メキシコ跡地防衛戦 後編② 背負う罪
「あはははは、凄い凄い! お兄ちゃん、よく動けるね!!」
「ほらほら、私たちを殺さないと、お兄さんが死んじゃいますよ〜」
「っ」
キンキンッと、俺の刀とこの子たちのナイフが何度も火花を散らす。
「そうそう。その顔、最っ高だよ! 大人たちはみんな勝手だよね。ある程度の年齢であれば、躊躇なく殺せるのに、相手が子供だと分かった途端、手元が狂う。殺せなくなる!!」
「ねぇ、そんなに子供ってだけで殺したくないの? 身勝手だよね〜。でも、いいよ。ぼくたちはそういう顔を見るのが、大好きだから!!」
「クソっ、たれ」
現在俺たちは三人組の敵に襲われる形となった。
そのうち二人は俺が受け持っていて、残りの一人を藤宮さんとアビーに任せたまでは良かったのだが、まさかその相手が……。
(相手が子供とか、どんな嫌がらせだよ!!)
守護者たちが、何のために戦ってると思う?
大切な人たちを守りたい。そういう想いは確かにある。
だけど、多くの人たちの根っこにあるのは、今と未来を生きる子供たちにまで、悲しませるわけにはいかないからだ。
(藤宮さんたちは、大丈夫か?)
最悪なことに、二人とは分断されてしまった。
コノエたちには藤宮さんたちのサポートを頼んでいるが、子供を殺すことだけは禁止させている。
正直、一人で相手取る場合、この子たちは強い。
魔力による身体強化をせずに、素の身体能力だけで、俺たちとそう遜色ない力を実現しているのだから。
それでも経験や体格差など、トータルでみれば俺たちの方が優れている。
だから──
──キンッ
「およ?」
「そこっ!」
軽く男の子が持つナイフを弾く。そしてそのまま峰打ちをするために、刀を斬り下ろそうとするが──
「うわぁぁあああ、死にたくないよぉぉぉおお!」
「っ!!!」
ピタリと、寸前の所で刀が止まる。その隙を突いて俺を殺そうと、もう一人の女の子がナイフを突き刺そうとやって来る。それを間一髪のところで後方へと下がり回避する。
「クソっ……」
嘘だと理解しているのに、身体が動かない。
俺がこのザマであるにも関わらず、家族である式神たちに子供を殺させるなんて出来やしない! それは責任から逃げてるのと同義だ。
だからこそ、俺が斬り伏せないといけ、ない、のに……。
(頭では敵だって分かってる。なのに身体が、心がそれを……)
「えぇ〜。今お兄さん、ぼくのこと殺そうとしなかったでしょ? 甘いね〜」
「くすくす。ルゥル様、そう言わないでください。だからこそ、狩りが楽しいのですよ?」
「あははは、そっか〜。この気持ちが狩りの楽しさって感情なのか。うんうん。ヒマリも遠慮なく、殺しにいっていいからね?」
「えぇ」
(ルゥル、ヒマリ……、こいつらの名前か……)
あの明らかに小学生未満の体型でしかない男の子がルゥルと言うらしい。そして、中学2年生くらいの女の子がヒマリ。
あれくらいの年齢の時は、まだダンジョンに潜り始めたころだろ。それにルゥルという男の子だって、本来なら家族と……。
(情は消すんじゃなかったのか!)
「なんでだ……」
「ん?」
「なんで……、子供が……」
それは、意図した吐露ではなかった。今も耳に着けてる無線機からは、守護者たちの、子供を殺すことができないことによる嘆きや、その子供に殺される叫び声が聞こえる。
そして笹倉さんも、無理に戦わず、下がるよう指示を出す声が今も響いている。
だからこそ、思わず出てしまった。
「えぇ〜、それ必要?」
「まぁまぁそう言わないで、ルゥル様。それに、彼は今回のターゲット。少しくらい、お話しをしても罰は当たりません」
(ターゲット!? つまり、俺がボスか!)
嫌なタイミングで判明してしまった。であれば、無理に下がりでもすれば、他の人たちにも被害が……。
「はぁぁ。全く、これだから長命種はダメだね」
「ウォル、ター?」
向こうの言葉か?
「あぁ、こっちにはいないの? 長命種って言えば分かる? そしてぼくたちは『ディプロ』。短命種って奴さ」
つまりこいつらは、俺たちよりも寿命が短いと?
