メキシコ跡地防衛戦 前編① 思い残しを作らない1週間
「久しぶり。父さん、母さん、美穂」
試験終わりの翌日。藤宮さんのお姉さんのお見舞いへ行ったその足で、家族の墓へと足を運ぶ。とは言っても、墓石はない。
ここにあるのは巨大な慰霊碑だけで、同じ物が10個以上建てられている。10年前の悲劇で亡くなった者たちの魂は皆、ここで安らかに眠っている。
そして残った遺族たちは、ここに花束を持って来ては、今日までの話を家族にしてから帰っていく。だからここの慰霊碑には、ほぼ毎日、美しい花々で溢れかえっている。
「藤宮さんの両親は?」
「私のお父さんとお母さんの名前は、右隣の慰霊碑に刻まれてるよ」
「そうか。俺も、挨拶しないとな」
「ありがとう、神薙君」
二人で目を閉じて合掌し、家族へこれまでのことを報告する。
(笑えるだろ? あれから2ヶ月しか経ってないんだぜ? 今の強さがあの時にあればと、今でも思う。……もう逃げるだけの時間は終わった。これからは少しでも多くの人を助けていくよ。だから、空から俺たちのことを見守っていてほしい)
10年も経つと、少しずつ、家族の顔や何が好きだったのかを思い出せなくなってくる。それでも、家族を愛していたことだけは色あせることはない。
家族に報告を終え、目を開ける。隣にいる藤宮さんを見てみれば、目尻が少し濡れていて、そっと目を開ける。
「報告は終わったか?」
「うん。喜んでるかは分からないけど、いつか平和にするよって伝えた」
「そうか。なら帰るか」
「うん」
「やはり、ここにいたわね」
藤宮さんと慰霊碑を後にしようとした時、不意に一人の女性の声が聞こえてきた。
「え? ……常世生徒会長!?」
振り返ると、制服姿の一人の女性がこっちに歩いてきている。
常世結菜先輩。うちの学校に在籍する生徒の中で、現生徒会長。そして去年から防衛戦に参加している、限られた強者の一人だ。
それと彼女は、Bランクのクラス、『聖騎士』を保有していて、次代の1等星候補に挙がっている。
今は確か、4等星だったか?
(なぜ彼女がここに?)
疑問を抱いていると、『ここに来れば会えると思って』と言い、俺たちの前で立ち止まる。
「昨日は、倉瀬さんや遠見さんたちと話してるようだったから、話すタイミングを逃してしまってね」
(そりゃ、去年から参加してるんだから知ってるよな)
「なるほど。それで、用件は?」
「他の守護者たちから聞いたわ。貴方……、遠見さんに勝ったそうね」
どうやら、それを確かめたかったらしい。
「えぇ。互いに全力でぶつかり、勝ちましたよ」
「そう。問題児で色々有名だった貴方が、本当に強くなったのね」
その瞳は、まるで品定めをするかのように、俺と藤宮さんを見つめている。
「先輩は、それを確かめに?」
「それもあるけど、君たちの配属先を聞きたくてね」
「……俺たちはメキシコ跡地です」
「そう……。私たちのパーティーは皆、グリーンランドだったわ。他のクラスにいる生徒にも、メキシコ跡地に配属された者はいない。……あなた方だけが選ばれたわ」
「少し、嫉妬してしまうわね」
「先輩は英雄になりたいので?」
「まさか。だけど、多くの人をこの手で救いたいとは思ってる。それはあなたたちも同じでしょ?」
「否定はしませんが、俺らの目的は天上を潰すこと。その過程で、人を救うんです」
そう答えると、先輩は目を見開く。
「噂で聞いてた通りね。本気で天上を倒すと、考えているのね」
「それが俺たちの、人類の悲願だから」
ジッと見つめ合っていると、不意に少し離れた慰霊碑の方から、誰かの泣き声が聞こえてくる。
「お母さん、会いたいよ……。もう一度、頭を撫でてよぉ……」
見たところ、俺たちとそう年齢が変わらない女性が、家族の写真立てを持って、慰霊碑の前で泣いていた。ここではよくあることだ。むしろ、ここでしか泣けない者が多い。
「あぁいう子を、これ以上出さないために?」
「そうです」
「先輩はその、家族は?」
