準備期間② 敗北の爪痕と恩師との再会
「それでね、早速明日から富士山跡地に行くことになったから、当分は学校をお休みになると思う」
「ふぅ〜ん。あの禁足地に住んでる人間なんて、いたんだ」
葉隠ちゃんとカフェで待ち合わせをして、ここ最近の出来事を話し合う。以前とは違い、本当に昔の関係に戻れたみたいで嬉しくなる。
「なんでも、良質な土があるからって理由で、住んでるみたいなの」
「なるほどね」
30年くらい前にあった、『富士山防衛戦』。その戦いは私たちの敗北で終わり、ペナルティとして富士山周辺が封印された。
資料でしか見たことはないけど、異質な光景かつ、多くの人が犠牲になっていることだけは知っている。
「にしても、神薙にそんな知り合いがいたのね。……そういえば中3の時、7ヶ月くらい行方知れずだった時があったわね」
「そうだよ。その期間で生きる術だったり、剣術とかを学んだって言ってた。でも、よく覚えてたね」
「べ、別にいいでしょ」
プイッと、そっぽを向く葉隠ちゃんが、なんだか可愛く見える。
「意外と神薙君のこと、見てたんだね」
「うっさい。今はもう違うけど、昔はちょこまかしてて……、目障りだったのよ」
「ふふっ、頑張り屋さんだもんね」
──チュチュ〜♪
ペット用の牛乳を飲んでるグレイちゃんの頭を撫でながら、葉隠ちゃんの状況を聞く。
「葉隠ちゃんの方はどうなの?」
「別に、かなりハードだなってことくらい。皆神薙みたいにバトルジャンキーだから、しがみつくので精一杯。……前線に行こうとする奴らの熱意には感服するわ」
「そっか。でも、私の方も同じかな。神薙君、結構スパルタだから」
「杖をぶっ壊すくらい前衛を体験させるとか、イかれてるわ」
まぁでも、そのおかげでいつも以上に周りが見えるようになってきているのも、また事実。要領が悪いと本人は言っていたけど、きちんとこれまでに得た経験をアウトプット出来てると思う。
そしてそろそろ葉隠ちゃんが、ダンジョンに潜る時間だと言うので、一緒にカフェを出ようとした時、葉隠ちゃんがある爆弾発言をした。
「ところで咲ちゃん」
「何? 葉隠ちゃん」
「結局神薙とは、どこまでいったの?」
「…………どこまでって?」
首を傾げていると、『はぁ……』とため息をつきながら、その意味をつぶやく。
「だから、男女2人だけのパーティーよ? しかも向こうは絶対に好意がある。……なら、やることくらいするでしょ?」
「………………」
男女。
好意。
やること。
どこまでいった。
そこから連想できる答えは一つしかなかった。そしてそれに思い至った途端、カァァアッと身体中が熱くなっていく。
「は、はははは、葉隠ちゃん!? 何言ってるの!? べ、べべベベベ、別に、神薙君と私は、そ、そそそそそ、そういう関係じゃ!!」
「し、しししかも、神薙君が私に!? ないない、ない。絶対にないって!!」
だ、だって、それってつまり、そういうことだよ!? いくらなんでも、神薙君が私に……。
必死に否定するけど、バクバクと心臓が煩い。
「だって、助けるためにとはいえ、咲ちゃんにキスまでしてるし、そもそも好きじゃないと、そのネズミをいつまでも預けないでしょ」
「あわわわわわ」
言われてみれば、私が瀕死の重傷を負った時、神薙君がポーションを飲ませてくれたんだった。しかも、く、く、口づけで。
それに、グレイちゃんだってそうだ。戻そうと思えばいつでも戻せるのに、そんな素振りなんて一度も……。
(え、え、ほ、本当に、そうなの?)
──チュチュ?
腰からぶら下げてるポーチから、グレイちゃんが首を傾げながら、私の方を見る。
「ぐ、グレイちゃんは、何か知ってる?」
そう尋ねてみるが、グレイちゃんは首を傾げるだけで、何も反応しない。
「そんなネズミに聞いても意味ないでしょ」
──チューー!
