準備期間⑤ 2人でもっと強くなろう
「ふぅ……」
目をつむり、精神を集中させる。そして、紐に吊るされている凍りついた丸太を力いっぱい押せば、大小様々な大きさの丸太が四方八方から襲いかかってくる。
「ふっ」
そして襲いかかってくる丸太を最小限の動きで避けては、どうしても避けきれない丸太のみを、凍りついた木の枝で弾いていく。
これらは絶対に壊れることがない。
そのため、修行にはもってこいだ。そして先生から教えてもらった生き抜くための大原則を忠実に守っていく。
(まずは、どの方向から攻撃が来るのかを見極める)
丸太を弾き、弾いた丸太が別の丸太へとぶつかり、軌道が不規則に変化する。その変化を正確に捉え、そして予測する。
(どうすれば、より最小の力で避け、そして弾くことが出来るのかを考えろ。そして……)
ガガガンと、鈍い音が続く。丸太と木の枝がぶつかるごとに、その衝撃が直に手に響く。ビリビリと手が痺れていくが、それでも弾くことを止めない。
そして、三方向から一斉に丸太が襲いかかってくる。
(常に生き抜いた先を考えて、2手、3手先まで動くべし!)
バッと跳び上がれば、ガヂィインッと鈍い音と共に、三つの丸太がぶつかりその場で静止する。そしてその上に着地し、息を整える。
けど──
「がはぁっ」
後ろから飛来してきた四つ目の丸太に気づかず、背中にもろに当たり、そのまま少し前方へと弾き飛ばされる。
「ゴホッ、ゴホッ、ゴホッ」
(四つ目は、予測しきれなかったな。まだまだだな)
ジンジンと、背中が痛む。仕方なく翡翠を呼び出し、傷を癒してもらう。
「助かったよ、翡翠」
──♪♪♪
頭を撫でてあげれば、翡翠は気持ちよさそうにしつつ、グリグリと、もっと撫でろとアピールしてくる。
「はぁぁ……、これくらいのことが出来ないようじゃ、いつまで経っても、永久にバカにされるな」
なんというか、同じ修行をすれば、永久は絶対に一撃も貰わず、全ての丸太を弾き返すだろうという確信がある。
あいつが持つクラスもそうだが、それ以上に才能が違うから。
(もっと深く見極めて、予測を反射レベルにまで落とし込まないと、彼にも、顔向け出来ないな)
目を閉じ、あの時の光景を思い出す。
全ての原点を。
憎むべき存在を。
俺は──
「神薙君!」
──キュルル〜
──チュチュ〜
藤宮さんの声が聞こえ、その方向に顔を向けてみれば、コノエたちを乗せた藤宮さんが走って来ているのが見えた。
そうして俺のところまでやってくるなり、『大丈夫?』と、しゃがみながら尋ねてくる。スカートを履いているんだから、もう少し恥じらいを持ってほしい。
「あぁ。少し修行の休憩をな。それと……見えてる」
「っーーーー!? バカっ!!!」
顔を真っ赤にしながら、ゴツンとおでこにげんこつをもらう。めっちゃ痛いが、実に良い景色だった。
「もぉう。それより、修行って……」
照れながらも藤宮さんは辺りを見渡す。そこら中に紐で吊るされた丸太を見て、唖然としているようだ。
「ずいぶんと原始的な修行方法だろ」
「え? う、う〜ん。そう、かも。なんだか、映画に出てきそうな修行方法だね」
「これでもれっきとした、先生が昔やってた修行方法なんだけどな。見て、考えて、動く。……不規則な動きをする丸太から、最小の動きだけで防ぎ続けることで、生存力を高める」
「そういえば、氷室先生から教わったんだったね。……もしかして、私にもコレをやらせるの?」
少し顔を引き攣らせながら尋ねてくるので、流石に否定する。
「まさか。流石に藤宮さんにはやらせられない」
「女の子だから?」
「傷だらけになるのを、俺が見たくないだけだ」
「ふぅ〜ん」
言わなければ良かったと、少しだけ後悔する。ニヤニヤしながら見られちゃ、恥ずかしくってたまらない。なので、そっぽを向くことにした。
「ふふっ、照れてるね」
「煩い。……ところで、その手に持ってるのが?」
「うん、氷室さんが作ってくれた新しい杖。星月霊杖って言うの」
星を彷彿とさせるような意匠に、美しい黒紫色の宝石がハメられている。さながら夜空で輝く星々のようだ。
ただ武器を作るだけでなく、こういう凝った作りが出来るのも、先生の凄いところだ。
「これで私も、神薙君の力になれるよ」
「もう十分、力になっているよ」