「私の家族は健在よ。……だからこそ、あなたたちと比べたら覚悟が小さかったのかもね」
だとしても、防衛戦には何度か参加していて、その度に生き残っているのだから、力はあるはずだ。
そして先輩はくるりと身体を翻し、帰ろうとする。
「もう、いいんですか?」
「えぇ。あなたたちと話せたおかげで、気持ちの整理がついたわ。……次は一緒に戦いましょ。それまでに、覚悟も含めてもっと強くなるわ。だから……生き抜いて、勝ってちょうだい」
最後に俺たちに激を飛ばし、常世先輩は帰って行った。本当に俺たちに会うために来ただけのようだ。
「わざわざここに来なくても、明日学校で会えばよかっただろうに」
「学校だと、目立つからじゃないかな?」
「まっ、それもそうか。明日は俺らの話題で持ち切りだろうしな」
「や、やっぱり?」
「そりゃな」
「あぁぁ……」
そう伝えれば、藤宮さんはガックリと肩を落とす。そんな藤宮さんが面白く、コノエたちと軽く笑いながら、その日を終えていった。
***
「おい、聞いたか?」
「あぁ聞いた聞いた。あの不適合者たちが防衛戦に出るんだろ?」
「どういうこと? なんで不適合者が私たちよりも先に防衛戦に行けるわけ?」
「なんか、後ろめたいことでもしたんじゃねぇのか?」
「協会がそれを許すか?」
「じゃあ何か? マジであいつら強くなったって言うのかよ」
「おい、来たぞ!」
(案の定、その話題で持ちっきりだな)
翌日、藤宮さんと共に、久しぶりに学校へ登校してみれば、次の防衛戦に俺たちが参加するという情報が広まっていた。
「あわわわわ。や、やっぱり広まってる」
──キュッキュッキュル〜
──チュチュン、チュン!
──チュ〜チュ、チュ~
コノエたちも、そんな周りの声に反応しているのか、自慢げな表情を浮かべている。
「藤宮さん、気にするな」
「うぅぅ。でもぉ……」
覚悟を決めた藤宮さんはどこに行ってしまったのか。今日の藤宮さんは、学校の雰囲気が一変したことによって、萎縮しているようだ。
そうして藤宮さんのクラスへと向かっていると、『咲ちゃん!』と、葉隠の声が聞こえてくる。
「あ、葉隠ちゃん!」
「んじゃ、俺はここらで。また昼にでも」
「え? あ、うん。神薙君は流石に今日は、授業は出るんだよね?」
「そりゃな。…………まぁ、その前に話さないといけない奴がいるようだがな」
「?」
藤宮さんと別れ、教室へ行く前に屋上へと向かっていく。あいつもしつこいな。
***
「なんの用だ、藤堂」
そのまま屋上に来てみれば、いつもの取り巻きどもはおらず、藤堂が一人で立っていてた。どうも今日は、いつもとは違うらしい。
「噂で聞いた。おめぇ、マジで防衛戦に参加するのか」
「あぁ。協会規定のレベルは満たしてるし、そのための覚悟も示してきた」
「ちっ、不適合者の分際で、俺らよりも先に出るとか、あり得ねぇだろ」
「不適合者だろうと関係ない。……わざわざ後ろから俺を睨んでたけど、用はそれだけか?」
そう伝えてみれば、『いや、まだだ』と言って俺の方に近づく。
「?」
「用っつうのは、…………これだ!!」
ブワッと、いきなり藤堂は俺の顔に目がけて殴りかかってくる。
(右……、いや、これは)
避けることもせず、ただ目を逸らさずにいると、寸前のところでピタリと拳が止まる。
「……っち、少しは避ける動作くらいしろってんだ」
「殴る気がないことに気づいたからな」
「本当に強くなったんだな」
「言っただろ? 必ず強くなるって」
「ほんと、その目が気に食わねぇ。なんでそんなに頑張れる。なんでそんなに諦めないで突き進めれる」
「……俺が、そう決めたから」
その答えを聞いて藤堂は何も言わず、俺の横を通り過ぎていく。
一体何だったんだと不思議に思っていると、最後に一言、『必ず追いつく』とだけ言って、藤堂は屋上から消えていった。
(なんだそりゃ)
思えばあいつは、やり方はどうであれ、ことあるごとに俺の決意を砕こうとしていたっけ。だとしたらこれまでのは、あいつなりの思いやりだったのか?
