準備期間① 懐事情はいつだって厳しい
─── 吉祥寺Eランクダンジョン 3層 ───
「コノエ、フェルン、やれ!」
──キュル〜
──ワン!
炎と氷のブレスがそれぞれの魔物へとぶつかる。片や猛火で焼かれた悲鳴が、片や声を上げる暇もなく、その体が凍てつき砕けちる。
「そこ!」
「ぐるがぁぁあああ!?」
2体の魔物がやられ、狼狽えた隙をつき、3体目の魔物を斬り裂く。ここに出てくるのは池袋ダンジョンと同じで、主にグレイドッグとなる。
もちろん、Fランクダンジョンとは比にならないくらい、レベルが高くなっていて、行動パターンも変わってくるがな。
そして、今の俺のレベルで考えればDランクダンジョンが現状最適解となるのだが、今はまだいけない理由がある。
それは──
「てい!」
「きゃうん!」
「藤宮さん、もっと深く、敵の行動を見て動くんだ! 少しの予兆も見逃さずに」
「う、うん!」
──シュルルゥ
「牽制よろしくね、ルルちゃん」
藤宮さんが、蛇型の式神『ルル』にそう声をかけると、勢いよくルルは、グレイドッグに向けて移動する。
──シュルルル!
そしてグレイドッグの攻撃を牽制しつつ、上手いこと藤宮さんが攻撃しやすいポジションへと誘導する。
「はぁぁああ!」
その隙を逃さず、藤宮さんは手持ちの杖で頭を殴る。けど、それだけではグレイドッグはまだ倒れない。
すぐさま体勢を入れ替え、藤宮さんへと襲いかかる。
(見て、考えて、動く!)
4日前、初めて吉祥寺ダンジョンへ入る時に教えてくれたアドバイスを思い出す。
元々逃げることだけでいえば、それなりの自信はあった。だけど実際に戦うとなれば、その経験はほとんど意味が無くなる。
ゴブリンの時は、相手が単純な動きしかしてこないから何とかなってたけど、他の魔物ではそうもいかないから。
「ぐるるぁぁあ!」
(右……、違う、前!)
さっき私が杖で殴った影響だろうか、ほんの僅かだけど、身体がふらついてる。きっと、軽い脳震盪を起こしてるんだ。
だからこそ、ここはあえて避けるんじゃなくて、立ち向かうべきなんだと思う。
「ちょ!?」
──キュルルゥ!?
──チュチュ!?
「てやぁあああ!」
「ぎゃうううん!?」
ダッと踏み込み、飛びかかる瞬間を狙って、杖の先端で思いっきり頭へ叩きつける。相手の力も利用したカウンターであるため、かなりの衝撃になったと思う。
現に敵の魔物からは、ゴキャッと、鈍い音が聞こえると共に地面へ伏す。そしてサァ〜ッと、灰へと変わっていった。
「ふぅぅ。……神薙君、どうだった? あうっ!?」
そう藤宮さんが尋ねてくるので、軽くチョップを入れる。いや、どこも間違いはないんだが、間違いだらけだ。
「藤宮さんは後衛職なんだから、今のは前に飛び込まず、避けてからのカウンターでも良かっただろ」
「で、でも、ある程度前衛の立ち回りも必要って言ったのは、神薙君だよ?」
「ぐっ……」
そう、藤宮さんは本来後衛職。であるので、わざわざ危険を犯してまで前衛の真似事はすべきじゃない。
それにも関わらず、藤宮さんに前衛の真似事をさせているのは、後衛職としての立ち回りを理解してもらうためだ。
元来後衛職は、遠くからの攻撃とサポートに特化している。だが、後衛だからといって安全かと言われたらそうでもない。
前衛が対処出来なかった場合、その攻撃は後衛にまで届くし、不測の事態だってある。
だからこそ、ある程度の自衛能力は必要だし、前衛の動きを少しでも経験することで、位置取りや立ち回りに、一層磨きがかかる。
それに、元々俺は、藤宮さんには前衛をこなしてもらいつつ、戦うための意識を強め、内側から封印を解除してもらおうと考えていた。
今となっては、その必要がなくなったとはいえ、やはり前衛の立ち回りというのは知るべきだ。なので持てる知識を使ってレクチャーをしたところまでは良かったのだが……。
(よもや、杖による撲殺巫女が生まれてしまうとは……)
少しだけ、方向性を間違えた気がしなくもないが、まぁいいか。これくらいぶっ飛んでる方が、これからの戦いでも、生きる力になるはずだ。
「はぁ……、とはいえ、まだまだステータス頼りな部分がある。もっと動きの無駄をなくしていこう」
「これでも、初日よりは動けるようになってきてるよ?」
「それでもだ。ルル、サポートの頻度をもう2割ほど、下げてくれ」
「え゛」
──シュルゥ!