そんな種族まで、こことは違う異世界には存在するのか。だとしたら、尚更分からない。
「なら、余計に分からない。なんで子供である君らが殺し合いをする」
「お兄さん。貴方とて、まだ子供なのでは?」
(痛い所を……)
「……こっちは、ある一定の強さがあれば、戦いに参加ができる。俺たちはそれを満たしただけだ」
「であれば、私たちも似たものだと思うのが普通では?」
「それが君だけなら、まだ納得はできる。だが、その子は明らかに違う! 本来は戦いとは無縁のはずだ。それに、短命種だと言うのなら、その命の重みは、俺たちよりもずっと重い。違うか!?」
ほとんど意味のない説得だ。それでも言わずにはいられなかった。そして二人は俺の問いに対して、笑い始める。
「何がおかしい」
「お兄ちゃん、よくこれまで生きてこれたね」
「まぁ所詮は長命種。何も知らないからこそ言える、傲慢ですね」
「どういう……」
「少しだけ、教えてあげましょう。私たちの歴史について」
そう言って、ヒマリと言う少女は自身たちの出自について語り始める。
「私たちは150年程前に、当時の王であった長命種の手によって生み出された、慰め兼、戦闘用の人造人間なのですよ」
「────」
「そして、産まれてからすぐ戦えるよう、長命種よりも3〜5倍程、脳と身体の成長を早めた。それが私たち短命種。ちなみに平均寿命は25歳辺りです」
「あっ、身体と言っても筋肉とかの話ですよ? ここがまた良い設計でして、子供を殺すのは抵抗があるでしょ? 慰め者にするなら子供の方が気持ちいいでしょ? だから、その要素だけは残したんです」
「ふふっ、実に人の悪意というのが濃縮されていると思いませんか?」
「そしてルゥル様は今年で5歳。貴方たちに照らし合わせれば最低でも15歳相当。ほら、貴方と何も変わらない」
ずいぶんと、胸糞の悪い話だ。であれば、この人たちは元々、まともに生きていくことを否定されて生まれたも同義じゃないか。
「……それにしては、精神性が年相応じゃないか」
「ふふっ、そのほうが子供っぽいでしょ?」
「勘弁しろ、ほんとに……」
その当時の王とやらは、相当性格が悪かったんだろうな。こんな悪趣味、こっちの歴史でもいないぞ。
(いや待て。最初に戦った人たちは、あまり若く見えなかった。なら……、あの奴隷のような人は……)
頭の中で、最悪の考えが浮かぶ。
そしてヒマリは、ある事実を話し始めた。
「そして10年前、我らの王は搾取される人生を否定するたに反旗を翻した。結果、短命種が次代を担う人類となったのです」
「元々、国を治めていた人たちは……」
「あら? もう分かっているのでは?」
「っ」
迫害、搾取。色々例えられるが、最悪だ。こんな悲しくて、惨たらしい人種がいていいのか?
「ヒマリたちがうらやましいよね〜。ぼくたちってさ、設計上、人を殺すのが大好きなんだ〜」
「でもお父様が世界を収めてからは、戦いもなくなってさ。今じゃ、奴隷を使って狩りをするのが関の山」
「だからこそ、ルゥル様にも良き体験となりますよ。子供だと分かった途端、苦しそうな表情を浮かべる貴方のような人を殺せる。その快感が本当に素晴らしいんですよ。…………っね!!」
「っ!?」
もう話すことはないと言わんばかりに、ヒマリは俺に刃を向ける。
続けてルゥルが俺の後ろへと回り、懐から──
──パパンッ
(銃!?)
咄嗟に刀で防御をしつつ、距離を取る。
「おぉ、今のも避けるんだね」
「知ってます? 我々は肉体の成長を促進させられた結果、魔力が上手く練れないんです」
「でも、それと引き換えに強靭な肉体を手にした。そして使えない魔力は機械で補助することで、一応の使用を可能にしたんです。このようにね!」
「っ!」
ヒマリも同様に銃を懐から取り出し、銃撃してくる。それも、魔力が込められた弾丸だ。それを間一髪で避けるが、当たりどころが悪ければ即死だ。
(どうする、どうする、どうする! 本当に殺せるのか、俺は!!)
事情を知ったところで何も変わらない。むしろ知らなければ良かった!