そう答えたのだが、藤宮さんは首を横に振る。そして、『ダンジョンとかだけじゃない』と、言葉を続ける。
「もっと、神薙君の力になりたいの」
「藤宮さん?」
「氷室さんから教えてもらったの。神薙君が1番許せない人のこと」
「…………まったく、先生は」
お人好しにもほどがある。貴方も貴方で、自分が許せないはずなのに。
ゆっくり起き上がり、丸太の上に座る。そして、ポンポンと隣を叩けば、藤宮さんが俺の隣に座る。
「そう、俺が1番許せないのは、俺自身だ。……10年前のあの日、目の前で家族が魔物に喰われる光景を見て、自暴自棄になり命を棄てようとした。だけどそんな俺を救おうとし、文字通り命を捧げてくれた、名の知らない英雄がいたんだ」
「俺は、家族と同じく、目の前でその偉大な英雄が魔物に喰われる様を見ることしか出来なかった」
「────」
「最後にその守護者は、魔物に喰われながらも、笑顔でこう言ったんだ。『生きて、未来に繋げろ』、と……」
今でも鮮明に思い出せる。
あの日の地獄を。
崩壊した建物、燃え広がる炎、幾人もの人たちが悲鳴を上げながら魔物に喰われていく、その断末魔。
そして家族を、妹を、助けに来てくれた名の知らない守護者の死に様を。
「そんなことを言われたらさ、命を棄てるなんて出来っこない。一心不乱に俺は逃げ出した。そう、逃げ出したんだ!」
当時はまだ7歳の子供。戦う力なんて持ち合わせていない。だから、逃げることになんら恥なんてありはしないし、彼の言葉を守ったのだから、本来なら褒められるべき行動だ。
それでも──
「俺は、逃げ出した自分が許せなかった。力がなかろうと、立ち向かえるだけの勇気があれば、何かが変わったかもしれない。そう思わずにはいられないんだ」
「だから、強くなろうと?」
「あぁ。もう2度と、目の前の惨劇から逃げ出さないためにも。あの日、俺を救ってくれた守護者の死を、意味ある物にするためにも」
「これ以上、俺たちのような不幸な子供たちが生まれないためにも、この理不尽を強いる天上どもは赦さない。天の果てまで行こうと、必ず殺す」
彼の言葉には、これまで以上に力がこもっていた。
彼のこれまでの行動から分かる。
無力感。
それこそが、彼が本当に憎むもの。だからこそ、彼は強さを求め続け、狂気とも言えるような行動にだって可能とする。
(私に、出来ること……)
そして、そんな話を聞いてしまえば、氷室さんの言っていたことの意味が理解出来る。確かにいつか、神薙君はその無茶の果てに、倒れてしまうかもしれない。
そんなのは見たくない。
だからこそ──
「…………ふ、藤宮さん?」
「大丈夫。神薙君の背中は私が護るから」
「いや、えと……、その前に、これは?」
「いっぱい頑張ってる、神薙君へのご褒美、かな?」
彼の頭をそっと私の胸元へと寄せ、優しく抱きしめる。少し恥ずかしいけど、今の私に出来ることはこれくらいだから。
「……ご褒美、ね」
「いや、だった?」
「まさか。……堪能しないのは、勿体ないくらいだ」
「バカ」
きっと彼は止まらない。
だからせめて、まっすぐ走り続けれるよう、私が隣に立ち続けよう。そして彼の背中を私が護る。
そう私の心に、刻み込むことにした。
そして少しの間、彼を抱きしめていると、おもむろにブゥンッと、ウィンドウが表示された。
「?」
「……は?」
そこに書かれている内容に、二人して唖然とする。
そこには──
======================
クラス「式神使い」の契約式神の格が、4級から3級へと上がりました
ステータス上昇値が50 → 70に更新されます
条件:己の心を、真に信頼出来る者に晒すこと
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「はぁぁぁ!?」
「え、えと、ど、どういうこと?」
(え? 真に信頼出来る者って、つまり……)
──しかも向こうは絶対に好意がある
ふと葉隠ちゃんの言葉が脳裏をよぎる。そう思い至ると、今の行動の全部が急に恥ずかしくなってくる。
「あわわわわ」
「これまで、格が上がる条件が分からなかったのに、んなことあるか?」
まさか藤宮さんの星の巫女のように、意志力みたいなものが条件に組み込まれていたと?