尻尾をピン!と立てて、了解と言っているようだ。
ちなみに、ルルに付与してる能力はない。蛇が元々持ってる感知能力をそのまま強化してみたのが、この、ルルである。
「ひ、酷いよ、神薙君!」
「これも強くなる為だ」
「…………はい」
──キュルキュルル!
──チュチュ、チュ〜チュ!
──チュン、チュチュン!!
「なんだお前ら、文句か?」
コノエたちにそう言ってみれば、その通りだと言わんばかりに、ペチペチと俺の足や頬を叩く。
(こいつら、本当に式神なんだよな?)
時々と言うか毎日なのだが、式神とは思えないくらい、こいつらは生き生きとしている。
特にグレイに至っては、藤宮さんのことを相当気に入ったのか、ほとんど一緒に暮らしてると言ってもいいくらい入り浸ってる。羨ましすぎる。
実は、式神使いとは名ばかりの、人造生命体を作り出すクラスの間違いとかじゃないよな?
「だぁぁぁ、ダンジョンの中にいるんだから、少しは危機感を持て!」
「ふふっ、本当に神薙君と式神の皆は仲良しだよね。大丈夫だよ皆。私も強くなるって、決めてるから、この程度じゃへこたれないよ」
──キュルキュル
──チュチュン
──チュチュゥ
藤宮さんの言葉を聞き、何か話し合っているようだが、俺にはその内容が分からない。
そして話し終えたのか、やれやれと言わんばかりに、トコトコと俺の肩や頭に乗り、ため息をつく。
「こいつらぁ」
「ふふっ。ところで、今日はもう少し潜るんだよね?」
「…………あぁ。今日中にレベルをあと1つはあげたい。そういえば、藤宮さんのステータスって、この間から強化してないんだよな?」
「そうだよ。ちょっと待ってね。……オープン」
======================
守護者:藤宮咲
クラス:星の巫女
レベル:0(心意解放:Lv1)
称号:なし
体力:1300
魔力:10000
筋力:650
耐久:430
敏捷:590
感応:2000
幸運:3300
スキルポイント:3890
======================
(何度見ても、すげぇな)
開いてくれたステータス画面を見て、心の中でつぶやく。魔力と幸運については、執行人との戦いで覚醒した時以来、スキルポイントでの強化は起こっていない。
つまり、星の巫女というクラスの素のポテンシャルは、想像以上に高いと言うことだ。
それに──
(心意解放……か)
そして最も気になるのは、この心意解放だ。通常なら経験値の欄があるはずなのに、星の巫女では代わりに、心意の解放段階に置き換わっている。
レベルと書いている以上、更に強くなることは確実なのだが、育ちきった時、どれほどの強さとなるのか、想像がつかない。
「この心意って、分かるか?」
「ううん。意志力のことだとは思うんだけど、ここからどうレベルを上げればいいのかは、全然。……ただ、今はまだ無理なんだっていうのは、何となくだけど分かる感じかな」
「なるほど……」
聞けば、見知らぬ場所で、よく分からない人物と会っていたと言うし、まだまだ秘密がありそうだ。
「ま、考えても仕方ないか。あと2、3日は今のステータスで立ち回りを学んで、そこから本格的に後衛職として、魔法を使っていくか」
「うん。ただ、星の巫女の専用魔法って、見た感じどれも燃費が悪いから、ある程度は普通の魔法も取った方がいいよね?」
「どうだろうな。専用魔法の取得に必要なものだけ、取るのも全然ありだと思う。仮想敵は、防衛戦に現れる魔物や人間。そして天上だ。なら火力による広域殲滅もありじゃないか?」
「なるほど……。じゃあダンジョン出たら、色々相談に乗ってよ、神薙君」
「あいよ」
休憩も済んだことだし、再度俺たちはダンジョンアタックを再開する。
元々上のランクで曲がりなりも生き抜いてきたから、藤宮さんの動きはそこまで悪くない。
順調に進めば、防衛戦前の選抜に間に合うなと思っていたのだが、2日後、悲しい事件が起きることになった。
***
──バギッ
「あ……」
「っ!? 藤宮さん! ルル!!」
──シュル!!