「まだ傷物になってないなら、それでもいいや。でも、こんなご時世だし、そもそも守護者なんて、いつ死ぬのか分からないんだから、早めにパートナーは見つけるべきだと思うわよ」
「瞳さんやお兄ちゃんみたいにね」
「は、葉隠ちゃんは、いるの?」
「まっ、今のところは候補だけどね」
「…………」
開いた口が閉じないとは、まさにこのこと。葉隠ちゃんが、遠い世界に行ってしまったかのように思えてしまった。
「いい? 男なんてケダモノなんだから。ちゃんと見極めなさいよ。それじゃ、気をつけてね」
そう言って葉隠ちゃんは、帰って行ってしまった。
そして残されたのは、私とグレイちゃんだけ。
──チュチュ?
「明日、どんな顔して神薙君に会えばいいんだろう」
未だに顔が熱く、いつまでも答えが出ないまま、ただただ呆然とすることしか出来なかった。
***
「……なぁ、藤宮さん?」
「な、何?」
「いや、その……、俺、なんかした?」
「き、気にしないで!」
「そ、そうか」
「うん」
藤宮さんとの待ち合わせ場所に来たまでは良かったのだが、なんというか距離が物理的に遠い。
それに、チラチラと俺を見てくるだけで、物凄く不気味だ。
「グレイ、何か知ってるか?」
──チュ?
「ぐ、グレイちゃんは関係ないから!」
「わ、分かった。…………気を取り直して、これから山梨に行くんだが、藤宮さんは行ったことあるか?」
「ううん。私は、ないよ。その、写真とかだけでなら見たことあるけど……」
「そうか。なら、最初はびっくりするかもな」
「?」
「着けば分かる」
少ししてから予め呼んでいた協会専用のタクシーが到着したので二人で乗り、目的地へと向かう。
ちなみにタクシーを使うのは、未だ10年前の傷が癒えておらず、色々整備が整いきれていないからだ。
***
「──────」
「私が送れるのはここまでとなります」
「ありがとうございます。帰りは追ってまた連絡します」
「分かりました。…………どうか、ご武運を」
上野原市付近で俺たちは降りる。そしてそこから見える風景を眺めるのだが、やはり何度見ても、慣れやしない。
藤宮さんも、その光景に言葉を失っているようだ。
「凄いだろ」
「写真とは、全然違う。…………これは、氷?」
「そうとも言えるし、そうでないとも言える。この後すぐに分かることなんだが、冷たくないんだ」
「これが……、守れなかった末路、なんだね」
「あぁ。封印、崩壊、消失。色々あるが、ここはそのうちの1つだ」
「小国なら国が丸ごと。アメリカとか大きな土地がある国であれば、戦場となった地方丸ごとが死に絶える。それを考慮すれば、中間に位置する日本は運が良い方だな」
ここから見える光景。
それは、富士山を中心とした半径約50km圏内がすべてが凍てついた、銀世界。
美しさはあれど、そこにあるのは絶望の現実だ。
「建物や木々、そして生きとし生きるすべての生物たちが、あそこで凍りついているんだ」
「こんなの……」
資料や歴史では、余計な不安を抱かせないため、ある程度の情報規制がされている。
本来ならこの周辺も、立ち入り禁止区域として指定されているのだが、彼に会う目的であれば、その限りではない。
「気になってたんだけど、どうして人がいるの? 避難していたんじゃ……」
「時間差でペナルティが発生したらしい。人が避難場所から戻って来て、少ししてから、な」
ペナルティがいつ発生するのかはマチマチだ。負けた瞬間もあれば、時間が経ってからもある。ここは、かなりの時間差でペナルティが発生した場所だ。
「酷い……」
「これから嫌というほど見ることになる。悪いが我慢してくれ」
その言葉に、藤宮さんはコクリと頷く。守護者として生きていく以上、避けては通れない道だ。
それからしばらくの間、お互いに無言のまま、先を進むことになった。
***
「本当に、人が凍ってる……」