それに、真に信頼出来る者だと?
確かに俺は、藤宮さんを信頼しているし、その……、そっち方面でも気にはしているが、それにしたって、都合の良すぎる条件だ。
天上は一体、どういう意図でクラスを設定しているんだ?
──キュッキュッ、キュル〜〜♪
──チュチュチュチュ〜♪
そしてコノエたちを見てみれば、強くなったぞと言わんばかりに、小躍りをしている。まったくもって可愛い奴らだ。
「はぁ……、考えても仕方ないか。でもま、強くなれたのは純粋に嬉しいかな。ありがとな、藤宮さん」
「あわわわわわ」
「……ぷっ、あははは! いつまで狼狽えてるんだよ」
「だだだだだ、だって……」
ま、今はまだこの関係性が心地よいので、それはまた、別の機会だなと思いつつ、この時間を楽しむことした。
***
「さて、先生から暴露されたし、俺も先生について暴露でもしようかな」
「氷室さんの?」
「あぁ。……というより、俺と同じく、先生にも戦い続ける理由があるんだよ。前線を退いてもな」
休憩も終わったのでゆっくりと立ち上がり、とある場所へと向かう準備を始める。
きっと藤宮さんにとっても、戦うための原動力の一つになるだろうしな。
「どういうこと?」
「すぐに分かる。この時間なら、向かっている最中だろうから」
「?」
首を傾げる藤宮さんを連れて、樹海を出る。
ある意味、最も過酷な現実を、これから彼女は知ることになる。
***
「神薙君、あそこのお家は?」
暫くして、俺たちはとある一軒家が一望出来る場所へとやってきた。既に先生はその家の前に立っていて、そっと右手を、玄関の扉に触れている。
そして俺は、藤宮さんにその真実を教える。
「先生の、家族が住んでる家だ」
「………………え?」
目を見開きながら、藤宮さんは俺の顔を見るが、俺はそのまま、話を続ける。
「先生、実は既婚者でな。幼馴染の女性と結婚しているんだ。その人も守護者だったらしく、2人で懸命に戦い続けてた」
「2人は40年くらい前に結婚して、少ししてから妊娠が発覚。そのまま奥さんは守護者を引退したんだ」
これだけであれば、どれだけ良かっただろうか。死と隣り合わせとはいえ、幸せな日常がずっと続くはずだったのに。
「だけど30年前。富士周辺が戦場となって、そして敗北した。それから2ヶ月経っても、一向にペナルティが発生しないことから、安全だと政府が発表しちまったことで、先生の家族もここに戻ってきてしまったんだ」
「そうして戻ってきてから程なくして、ペナルティが発生し、富士周辺の全てが凍りついた。先生はその時、パーティーメンバーと一緒に、ダンジョンに潜ってたことで難を逃れてたんだ」
「そんな……」
「時の流れは残酷だ。あれから30年、先生は毎日あの家に行っては、そこの扉に手を触れ、スキルを発動させている。錬成師のスキルは鉱物に作用するからな。でも、未だに効果はない」
「あの中で、家族がどうなっているのか、先生はこの30年間、1度だって確認することが出来ていないんだ」
先生は俺以上に、その無力感を呪っているはずだ。本来なら共に老いていき、そして子供の成長する姿を老いて行きながら、その目で見れていたはず……。
それが出来ずとも、少なくともあの日、ダンジョンに潜らないで家に残ってさえいれば、家族と一緒に凍りつくことが出来ていた。
「だから、氷室さんは、神薙君を……」
「ある意味、俺を自身の子供と重ねてたのかもな。守れなかった家族への、贖罪を含めて」
「…………」
この世界は残酷だ。
簡単に人から大切な物を奪っていく。
「だからこそ、俺は戦い続ける。復讐、誓い、そういったのもあるけど、やっぱり根本は変わらない」
「もう誰にも悲しんでほしくないんだ」
「私……もっと強くなる」
「あぁ、2人でな」
それから俺たちは、未だに玄関の扉に手を当てている先生の姿を心に刻み、樹海へと戻る。
残り1ヶ月、その全てを使って、俺たちはもっと強くなる。誰からも、大切な物が奪われないために。