「はぁ……、考えても仕方ないか」
(待ってるよ、藤堂)
***
「ふぅ~ん。それで結局、藤堂は何がしたかったの?」
「さぁな。あいつなりに思うところがあったんだろ」
──キュ~キュ~♪
──チュッチュッチュ~♪
──チュチュ、チュン♪
その日の昼、コノエたちをじゃれ合いながら、葉隠を交えて屋上で昼飯を食べる。そういえば、こうして葉隠とまともに話すのは初めてだったな。
「にしても、本当に参加を叶えるだなんてね。鈴木が羨ましがってたよ」
「えらく鈴木のことを気にしてるんだな」
「そりゃ、同じパーティなんだから気にするでしょ」
「葉隠ちゃん、いっぱい愚痴を言ってたんだよ」
「へぇ~」
「べ、別にいいでしょ!」
ぷいっと顔を逸らすが、なるほどなるほど。葉隠にしては、思いもよらない組み合わせだな。
「あんた、何も言うんじゃないよ」
「はいはい」
「神薙君? どうしたの?」
「咲ちゃんも詮索しない!」
「え!? あ、うん」
(まったく、防衛戦がそろそろ始まるというのに、日常は何も変わらないな)
まぁこんなのを50年も続けているんだから、積み重ねれば異常も日常になるか。
「…………ちゃんと、生きて帰ってくるんでしょうね?」
「咲ちゃん?」
「毎回、防衛戦では多くの人たちが死ぬ。幸いうちらが入学してから、この高校ではまだ死人は出てないけど、他の高校では死んでる人だっている」
「それでも、誰も彼も戦うことを止めないし、守ることを諦めない。鈴木達と行動して、それを痛感したわ。……だから神薙、絶対に生き延びなさい。そして絶対に咲ちゃんを守って」
「あぁ、分かってる。任せろ」
「うん、絶対に生き残るよ。でも、守られてばっかりじゃないよ。私だって神薙君を守るから」
「はいはい。熱々ね、あんたら」
「?」
──キュルル?
──チュチュ?
──チュチュン?
葉隠の言葉の意味が伝わっていないのか、藤宮さん含め、コノエたちは首を傾げる。そんな微笑ましい光景を見つつ、それからはのんびりとした時間を過ごしながら、戦いに向けた英気を養っていった。
***
「なんだか、昨日から色々あったね」
「そうだな」
放課後になり、二人で帰路に着く。
「残りの日数はどうしようか。やっぱりダンジョンに潜る?」
「そうだなぁ……。それもいいかもしれないが、一応思い残しがないように過ごすのもありな気がする。そのための1週間だからな」
特に俺たちは初参加だ。俺たちのところに来るのかはまだ分からないが、それでもやれることはやらないといけない。
「そう? じゃあ、神薙君と一緒に過ごしたいかな」
それを聞き、ピタリと足を止める。
「どうしたの?」
「いや、まさかそんなことを言うとは、思わなくて……」
「う~ん、この約2ヶ月、ずっと一緒にいたからかな? それに富士の樹海にいた時は、氷室さんと神薙君、3人で暮らしてたし」
「…………」
そう言われてしまうと、余計に意識してしまう。が、今から死亡フラグを立てる訳にもいかないから、どう返すべきか悩むではないか。
「神薙君?」
「ん? あぁいや、なんでもない。3人とは言うけど、コノエたちもいただろ?」
「あ、そうだったね」
「でも、そういうのがあったから、一緒にいるのが一番、戦い前の準備になると思うの。……ダメ、かな?」
そんな上目遣いをされては、ダメだなんて言えっこないだろうに。
まぁでも──
(それは俺も同じ、かもな)
「いや、ダメじゃない。なら、残りの日数はのんびり過ごすか。ゲームしたりカラオケにいったりさ」
「っ、うん! コノエちゃんたちも歌おうね」
──キュキュ!
──チュチュ!!
「じゃ、そうするか」
聞いた話では、家族に手紙を書いたり、ダンジョンに潜って少しでも生存率を高めたりと、守護者たちでも過ごし方は色々ある。
だからこそ俺たちも、今の自分たちに必要なことをやっていこう。
そうして4日後。
やれることをやり切った俺たちは、メキシコ跡地へと旅立っていった。