二人の猛攻に防戦一方となっていると、隣から魔法による爆発音と共に、藤宮さんとアビーが現れる。
「神薙君!?」
「神薙さん!?」
「2人とも、無事か!?」
「ぶ、無事、だけど……。でも私、私……」
「すみません、我々には……」
「それが普通だ。俺も……同じだ」
二人を見れば、今すぐにでも泣き出しそうなくらい、辛い表情を浮かべていた。
「あれれ? 男が一人増えたなぁ?」
「ギーデ、いつまで遊んでるんです?」
「いやいや、魔物たちの妨害がうざくてさ〜」
「っ!? コノエ、キリカ!!」
奥からもう一人現れたかと思えば、そいつの両手には、傷だらけのコノエとキリカがぶら下がっていた。消えてない以上、まだ間に合う。
「戻れっ!」
──キュルル……
──フルルゥゥ……
(すまん。俺が、不甲斐ないばかりに……)
「あれ? 消えちった」
「ごめんなさい、神薙君。私たちが……」
「気にするな。こればっかりは仕方ない」
状況は3対3。
けどこっちは、子供を手にかけることに抵抗がある状態。であれば、取れる選択は一つしかなかった。
「2人とも、このまま下がるぞ」
「え!?」
「ですが、彼らが引き下がるとは……」
「分かってる。だが、殺せない以上は……」
「あははは、逃がすわけないじゃん!」
ダッと、一斉に襲いかかる。
ヤカデを召喚し、牽制をかけるが、身体能力が高いため、まったく意に介さずにやって来る。
「距離を取るぞ!」
「っ、うん!! グレイヴ!」
下がりながら、藤宮さんは魔法で目眩ましをかける。
けど、それも大した効果はなく、ギーデとかいうヒマリとそう年齢の変わらない男が藤宮さんへと襲いかかる。
「させるか!」
すかさず間に割り込み、その攻撃を食い止める。
そして後ろからアビーが火属性の魔法を唱えるのだが──
「なんだ、こりゃ? マッチの火か?」
「くっ」
「アビーさん、右!」
「っ!? きゃぁぁ!」
低級の魔法では効果がなく、その隙をついたルゥルがナイフで攻撃を仕掛ける。そして、ギリギリ防いだはいいが、アビーは少し後方へと弾き飛ばされる。
(子供が出していい筋力じゃないだろ!)
カバーに入りたいが、ギーデとかいう奴の猛攻が激しく、上手くカバーに回れない。このままじゃ……。
「あははは、お姉ちゃんから死んじゃおうか!!」
「ダメぇぇ!」
藤宮さんがアビーを庇うかのように間に割り込み、風の魔法でルゥルを吹き飛ばす。
「おっとっとと……」
吹き飛ばされたルゥルは、体勢を崩し尻もちをつく。それを見逃さない藤宮さんは、さらに魔法を発動しようとするが──
「今! フレア──」
──死にたく、ない
「っ!?」
「パパとママに……、会いたい」
「ぁ、ぁああ……」
魔法の発動が止まり、カツンと、藤宮さんの手元から杖が落ちる。どこまでも人の心を……。
「っ、藤宮さん!!」
「ダメ、早く逃げて!」
「ほんと哀れよね。でも、その絶望の表情が見たかったっ!!!!」
(やめろ……)
ヒマリが藤宮さんの喉元へと、ナイフを突き刺そうと、走り出す。
(やめろ……)
藤宮さんは、ルゥルの演技を見て戦意喪失してしまい、動けないでいる。アビーもあの体勢では間に合わない。
(やめろ……)
この場で、他に動けるのは誰だ?
そんなの決まっている。
なら、なんでやらない?
今すぐギーデを弾き、動き出さないと、ヒマリのナイフが藤宮さんの喉元に届く。
(いやだ……)
相手は敵なんだろ?
このままじゃ、藤宮さんが死ぬ。
(いやだ、嫌だ!)
あの笑顔も、あの仕草も、あの声も、何もかもが消え去るだなんて、認められない。
(なら、何を成す?)
決まってる。
俺が守りたい人のためにも、俺は──
「咲ぃぃぃぃ!!」
「ぐおぅっ!?」
ギーデを吹き飛ばし、そのまま全力の魔力操作で走り、ギリギリのところで二人の間に割って入る。
「っ!? へぇ、殺せるのかしら? 私を!」
「あ゛あ゛あ゛あ゛ぁぁぁぁあああ!!」
ヒマリはその手を緩めず、俺にそのナイフを突き刺そうとする。対する俺は、刀を下ろした状態のまま。
だが構わない。俺が死んだら咲が死ぬ!
