メキシコ跡地防衛戦 後編③ 共に背負う
「…………状況を」
「4等星以下、一部を除き、戦線離脱を確認」
「1等星〜3等星の一部の者たちも、戦線を離脱。ですが、戦場に残った者たちは、心を殺しながら、今も戦線を維持してくれて、おります……」
「死傷者数も増加中。特に1等星〜3等星までの損耗が激しく、4割が死亡……」
──ドンッッ!!!
壁に向けて、勢いよく頭突きをする。ポタポタと額から血が流れるのを見て、局員たちも動揺しているが、今はどうでもいい。
(こんな……、こんな、ことが、許されると?)
開戦直後の砲撃についてはまだ理解できるからいい。だが、その後に続いた自爆特攻。あれは人の命を蔑ろにした卑劣な行いだ。
そしてその次に待ち構えていたのが、子供を戦場に送り、殺戮を行わせるという、常軌を逸した戦法だった。
いや、もうこれを戦法とは呼ぶまい。そもそもの話、我々と侵略者とでは、戦いに対する認識があまりにもかけ離れていた。
「……こちらのボスが誰かは、分かったか?」
「いえ……。恐らく4等星以下の者の誰かというところまでしか……」
「そうか。敵のボスがいる所在は?」
「ポイントA〜Sまでは確認済み。ですが依然として発見には至らず……」
「報告では、制圧戦艦破壊後から、その……、子供と接敵したという話です。それから重傷を負った遠見2等星の証言から踏まえると、南東方面が有力かと」
「…………」
状況は何をしても最悪だ。
前線では、例え敵であろうとも、本来守るべき対象であるはずの子供と殺し合いをしている。
心にかかる負担は、我々が考えるよりもずっと重く、そして深いはずだ。
『ささ、くら……さん』
『っ!? ソフィアか?』
『えぇ。ごめんなさい。報告が、遅れて……』
突然、専用の無線機が繋がったと思えば、ソフィアの声が聞こえてくる。だが、その声はさっきまでの余裕を感じせる口調ではなかった。
つまり──
『君は……、無事、なのか?』
『えぇ。色々、覚悟は必要だったけどね』
『…………すまない』
『いいのよ。この世界に住む人たちのためなのだから。他の守護者だってそうでしょ?』
『そう、だな。……それで、通信を繋いだと言うことは……』
『えぇ。この戦いは、じきに終わる』
『どちらが勝つと?』
『それは、これから起こることを見てから、判断して』
『何をするつもりだ?』
『私じゃないわ。だからどうか、これから起こることについて、何も言わないでほしい』
『感謝も、謝罪も……』
『それは、どういう……』
『そろそろ通信が入ると思うわ。私は、敵のボスと会ってくる』
『場所が、分かったと?』
『それも、これから分かることよ』
それだけ言って、ソフィアは通信を切る。
そして、彼女が言った通り、別の者からの通信が入ってきた。
それも──
──全守護者に告ぐ。今すぐ戦闘を中断し、制圧戦艦跡から、最低でも3km以上は離れろ
──俺たちの攻撃に、巻き込まれるぞ
(神薙、10等星?)
─── 制圧戦艦跡 上空 ───
「よし、笹倉さんに通信は入れた」
ガルダに三人で乗り、上空から戦場を眺める。得た情報では、南東方面にいるんじゃないかという話らしい。
まぁ、それについては今はいい。まずはこの絶望的な状況を終わらせる方が先決だ。
「本当にいいのか、藤宮さん」
「うん。神薙君だけに背負わせるだなんて、絶対に嫌。だから私も……背負う」
「だけど……、俺は、君にまでこんな業を……」
「分かってる。でも、そうしないと、いつか私は、あなたを殺してまう。見捨ててしまう」
「そんなの、私が死ぬよりも、ずっと嫌……」
あの時私は、怖気づいてしまった。
躊躇ってしまった。
でも、それを咎める人は誰もいない。
だからこそ、自分が許せなかった。
(あの時、私と神薙君が逆の立場だったら……)
きっと私は動けなかった。
自分の保身に走ってしまった。
神薙君を見捨ててしまっていた。
神薙君だけに、全部を背負わせてしまった。
「………………分かった」
「ありがとう、神薙君」
「藤宮……、私の残りの魔力も使って」
「アビーさん」
「気休め程度だけど、私も背負うから」
「……ありがとう、ございます」
深い深呼吸をして、魔力を練り上げる。
アビーさんの魔力と、星月霊杖の魔力も使う。
これから発動する魔法は、どの系統とも違う、星の巫女にだけ許された魔法。
これまでに私は、それに属する2種類の魔法を使った。そしてこれは、新たに生まれた3つ目の魔法。
(準備はできた。後は……)
「ねぇ、神薙君」
「ん?」
「手、握ってほしい」
これからすることを考えるだけで、手が震える。逃げたくなる。だから最後に、勇気がほしかった。
「あぁ」
「…………ありがとう」
キュッと握ってくれるその大きな手が、私の恐怖をほんの少しだけ和らげてくれる。
だからこそ、もう終わらせよう。
こんな悲しい戦いなんて終わらせて、皆で帰ろう。
"我、星の巫女が告げる"
右手で杖を掲げれば、巨大な魔法陣が展開される。
"降り注ぐは光の流星"
"其は、女神の涙"
"女神の慈悲の元、己の愚行に懺悔せよ"
"遍く悪を滅し、善なる者に魂の救済を!"
涙の流星!!