突然体勢が崩れた藤宮さんを守るため、ルルが魔物の足を尻尾で拘束する。そしてすかさず刀を振り下ろして、魔物の胴を横から両断する。
「大丈夫か!?」
「あ、う、うん、大丈夫。ただ……」
藤宮さんには目立った外傷がないようなので安心する。そして藤宮さんが見ている方向に顔を向けてみれば──
「折れたのか」
「うん。まぁ、杖を鈍器替わりにしていたんだから、いつかはこうなるかもとは思ってたけど、意外と早かったなぁ……」
視線の先には、藤宮さんが愛用していた杖の先端が落ちていて、見事に折れてしまっていた。
「予備の杖はあるのか?」
そう尋ねてみるが、首を横に振る。
「あれが最後の1本だったの。あぁ、また買わないといけないのかぁ……」
遠い目をしながら、藤宮さんはつぶやく。俺たち守護者が扱う武器はかなり特殊だ。
ダンジョンで入手できる武器を除き、それ以外の場合は人の手によって作られた武器を使うしかない。だが通常、魔物や侵略者には現代武器は通用しない。
そのため人が作る武器には必ず、魔力に反応する魔石が織り込まれており、守護者が持つことで、初めて魔物や侵略者たちと渡り合えるようになるのだ。
だが、そのための加工には専用のクラスを必要とするため、どんなに質が悪くても、平気で30万くらいはする。
ゆえに、有名クランやパーティーたちには、お抱えの職人がいたりする。
ちなみに、俺が昔使っていた日本刀もそうだ。とある理由から、300万はくだらない代物だ。
そして、ここからが重要だ。
「藤宮さん、足りる?」
「………………」
ダラダラと冷や汗が止まらないのか、ギギギと、顔を背ける。
──チュチュ?
──シュル?
グレイとルルも、どうしたのかと気になり、首を傾げている。
元来、守護者として生きようとする不適合者には過酷な世界だ。
防衛戦に参加が出来れば報奨が貰えるとはいえ、守護者が得られる収入のほとんどは魔石やアイテムに依存している。
そして俺たち不適合者が得られる魔石といえば、ゴブリンを倒すことで得られる極小の魔石程度。
葉隠といた時も、魔石の取り分は5つ程度だったって話だ。諦めさせる目的があったとはいえ、流石に酷すぎる。
そういった理由から、俺含め定期的に短期の高額バイトを入れないといけないくらい、懐事情はいつだって寂しい。
(強くなる以前に、金銭問題を解決する方法が先決かぁ……)
「そ、その……、か、神薙、君は?」
「俺も似たようなものだ。特に俺の場合、魔石からエネルギーを抽出する必要もあるから、余計に……」
「そうだよね……」
ダンジョンにおける俺と藤宮さんの取り分は50:50。中には討伐に応じてとかもあるらしいが、対等な仲間同士で変な揉め事は避けたいし、したくない。
「「はぁぁ……」」
二人して肩を落とす。流石に今日はもう戦えない。先ずは藤宮さんの武器をどうにかしなければならない。
(久しぶりに、会いに行くか……)
こと金銭関係だけで考えれば、あまり気乗りはしないが、背に腹は代えられない。
それに、久しぶりに顔を見せたいとも思っていたところだ。
「仕方ない。知り合いに会いに行くか」
「知り合い? 鍛冶クラスの知り合いがいるの?」
「まぁな。俺が前まで使ってた刀も、そこで打ってもらったものなんだ」
「へ、へぇ〜。でも、お金が……」
「いや、大丈夫だ」
「へ!?」
「上手いこと話が進めば、無料で作ってくれるから」
「えぇぇええ!?」
そう、上手いこと話が進めればの話だ。
(今回は、金がかからないことを祈ろう)
──キュル……
コノエも遠い目をしながら嘆く。
「ど、どんな、人なの?」
「俺に、生き抜く術を授けてくれた先生だ」