ならもう、やることは一つしかない。
全力の魔力操作で一心不乱に刀を斬り上げる。
その速度は、ヒマリのナイフが俺の身体に到達するよりも速く、次の瞬間、ヒマリの身体からは、おびただしい量の血が噴き出した。
「なっ!?」
「ヒマリーー!!」
ギーデが逆上し、こっちへと向かってくる。もう、いい加減にしろ。
「万象」
「は??」
突如、空中から現れた万象に対応することができず、ギーデという男は、そのまま万象の下敷きとなる。その際にプチュッと、潰れる音がしたから死んだんだろう。
「か、かん、なぎ……くん」
「…………」
「ごふっ、ま、まさか……、本当に斬る、だ、なんて……」
ヒマリは、辛うじて息があるらしい。辺りを見渡してみれば、ルゥルは呆然と俺たちのことを見ているだけで、動く気配がない。
「ふ、ふふっ。いいですね。実に、人殺しの目です。どう……です、か? 初めて、子供を……、斬った、感想は? ……素晴らしいでしょ?」
「いいや、まったく」
「ふふっ、それは、ざん……ねん……」
ヒマリの目から光が消える。
息絶えたようだ。
「ヒ、ヒマ、リ? ……ギーデ?」
未だにこの事実が認められないのか、呆然としているルゥルへと近づく。
それに気づいたルゥルは、ズリズリと、両手を使って後ずさる。
「な、なんで、なんで殺せた! おかしいだろ! ぼくたちを殺せないのが、おまえたち下等な長命種じゃないか!!」
そういえば、こいつらは狩りと言っていたな?
つまるところ、自分たちが殺られるとは思いもしなかったというところだろうか。
ふざけるな。
「殺せなかったら、俺の大切な人が死ぬ。だから殺した。それだけだ」
「は、はぁ? む、矛盾してるじゃないか! さっきまであれほど、ぼくたちを殺すのに、抵抗があったというのに」
そうだ。
その通りだ。
最後の最後まで、俺はその情を捨てきれなかった。
怖かった。
だが──
「言っただろ? 殺さないと大切な人が死ぬと。お前らは咲を殺そうとした。だから殺した」
ガタガタと手が震える。
身体中が寒い。
子供に手をかけたという事実が、俺の心を壊す。
それでも、もう選んだんだ。
「っひぃ!?」
「怖いか? 俺が」
ルゥルの表情は、さっきまでと異なり、恐怖で歪んでいた。俺の顔を見て、何を思ったのだろうか。
であれば、もう戦う意思は残っていないはず。
このまま逃げるのなら、見過ごすつもりではあったのだが──
「こ、このっ……、子供殺しがぁぁぁ!?」
叫び声をあげながら、ルゥルは俺に向けて銃を取り出し、撃ち込む。
照準が定まっていない弾丸を難なく交わし、そのまま刀をルゥルの心臓へと──
「がはっ……」
突き刺した刃から手元にかけて、嫌な感覚が伝わってくる。今すぐにでも吐きたい衝動を抑えながら、ルゥルだけを見る。
「え? ぼく、死ぬの?」
「そうだ」
「誰も、ころせて、ないよ?」
「それが普通の人間だ」
「じゃあ、お兄ちゃんは……、異常だね。ぼくたちと……、同じ、だ」
「あぁ。だからこそ、この罪を一生背負い続ける」
「あ、そ……」
ルゥルの目から光が消えかけている。
「最後に、聞かせろ。ルゥル、お前の名前は?」
「聞いて、どうするの?」
「刻む。君がここにいた証として」
「…………傲慢だね。……ルゥル・ホーキン。それが、ぼくの、なま…………、え」
スゥゥと、ルゥルの目から光が消えるのを確認する。
「ゔっ、おぇぇぇぇええ」
今まで我慢していたものが、一斉に胃液と一緒に流れ出る。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」
殺した。
俺は、敵とはいえ、年端もいかない子供を殺した。
守りたい対象の一つである子供を。
殺して、しまった……。
「かん、なぎ……くん……、ぐすっ」
「はぁ、はぁ……、はぁ。無事か?」
「アビーさんも、無事。だけど、私、わたし……」
ポロポロと、藤宮さんの目尻からは涙が零れ落ちる。
「良いんだ。君が無事なら、それで……」
「それだけで、俺は────」
最後まで言い切る前に、藤宮さんは勢いよく抱きつく。
そんな彼女の温もりは、子供を殺した俺とは違い、人の温かさが感じられた。




