保持者。そして、1等星レベルの強さだと思って臨むべきだ)
一つの指針として、1等星は最低でも一つのステータスが30000を超える必要があると言われている。それを考慮すれば、俺との差は低く見積もっても1.5倍以上。
(そういえば昔、どこかの評論家が言ってたっけ)
──ステータスは確かに重要です。ですけど、2等星と1等星で最も差が生まれる要素。それは、どれだけ自身のクラスを理解しているのか。それこそが重要ではないのかと、考えています
あの時はまだ、ひたすらにレベルを2にするために奮闘していた時期でもあったから気に留めなかったけど、今になって、少し分かる気がする。
「あんたの魔力、少し特殊だな」
「気づいたか? わしの魔力は他の者よりも濃くての。こうして纏うだけで鋼さえ貫く剛腕となる」
「それは厄介だな。……馬頭鬼、まだいけるな?」
──グルォォォオオ!
馬頭鬼のやる気は、まだまだ十分のようだ。馬頭鬼と共に走り出し、続けて後ろからフェルンと万雷を召喚する。
「ぞくぞくと出て来るな。じゃが、その程度では、わしは殺せぬ!!」
ヴァレンティスへと接近し、馬頭鬼は両の拳を組み、頭上から一気に打ち下ろす。そして俺は刀を逆袈裟斬りを行うのだが、フッと、俺たちの視界からヴァレンティスが消える。
(消え……、まずい!?)
「フェルン、万雷、そこから──」
逃げるよう指示を出そうとしたが、時すでに遅し。すでにフェルンと万雷が吹き飛ばされていて、壁に激突していた。
「早すぎだろっ」
「そうか?」
「っ!?」
次の瞬間には、俺の懐にヴァレンティスがいて、右拳が俺のみぞおち部分へと迫りくる。これを受ければ、確実に死ぬ。
(見て、考えて、動く)
どんな時でも諦めない。逆に考えろ、こいつを殺せるチャンスだと!
全魔力をみぞおち部分へと集中させる。どれだけ強力な一撃であろうと、スキルによる攻撃ではない。であれば一撃くらいは耐えきれるはずだ!
「ぐぅぅぅぅ!」
「こやつ、わざと受けよった! っ!」
刀を逆手に持ち、そのまま喉元目がけて振り下ろすが、寸前のところで逃げられる。
だが、ひとまずは──
「ごほっ、ごほっ、ごほっ。……浅かったか」
そうつぶやくと、ヴァレンティスは自身の喉元に指で触れる。すると、微かにだが、血が付着していた。
「肉を切って骨を断つ……か。わしらよりも、よっぽど常軌を逸した戦法じゃな」
「子供を使った殺し合いに比べれば、全然マシだ」
(今の式神たちじゃ、ヴァレンティスの速度についていけない。むしろ、こっちの隙に繋がるな)
「馬頭鬼、戻るんだ」
──グモォォォ……
「そうしょげるな。今回は相手が悪かった。もっと強くなろうな。皆と一緒に」
──グモォ!!
撫でながら感謝を伝えれば、スゥゥッと、馬頭鬼は実体化を解く。
「よいのか? せっかくの手駒を減らして」
「構わない。色々課題がみえたよ」
息を整え、刀を構える。そして勢いよく走りだし、何度も刀と拳をぶつけあいながら、互いにどう命を終わらせるかに、思考を巡らせる。
ここから先、俺は一人で戦うことになる。
どうすれば、俺はこいつを殺せる?
(1人、式神使いが? 1人で戦う?)
命のやり取りをしている刹那、そんな思考が脳裏を巡った。
式神使いは、式神を使役し共に戦う。そして必殺の奥義として、式神を自身に憑依させ、その力を増幅させることができる。でもそれは現状、使い勝手があまりにも悪い。
だが、ふと思ったことがある。
どうして俺は、式神たちに対して、魔力操作を行うことが出来たのかと。
なんとなく使えるという確信があったから、これまで使ってきていたが、それにしては不自然だ。
式神が武器かと言われると、違う気がする。
(共に、戦う……)
そう、式神使いのコンセプトは、常に式神と共に戦うことにある。『纏』だって、式神がいなければ使用できない。
(魔力、式神、クラスの理解……)
俺の中で、何かが結びつこうとしている。だが、それを考えられるだけの猶予が圧倒的に足りていなかった。
「しまっ」
一瞬気を取られていたことで、ヴァレンティスが再度俺の懐へと潜り、拳を振るう。それをなんとか刀の刃で受け止めるが、ピキパキと、鬼神刀の刃にヒビが入り始める。
「ぐっ……」
「どうした。思考が別の方向へと流れておるようじゃが? よそ見をする暇が、貴様にはあるのか!! はぁぁぁぁぁああああ!!」
「がぁっ!!!?」
更に魔力が拳に込められ、そのまま力任せに振り上げる。その結果、鬼神刀の刃は完全に砕かれ、その衝撃で壁際まで吹き飛ばされ、そのまま壁に激突する。
「がはっ」
「終いじゃな。所詮、長命種に、われら短命種の生き様を否定することなんぞ、不可能じゃ」
──おぉぉぉぉおお!!