目的の場所まで数十kmは離れている。なので移動には万象を召喚し、その大きな背に乗り進めながら、俺たちはその現実を視界に収めていく。
犬の散歩に、家族連れだろうか、仲睦まじく手を繋いでいる者たち。そんな日常の一場面のまま、人々は凍りついている。
「神薙君、この人たちは……」
「分からない。生きているのか、死んでいるのか。熱で溶かそうにも一向に溶けないし、当時の1等星が物理的に破壊しようともしたが、びくともしなかったらしい」
「それを見た学者が、時が止まっていると表現したんだと。ある意味、それが正解なのかもな」
「こんなのが、世界中に……」
「先生が言うには、まだ優しい方らしい」
「…………」
無言のまま、藤宮さんは万象から降り、一組の凍りついた家族連れの方へと歩いて行く。
そして、そっと右手で、優しく母親と思しき女性の身体に触れる。
「本当に、冷たくないんだね」
「…………」
「ねぇ神薙君。もし、まだ生きているとしたら、この人たちは今、どういう状態なんだろうね」
「……俺の主観、願望でいいのなら」
そう尋ねてみれば、コクリと頷く。なので万象から降り、藤宮さんの元へ向かってから、俺の考えを答えることにした。
「さっき、時が止まってるって言っただろ。俺はそれが正しいと思っている。だから、この人たちの意識はその瞬間のまま、停止しているんだと思ってる」
「そして、もしこの状態から解放されれば、何事もなく、会話が始まっているはずだ。例えばそうだな……、『今日の夕飯はハンバーグにしましょうか』、とかさ」
「…………そうだったら、いいなぁ」
「そのためにも、強くならないといけない」
「うん、絶対に」
***
「さて、ようやく着いたな。万象、ありがとな」
──パオォン!
数時間後、樹海の入り口へと到着し、万象を撫でながら実体化を解く。流石に万象の巨体じゃ中には入れないからな。
「この先に?」
「あぁ。入って1kmくらい先に小屋があって、そこに俺の先生が住んでる。…………頼むから、上手くいってくれ」
──キュル……
コノエと遠い目をしながらも、藤宮さんと共に樹海の中へと入っていく。
木々も凍りついているため、さながらファンタジー世界に迷い込んだかのような感覚になる。
「不躾だけど、綺麗だね」
「そうだな。こんなことになってなければ、いい観光事業になってたかもな」
「そうかもね」
そうして道なりに進んでいると、明らかに周りとは異質の建物が見えてきた。
そしてカツーン、カツーンと、何かを叩く音も聴こえてくる。
「神薙君、あそこが?」
「そうだ。どうやら作業中のようだな」
(一応、全財産を持ってきた。頼むから、何も起きないでくれ……)
心の中で念じつつ、その建物へと向かう。そうして到着した後、工房がある方へと進み、現在作業中であるその人に声をかける。
「お久しぶりです、氷室先生」
「んん?」
そう声をかけてみれば、一人の高齢の男性が反応し、こっちへ振り返る。
「おぉ、和人じゃねぇか。なんじゃあれだけ渡してやった刀を、もうダメにしたとか言うんじゃねぇだろうな?」
「あははは……、実を言うと、その通りでして……」
「なんじゃとぉ!?」
この人からは計6本の刀を打ってもらったのだが、そのすべてを見事にダメにしている。
「お前には勿体ないくらいの業物だったじゃろぅが!」
「ちょっ、それについては謝りますが、まずはこっちの用件を言いたいんですが……」
「用件?」
ギロンと目つきを変え、『言ってみろ』と催促するので、藤宮さんを呼ぶ。
「え、えぇと……、は、はじめまして……」
「──────」
「先生?」
藤宮さんを見た途端、先生はポカンとした表情を浮かべながら、固まる。一体どうしたのかと思っていると、思いもしない言葉がやってきた。
「おい、和人」
「はい?」
「おめぇ、女が出来たからって、見せつけ目的で来るなんざ、いい度胸してるな」
「ふぇ!?」
「んなわけあるか!」