その魔法名を唱えた瞬間、魔法陣から無数の細い光の柱が降り注ぐ。
その光は、私が認知した敵のみを撃ち抜いていく。きっと、自分が何で死んだのかすら分からない人たちが大半だと思う。
そして、辛うじて分かった人たちは、撃ち抜かれた痛みから、悶え苦しみ、そして死んでいく。
そんな断末魔がそこらかしこから聞こえてくる。
「ゔっ……」
「藤宮さん!?」
「だ、大丈夫、だから……」
『涙の流星』。
この魔法は、全能力向上や救済と断罪の剣閃と同じ系統魔法。
この魔法を会得したことにより、それまで分類不明だったこれらの魔法が、『心意の階位』という新しい系統の魔法として分類されることになった。
私の魔力をすべて消費するから依然として燃費は悪い。でも、それを差し引いたとしても、1対多に対して、圧倒的な攻撃性能を有している。
防御用の魔法とかも覚えたかったのだけど、防衛戦が近いこともあって、攻撃面を優先した。そしてその選択は正しかった。
この魔法があって……、本当によかった。
「はっ、はっ、はっ、はっ、はっ」
「藤宮さん、大丈夫か!?」
「う、うん……」
「私、やれ、たよ……」
「子供も、皆、わたし……、わたし……」
「もう良い。もう十分だ」
神薙君は、ギュッと私のことを抱きしめる。その温もりだけで、私はまだ人なんだと実感できる。
「残りは任せろ」
「…………ゔん」
藤宮さんが放った『涙の流星』は、残存魔力が切れるまで放ち続ける殲滅魔法。藤宮さんの膨大な魔力量があるからこそ実現できる、必殺の魔法。
ただ、まだ精密な操作が行えないため、俺たちを巻き込む恐れが払拭できていないため、使用は限定されている。
(目算、5割は残ってるな)
であれば丁度いい。
二人で半分ずつ背負おう。
そして俺も、式神使いの奥義を発動させる。
纏:フェルン────雪羅
自身に氷を扱うフェルンを降霊させる。
すると、髪の色が銀髪へと変わり、魔力で構築された氷を意匠された和装がこの身を包む。恐らく、『纏』による副次効果なのだろう。
そして藤宮さんを抱きしめつつ、右の掌に、氷で出来た小さな蓮の華を創り出し、そっと地上に向けて落とす。
ゆっくりと地上へと到達した蓮の華は、パキンッと割れた瞬間、内部に圧縮されていた氷の粒子が一気に解放される。
そして、解放された氷の粒子に触れた熱源を、瞬く間に凍結させていった。
『雪羅』。
これは、熱エネルギーを持つ物体にのみ作用する絶命の凍結。氷の粒子に触れた箇所から熱エネルギーを奪い去り、物質を極低温状態にする。
そして最後は、風などの微細な振動を受けることで砕け散り、生物としての命を終わらせる。
魔力を全方位絶えず展開し続ければ防御は可能だと思うが、その術がない者にはどうしようもない。
現状は第Ⅷ階位の魔法と同等の性能ではあるが、いずれはそれすら超える極致に到れるだろう。
「なんという……、圧倒的なスキルなの……」
アビーはその光景を見て、呆然とする。
戦闘痕の激しかった地表は、雪羅によって美しくも残酷な、物体が砕け散った氷の世界へと生まれ変わっていた。
「『纏』で使える力をすべて使った。半径3km圏内に、生きてる者は存在しない」
「恐ろしい、力、ですね」
「対象を熱エネルギーを持つ物体に限定しているからこそ、ここまでの広範囲になっただけだ。それに、対象が絞れない分、俺も巻き添えになるし、魔力は凍結出来ない」
力のコントロールは今後の課題。
それに魔力だって、いつかは凍結出来るようにしてみせる。
だが、それについては今はいい。
おかげでボスが何処にいるのか、目星がついた。
(南東方面とは言っていたが、その通りだったな)
よっぽど、そのバリアに自信があったのだろう、俺たちを中心として、南東方面3km程離れたところに、ドーム上に凍結している部分が存在していた。
恐らく、そこに──
「藤宮さん、俺はこのままボスを殺しに行く」
「…………」
「アビーと一緒に、指令本部へ戻っててほしい。もう、魔力もないんだから」
「…………」
プルプルと、藤宮さんの身体が小さく震えてる。
無理もない。人を殺すだけでもかなりの精神を擦り減らすのに、その対象が子供ともなれば、その痛みは……。
「神薙君」
「ん?」
「帰ってきて。絶対に……」
涙目になりながら、藤宮さんは俺の顔を見る。
「あぁ、絶対にな。終わったら観光でもしよう」
「うん。待ってるから」
藤宮さんから離れ、新しい式神を召喚し、その背に乗る。
「アビー、藤宮さんを頼む」
「分かりました。ご武運を」
「絶対、死んじゃダメだからね!」
「ちゃんと、ボスを倒して戻るよ。ガルダ、2人をよろしくな」
──ケェェェン、ケェェェン!
それから二人と別れ、ドーム上に凍結している所へと向かう。
(ヴァレンティス。お前だけは赦さねぇ)
人の尊厳を、命の価値を、生きる意味を踏みにじってきているお前には、それ相応の報いを受けさせてやる。
そして、この戦いを仕組んだ天上よ。
「絶対に、俺たちが殺す」
激しい憎悪を抱きながら、最後の戦場へと向かう。
防衛戦の決着まで、残り30分。