その宣言に、生き残ってる者たちが歓声をあげる。
(ここまでかしらね)
流石に、ボスを任せるのはまだ早かったかもしれない。彼は強い。等級に当てはめれば、エンデと同様に1等星の上位に位置するくらいには強い。
和人君も奮闘はしていたが、実力的には2等星の上位といったレベル。むしろ短時間とはいえ、よくここまで肉薄できたと褒めるべき戦果でもあった。
「……なんじゃ娘。次は貴様か?」
「えぇ。彼をみすみす見殺しにすれば、私たちの寿命は大幅に減らされることになるからね」
「ほぉう? そうか、貴様らの世界も寿命が奪われるのか……」
どうやら、私たちは似た敗北条件の元、戦わされていたらしい。
ほんと、どこまでも人の神経を逆なでにするわね、天上どもが……。
「気の毒とは思うけど、貴方を殺して終わらせるわ」
「やってみるがよい。エンデの仇も取らないといけないからの」
──待ってくれ、ソフィアさん
お互いに構え、殺し合いを始めようとした瞬間、和人君の声が聞こえてくる。
「和人君?」
「そいつは、俺が殺す」
折れた刀を持ちながら和人君は歩いてくる。その目は、未だ死んでいない。
「出来るの?」
「もちろんです。次で、終わらせます」
(嘘……じゃないわね。その目は、確信している目ね)
この刹那の時間で、何かを掴んだのだろうか。
さっきまでとは違い、明らかに視えている。彼を殺した未来が。
「分かったわ。ならもう、助けない。そのかわりあ、絶対に勝ちなさい」
「はい!!」
ゆっくりとソフィアさんは下がり、再度俺はヴァレンティスと対面する。
「よいのか? せっかくの好機を逃したのじゃぞ?」
「大丈夫だ。……次で終わる」
ヴァレンティスの射程圏内へと入り、立ち止まる。
そしてここは、俺の射程圏内でもある。
「そうか。では、死ね!!」
ヴァレンティスが全魔力を右拳へと集約させ、俺の頭蓋目がけて勢いよく拳を振るう。間違いなくこれまでの中で、最強の一撃だ。
(式神使いは、式神と共に……)
同時に、俺も折れた鬼神刀をその拳に向けて振り上げる。
「なっ!?」
次の瞬間、ブシャァッと、ヴァレンティスの拳から血が噴き出す。つまり、それが意味することは──
「わしの、拳を……」
(あり得ぬ、どのようにして斬った!?)
これまでの攻防から、奴はわしの魔力を纏った拳を斬ることは叶わなかった。にも関わらずわしの拳は、奴の刀、それも折れた刃によって斬り裂かれた。
更には斬られた部分からは、焼けるような痛みすらあった。
どういうことかと、その刀を見てみれば──
「炎の刃……、じゃと?」
「式神借力──コノエ、キリカ」
式神借力。
この技は、正確にはスキルではない。
待機中の式神から、魔力の一部を借り受け、その特性を主である俺が行使しているに過ぎない。
奴に吹き飛ばされ、ソフィアさんと会話をしていた、そのわずかな時間。そのわずかな時間があったからこそ、この答えに至ることができた。
俺が式神に魔力を流すことができるというのなら、その逆だって可能なはず。なにせそれは、『纏』で証明しているのだから。
この技術を会得したことで俺は、自身の魔力 + 契約式神の魔力を上乗せした攻撃を可能とした。
そしてこの技の利点は、『纏』とは違って何度も使えることと、複数の式神の力を同時に借り受けることができる。
そう、どこまでいっても式神使いとは、式神と共に戦う者であるんだ。
ヴァレンティスの拳を斬り裂いた原理は簡単だ。
折れた刃から、コノエから借りた力で炎の刃を生み出し、更にその周囲にキリカの風を纏わせることで、切れ味を強化した。
それにより、奴の鋼のように固い魔力を燃やし尽くしながら、その拳を斬り裂いたのだ。
そしてそのまま、返しの刃を振り下ろす。
「…………見事」
奴が小さくそうつぶやくと同時に、俺たちの刃がヴァレンティスの身体を斬り裂いた。




